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◇
そこに台所の入り口で様子を見ていた海翔兄が言葉を挟んできた。
「おー、その意見に俺も賛成。俺と紅が結婚して喜んだのはわかるけど、それで無駄な期待をかけて和花菜と碧生を追い込んでたろ。それっていい大人としても親としてもどうかと思うけど」
海翔兄の言葉に親たちがショックを受けた顔をしている。長兄の海翔兄は今まで親に逆らうようなことを言ったことはないからね。
「ついでに言わせてもらうと、俺と紫ちゃんとくっつけようとするのおかしいから」
「そうだよ。結城家は男が四人、相馬家は女が三人。年齢的にあっても一人あぶれるだろ」
「子供同士をくっつけたかったら、そこは揃えなきゃ」
海翔兄に続いて陸斗兄、風貴兄、泰河兄まで台所の入り口に現れて親たちに文句を言いだした。他の兄達も親に逆らったことはないから、言われたうちの親たちの顔色が悪い。
「私達もいいかしら。母さんたちに言いたいことがあるのよ」
紅さん達も着付けやお化粧に使った道具を片付けて降りてきたようで、台所の入り口に顔を見せた。
「私もね、海翔さんとつき合う時に悩んだのよ・・・」
紅さんが母たちに食ってかかるのを横目に見ながら、私と碧生は台所から連れ出された。
「ほら、あとのことは私達に任せて、二人は行った、行った」
「そうよ。恋人同士になっての初デートなんだから楽しんでらっしゃい」
「ここに戻ってこなくていいぞ。お前たちの部屋に戻ればいいからな」
紫さんと桃さん、風貴兄に見送られて私と碧生は実家を後にしたのでした。
◇
私と碧生は半ば呆然としながら祭り会場に向けて歩いていた。兄姉達の反応が意外過ぎたのだ。しばらく無言で歩いていたら、唐突に碧生が言った。
「えーと、タイミング逃しちゃったけど、その浴衣とっても似合っているよ。和花菜」
「・・・ありがとう、碧生。というか、みんな親に言いたいこと溜め込んでいたのね」
「まあ、そうだろ。海翔兄と紅姉には、俺達育ててもらったようなもんだろ。妹弟というより、子供に近い感情を持ってんじゃねえの」
碧生が言うことはもっともだ、親が言っていた私がはぐれるというのは、男兄弟と一緒に武士道精神を叩きこまれたことに起因する。困った女の子がいると助けるために手を出していたからだろう。それを碧生がいつもつき合ってくれて、見つけるのは兄弟の誰かだったのだ。その間両親はいちゃついていて、兄達に連れられてきた私を叱っておしまいだったのよ。そうしたら、親より兄達になるわよね。
「これで親たちも反省してくれればいいけど」
「まあ、無理じゃねえの。でも子供達が全員家を出たら落ち込みはするだろうけどね」
「へえ~、みんな家を出るんだ。・・・って聞いてないよ。私」
「ああ、和花菜には言ってないって言ってたな」
なんでもないように碧生が言ったけど、本当に聞いてないんだけど。私の疑問いっぱいの顔を見て、碧生が笑った。
「そんな心配するような話じゃないよ。海翔兄と紅姉は海外転勤が決まって、九月末には日本を発つように言われたんだって。家に残っていた泰河兄と桃姉も結婚が決まったんだよ。というか、籍は明日には入れるってさ」
「えっ? 二人はつき合っていたの?」
「流石に違う。けど、お互いの親友と結婚するって言ってたぞ」
知らされた事実にクラクラしてきた。めまいを感じている私の手を掴むと碧生は言った。
「まあ、詳しいことはまた後で言うから、今はお祭りデートを楽しもうか」
「そうね」
私も気持ちを切り替えると、碧生にニッコリと笑いかけて手を強く握り返したのでした。
◇
「あれ?」
金魚すくいの屋台のところで、すくうのが上手い名物少年の技を感心して見ていたら、目の端に気になる人が入ってきた。背筋を伸ばして人波を見る私に碧生が訊いてきた。
「どうかしたのか?」
「今、そこを通った人が気になるの」
「イケメンか?」
茶化す碧生を軽く睨む。
「そんなわけあるか。女性なんだけど、私の記憶違いでなければこれから関わる人なの」
「これから関わる? ああ、そういう事」
全部言わなくても碧生もわかってくれたようだ。
「どうするんだ」
「気になるから追いかけていい?」
「ああ」
碧生の了承を得た私は、彼女の後を追いかけた。
◇
何とか横に並び顔を見て知っている人物だと確認した。よく見ると浴衣姿なのに一人みたいだ。目に涙が溜まっていて、今にも零れ落ちそうだ。
「碧生、私は彼女の前に行くから上手く押して私にぶつからせてくれない」
「了解」
小声で言ったらすぐに了承の言葉が返ってきた。少し早歩きで彼女の前の屋台側を歩く。
トン
「ごめんなさい」
「いえいえ。凄い人混みだものね」
碧生が上手く押したようで彼女が私の背中にぶつかった。振り返って笑いながらそう言ったけど、ぶつかったことで彼女の目から涙が一粒落ちた。私は彼女の手を掴むと「こっち」と人波から抜け出した。
場所が丁度手伝いをした屋台のそばだったから、そちらに向かって歩いて行く。ちょうど碧生が裏からおっちゃん達に声を掛けるのが目に入った。流石、碧生。
「ちょっとここで待っていて」
彼女にそう言って離れると屋台に行き「おっちゃん、ティッシュ借りてくね」と声を掛けて箱ごと掴んですぐに戻った。
「はい。使って」
「えーと?」
「涙・・・拭いてよ」
箱ティッシュを渡そうとしたら、彼女は自分の状態に気がついていなかったようでキョトンとした顔をしていたの。でも、さっき一粒零れてから、あとからあとから頬を涙が伝わっていたわ。私はティッシュを3~4枚取り彼女に押し付けた。それを目に当てた彼女は、堪えきれずに嗚咽を漏らしたのよ。