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【9】

失敗した。


キアラはそんな自分の状況を見つめ、冷めた頭でこれまでの経緯を思い起こす。


あの会合の場でハンスが述べた勝機。それは「寄せ集めの集団なら頭さえ潰してしまえば敵は勝手に瓦解する」というものだった。

それに対しオリバーは「飯が足りてねぇならぁ、しばらく籠城ぉ、んで、弱った所へ討ちに出ようやぁ」と述べる。

更にリュカは「待ち伏せを突破し、山道を封鎖している王国兵に助勢を求めてはどうか」とか言い出すし、まったく纏まりがなく、場は荒れた。

皆が皆自分と同じ勝機に考え至ったのだと思っていたのに、それはとんだ勘違いだったのだ。

しかし、それぞれに違う結論に至った皆の口から出る案は“どうすれば勝てるのか”というものであり、場に重苦しい空気は無かった。


― 四方から囲まれる心配が無い渓谷部にて奇襲をかける ― 

統率を失った逃走兵が村の方に来てはその後の対応に時間が掛かってしまう。故に、渓谷より先には一兵たりとも通さない。纏めて潰す。

結局、この作戦に落ち着いたのだが…


万が一の時の退路確保の為、山道付近に伏しているであろう敵兵の制圧に向かったノアとリュカ。彼らは捕らえた兵より敵軍を率いているのがレンフレッドとオーウェンの2名のみであるという情報を引き出す。

この事から、軍としての練度が思っている以上に貧弱なものであると判断し、最終的にハンスの意見であった「頭を討ち瓦解を狙う」という方針が付け加えられることになった。


そこから奇襲をかけるポイントや人員編成などの細々とした取り決めがあったのだが、この際、それはどうでもいい。

キアラに課せられているのは、ノアとリュカが引き出したもう一つの情報『到達者ヘイグスト』…彼の英雄の打倒であった。


ヘイグストがどこに配置されているのか、それまでは分からなかった。

300もの一般兵を退け、彼に到達するのは手間が掛かる。出来なくはないが、愛する妹のエマが無為に人が傷付くのを好まないのをキアラは知っている。

だから、それはやらない。


行軍の全てを一望できる崖上からの奇襲。

キアラはその一手を選んだ。


しかし、その手は既に失敗している。


何故ならば。


「もうしっかり目が合っちゃてるからね」

行軍の殿。そこを地竜と共に行く老兵。

彼は地の底にあり、私は崖の上。

お互いの顔を確認できる距離ではないのに、分かる。見られている。


あれが英雄。

そうか、あれが、英雄か。


「到達者ヘイグスト、いや、強奪者ヘイグストよ!!」


既に奇襲が失敗しているのならば、名乗りを上げても構わないだろう。

英雄と呼ばれた者と相対するのだ。こうでもしないと、滾る熱で戦う前から狂ってしまいそうだ。


「私はキアラ!!インシュピットよりオカドの友を助ける為にここに来た!!」


それまで気付いていなかった兵達も私に視線を向けてくる。


「ジネヴラ王より承りしリオーネス公が北方の地。その奪取に飽き足らず、この地の平和を乱す者達よ、その罪を抱えこの地に眠る覚悟はあるか!!」

「我ら強奪者にあらず!!」


そうか。私に応えるのか、英雄。


「愚なる者を任ずるは王の罪!!それを野放しにするのは民の罪!!なればこそ、我らは断罪をせんと立ち上がりしテミスの天秤なり!!」

「語るな、老人!!して、その行いは暴力による支配ではないか!!お前達が己が定めし悪に立ち向かうというのなら、それも良いだろう!!だが、私達も己に向けられた刃を退けんと立ち向かうのに異は唱えさせんぞ!!」


それぞれの正義は語った。

これ以上は必要ない。


ならば、やる事は一つ。


太腿に力を込めた。

それに応える様にして、私を背に乗せた赤き地竜が崖を飛び降りる。

当初からの計画にあった崖上からの奇襲。

それだけの荒業を成せるのは地竜の名産地であるオカド村においてもただの1頭。

この赤き竜だだ1頭。


ほぼ垂直に切り立った崖をまるで地面の上を駆けるかのようにして走る。私達の周りの魔素が空気と共にかき混ぜられていく。

地竜が力の方向性を操っているのか。なるほど、これは他の竜には真似出来ないだろう。


私は両の太腿で地竜を挟むことで振り落とされないようにしている。地竜の横っ腹と私の足と。この接する2点でのみ身体を支える。

自由になっている手には既に愛刀を握っていた。


崖を降り切るそれよりも前に、赤き地竜は崖を蹴り、空中にその身をあずけた。

…まずはあいさつ代わり!!!


「ふっ!!」

「しっ!!」


刀と槍が激しくぶつかり合い、火花が舞い散る。


…頭上からの一撃を捌くか。さすがは英雄…


キアラの地竜が着地の体勢を取っている所に、ヘイグストの地竜が駆け寄る。

先程のお返しとばかりに槍を突き出してくる。

刺突、点の攻撃は刀で捌くのは難しい。

…なら、捌かなければいい。


キアラはその身体を捻り、突きを回避した。そして、勢いのまま近づいてきたヘイグストの無防備な胴に刀を滑らせる。


「おぉぉぉぉ!!」

ヘイグストは、槍を回転させ、石突を刀身に当てた。キアラの刀はその勢いに弾き上げられ、今度は彼女の胴が無防備になる。

槍を回転させた勢いのまま、穂先でその空いた胴を狙う。


「んなろぉぉぉぉ!!」

下から迫る槍の穂先。それを横から思いっきり蹴り飛ばし弾き返す。

不安定な体勢になり、そのまま地竜から落ちるかに見えたキアラ。しかし、その身体は地竜が後ろに飛び退く勢いにより、その赤い背に密着した。



一つの攻防を終え、距離が取られた。



互いの地竜が一歩、また一歩と横に動き、互いの出方を窺っている。


『ぐるぅぅぅぅ…がっ!!』


ヘイグストの地竜が吠えた。

その口が大きく開け放たれ、暗い崖底を炎が赤く照らし出す。


キアラは迫る炎を前に、己の赤き竜がどうしたいのかを感じ取っていた。


「前へ」


キアラはそっと呟く。

瞬間。

赤い炎よりもより赤いその体躯が炎を切り裂く。

ヘイグストからすれば、炎の壁の中からキアラが躍り出てきたかのように見えただろう。

纏わりつく炎を振り払うかのようにして打ち下ろされる大上段よりの一撃。

とっさに槍を構えるが、赤き地竜の突進を受けてヘイグストの地竜が体勢を崩す。


受けそこなったキアラの一撃に槍は二分され、ヘイグストの腕が宙を舞った。



今度は体勢を立て直したヘイグストの地竜が後方に飛び退き、再度両者の間に距離が出来る。



「娘。キアラ、といったな。儂が倒れた後も、兵たちは無下にしないと約束して欲しい」

「降参はしないっていうのか」

「それは出来ぬ話だ」

「かつて武の頂に到達したと言われた者の意地、か」

「かもしれぬ」

「それに無理矢理付き合わされる方はたまったものじゃないよ。私も、そこの奴らも、ね。…まぁ、それも含めて、だ。爺さん、あんた、私が今まで会ってきた奴の中で一番の武人だよ」

「それは、嬉しい事を言ってくれるものだ」

「褒めてねぇよ」


二人はそれ以上語ることは無かった。


2頭の地竜が薄暗い地の底を駆ける。

鉄と鉄が打ち合わさって飛び散った火花が淡く周囲を照らし、そして音もなく消えていった。


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