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◇
「ほ~ら~、動かないの。せっかく碧生に惚れ直させようと綺麗にしているんだから、動かない!」
浴衣を着る前にシャワーを浴びて来いと追いやられて、浴びて出てきたら碧生のお姉さんたちに捕まった私はされるがままに、お化粧をされています。
碧生のお姉さんたちには可愛がって貰っているから、逆らう気はないけどなんか聞き捨てならない言葉が聞こえてきたような?
「ところで、和花菜。本当に碧生とつき合うの?」
「反対ですか? 紅さん」
「反対する訳ないじゃない。和花菜が義妹になってくれるのは大歓迎よ。只、あんなにも親たちに抵抗していたのに、嫌にあっさりつき合うことにしたなと思ってね」
紫さんと桃さんも頷いている。
まあ、そうだろうね。周りから見ればそうなるよね。
「えーと、一応碧生と約束してたので」
「どんな?」
紅さんはすぐさま訊いてきた。
「大学四年の夏までに好きな人が出来なかったらつき合うって」
そう答えたら三人にため息をつかれたの。
「あんたたち、周り道したわね」
「そうね。でも、うちの母が悪いし」
「意地にもなりたくなるわよ」
三人が頷きながら言った言葉で、私達の気持ちがバレバレだったのかと思ったの。
◇
そう、私と碧生は気がついた時には、お互いを好きになっていた。親の思惑なんか関係ない。運命の相手だと思っていた。だから、お互いの初めてをすべて与え合っている。
なのに、いざ交際宣言をしようとしたら、兄達の結婚だった。
兄達の結婚を聞かされて、私達は冷静になった。というより、冷や水をぶっかけられたという方が正しいだろう。
この気持ちはどこから来たのだろうと。
ある意味親のすり込みかもしれないからと。碧生と話し合った結果、交際宣言もつき合うことも無しになった。
お互いに他に好きな人を作ろうということになったけど、これが上手くいかなかった。少しいいなと思う相手が出来ても、つい碧生と比べてしまう。そうすると、もう駄目だ。いいなという気持ちがどこかにいってしまうのだ。
そうして六年四カ月誰ともつき合わないまま今日まできたのよ。
それは碧生も同じだった。綺麗な顔をした碧生は女の子にモテた。その中の誰かとつき合うのかと思ったのに、碧生は誰ともつき合わなかった。
大学に入ってからはたまに碧生と体の関係を持ったりした。大体が気が昂って収まらない時に体を重ねたのだ。きっとお互いに気がついていたのだと思う。お互い以外いらないと・・・。
◇
「まあ、いいわ。あなた達が決めたのなら、最後がどうなろうと見守っていてあげるわよ。はい、出来たわ。和花菜は可愛い感じよりキリッとした感じの方が似合うわね」
「ありがとうございます、紅さん」
口紅を筆で塗られてお化粧は終わった。お礼を言って立ち上がる。
「うん。これなら碧生も大喜びするわね」
「でも、これじゃあ私のほうが年上に見えませんか?」
「そこを気にするような奴じゃないわよ、碧生は。というかグダグダ言ったら、私がぶっ飛ばしておくから、安心しなさい」
桃さんの言葉に口元に笑みが浮かぶ。こんな三人の義妹になるのも悪くないと思うくらいには、私は相馬三姉妹のことが好きだったりする。
「あのね、紅さん、紫さん、桃さん」
「ん?」
「な~に?」
「和花菜ちゃん」
「私、別におばさんのことも皆さんのことも嫌いじゃないですよ」
そう言ったら、三人に肩をポンポンポンと叩かれた。
「うん。知っているから」
「変に近い関係と口煩い催促で嫌気がしただけなんでしょう」
「私も似たようなものだったから解るわ。海翔さんとお付き合いを始めた時、家族には隠したもの。和花菜と同じ悩みを持ったもの」
紅さんがうんうんと頷いた。そうか、海翔兄も同じ悩みを・・・。あの兄ぃじゃ信じられないけどね。
「まあ、海翔さんに強引に引っ張って行かれたのだけど」
・・・やっぱりか。でも、紅さんが幸せそうに笑っているからいいかな。
◇
私はお礼を言うと台所に向かった。そこには母たちに捕まっている碧生がいた。私の姿を見てホッとした顔をした。
「あら、和花菜。その浴衣にしたの」
「別にいいでしょ。気に入ったんだから」
「でも、夜にはぐれたら見つけにくい色じゃない」
母が私の浴衣の柄を見て文句を言ってきた。この浴衣は地色が紺で花の絵が所々に入っている。花はなんだろう。あまり詳しくはないから分からないけど、五枚の花びらが丸い形の花だ。真ん中に細いおしべとめしべっぽいものがある。う~ん、花の辺りは白く染め抜きとかいったっけ? 花びらは薄い赤や青、紫と、花ごとに変わっていて、三輪の花がセットになっている図案だ。それが何カ所かに配置されているの。
「花恵おばさん、それって俺が和花菜とはぐれるってこと?」
「あら、そんなつもりじゃないのよ。和花菜はすぐに気になったものを見つけると、それに集中していなくなっていたじゃない」
「だから、それを俺が放っておくわけないだろ。というか、今までもおばさん達が和花菜を見失っても、俺だけはそばに居たんだけど」
私の変わりに碧生が私の母にかみついた。今まで飄々と親たちの言葉を受け流していた碧生が反抗するような言い方をしたから、皆が驚いている。
「碧生、あんたは花恵に何てこというのよ」
碧生の母、香苗さんが叱るように言った。それを半眼で見つめると碧生は立ち上がった。
「母さん、本当のことだろ。いつまでも恋人気分が抜けなくて、子供の事忘れるのはそっちだろ」
「!!」
思い当たることがある私の母も、香苗さんも言葉に詰まって黙ってしまった。それを父達が口を開きかけたけど、碧生の表情を見て何も言わずに口を閉ざしていた。
「俺達がつき合う事を喜ぶのはいいけどさ、もし結婚したとしても家に戻るつもりはないからな」
「何を言うの、碧生。お母さんはお嫁さんを可愛がるのが夢なのに」
「それなら、姉さんたちと仲良くしてたらいいだろ。俺達にそんなもん押し付けるなよ」
「こら、碧生。母さんになんて口の利き方をしているんだ」
碧生は父親の修さんに冷ややかな視線を向けた。これは碧生が本気で怒っている時の表情だ。視線を向けられた修さんがひるんでいる。
「口の利き方が悪いっていうのなら、俺の事勘当でも何でもしてくれていいから。あんた達のせいで周り道させられたんだからな。ぜってー家に入るもんか」