【11】
「食料が足りません」
オカド村の堀の外に建てられた50近くある野営テントのその一つ。大き目のタープテントの下、神妙な顔をして向き合っている9人の姿があった。
「天秤が運んできた物資を使い、当面の生活の基盤は出来ました。しかし、180名の投降者を今後も支えていくとなると、それだけでは足りません」
「まぁ、そもそも奴らが持ってきた食料自体少なかったからな。こうなる事は分かっちゃぁいたが…」
難しい顔をして悩むエマとハンス。
それを見たオスカーは「皺が出来る!!」とエマを叱りつけたが、時間が経つとまたムムムと眉間を寄せるその姿を見て、常にキアラにエマの顔を横から引っ張ってもらっておくという力技で対処することにした。
「ご飯は大事だよぉ。腹が空いてたら何も出来ないしぃ」
「そうだよねー。いやいや、『投降するもよし、逃げ帰るもよし』って言ってこんなに投降してくる人が多いとは思ってもみなかったよね」
「奴らが言うには、もう戻る家は無いからという話であった。天秤共の圧制は思った以上に酷なのかもしれない」
「サクラの言う通りかもな。特にリジェットから連れてこられた獣人達が酷い。帰った所で死ぬまで前線に投入の繰り返しだ。投降しようという気にもなる」
一同が「はぁ」とため息をついたその場所に近づく者がいた。
「エマ殿、今日の分の食料をお持ちしました」
「あ、ライリー。ありがとう。オカド村の方はどうなの?私達に食料を分け与えて大丈夫?」
「はい。こうして人を揃える事で天秤への牽制になるというエマ殿の助言、多くの者が納得しております。食糧は兵達に対するお礼のようなもの。それに、森に近いこの地、食べ物には困りません」
いや、今まさに食べ物に困っているわけなのだが。
滞在した中で配給も手伝ったおかげで、エマはオカド村の食糧事情について詳しく知ることが出来ていた。いつまでも180名もの人に食べ物を分け与え続けられる程の蓄えも森に入れる人手もあるわけではない。
「今はそれで通じるかもしれないけど、こんな状態がいつまでも続いていたら必ず不満が出るわ。早急に自立出来るようにしないと」
「なにもエマ殿だけが悩むことではないではないですか?投降を呼びかける事は長も皆も納得した上での作戦でありましたし」
「そうなんだけどね。指揮系統を排除した以上、彼らに新しいまとめ役は必要よ。村には村の生活もあるし、出来る事も限度があるわ。それに、あの英雄を倒したお姉ちゃんのおかげで、統率を取るのも難しくなかったし。適材適所、これが今一番いい形だと思うのよ」
それを聞き、えへへとエマの顔を手で引っ張ったまま照れるキアラを無視して話は進む。
「俺達もいる。エマちゃんだけに負担を強いる事はさせないから安心しろ」
「師匠がそう仰るのでしたら…」
そうは言っても、ライリーの顔はどこか納得のいっていないものであった。
そんな彼女の様子を見てエマは苦笑いを浮かべようとしたが、表情筋の変化を指先から感じ取ったキアラによって無理矢理横に引き伸ばされる。
「彼らを自立させるのは何も村の負担にならないようにってだけじゃないの。それが彼ら自身の為でもあると考えるからよ。自分達に成すべき事があるというのは生きる糧になるわ。投降兵である彼らには“自分達が今ここにいる強い理由”それが必要なのよ」
「私とサクラさんで班の編成と森で活動出来るよう全員に訓練をしているからね。それが身になるまでの繋ぎをどうしようか考えていた所なのだ」
「それなら尚の事、彼らの訓練中は村を頼って頂ければ…」
それまで村の食料はもたないだろう。
個人のスキルアップも、集団のチームワークもそう簡単に成長するものではない。
ライリーの言う通り、今はまだ大丈夫だし、まだまだ村に頼っても良いように見える。しかし、それが難しくなってから対応するのでは遅いのだ。
オカド村に…投降兵に…そのどちらか一方の不満が爆発しただけで対応に追われることになるだろうし、そこに人が割かれていては全てが停滞してしまう。
テミスの天秤がいつまた攻めて来るか分からない中で、それは致命傷になりうる。
見た目の平穏さとは裏腹に、切羽詰まった状況であるのだ。
「…一つ、心当たりがあります。インシュピットの村を頼りましょう」
そのエマの発言に皆が彼女の方を向く。
そして、ついに堪えられなくなったのか、ライリーがその疑問を口にした。
「あの、エマ殿。先程から…その…キアラさんに顔を引っ張られて…何をされているのですか?」
「…」
誰もその疑問に答える者はいなかった。