悪意とのこと
目の前でやられたジアオシュアに刺さった矢は消えておらず、そのまま地面にポトリと落ちている。
その矢のおしりには、見覚えのある糸がつながっていた。
「これって[毒蜘蛛の糸]?」
それに触れようとした時だった。
「「あ、触っちゃダメッ!」」
覚えのある声がふたつ、遠くから聞こえてきた。
……そんな声を裏切るように、ちょうど指が風で揺れた糸に触れる。
――ピリッとした。
あれだな。海で気付いたらクラゲの棘に刺さってたような、そんな感覚。
「な、なにをやってるんですか?」
予想どおり、メイゲツとセイフウだった。
たぶんセイフウの矢に、[毒蜘蛛の糸]を刃に巻きつけて毒効果を加えていたのだろう。
ついでに言えば、運良くクリティカルが判定されたということになる。
毒を持った武器でクリティカルは、弱体化したモンスターにとっては即死らしい。
「ちょ、ちょっと大丈夫ですか? 顔が真っ青……じゃないや、紫になってますよ?」
「普通、モンスターを一撃で倒した矢を見つけて、危ないって思わないんですか?」
心配してくれているメイゲツと違って、セイフウはあきれた表情でオレを見ている。
そのオレはというと、自分のステータスを確認してみるや、【毒】のバッドステータスが出ていた。
ただしものの一分もしないで回復しましたがね。
「チーターだっ! チーターじゃないけど、チーターだっ!」
オレの顔色が良くなったのを見るや、双子が同じ言葉を発する。
まぁ、いいたいことはよくわかるけどね。
「ほんと、瀕死と即死以外は状態異常の回復アイテムいらないじゃないですか?」
セイフウがちいさくためいきをつく。
これはもう、オレも同じ感想だ。
用心のために準備はしてるけど、[玉兎の法衣]を装備してから、MP以外の回復アイテムを使う機会がほとんどない。
「ドロップアイテムはなしか」
いちおう周りを調べてみたが、アイテムらしきものはなかった。
「そんな都合よく出ませんよ。さっきも一匹倒しましたけどアイテムは出てきませんでしたし」
もしくは元々から持っていなかったとも考えられる。
「さてと、これからどうしようか」
周りを見ると、ジアオシュア以外にも、何匹かモンスターが発生していた。
[ズヌイシュア]Lv12 属性 金・陰
[フェオンシュア]Lv18 属性 木・陽
[シアンシュア]Lv15 属性 水・陽
合計三種。ほとんど蛇のモンスターだった。
「なんで、蛇だけ? ほかにもいないの?」
「あれじゃないですか? 今回のイベントって[四龍討伐]ですから、龍って蛇みたいですし」
メイゲツの言葉にオレはなるほどと考える。
たしかに龍神って龍と蛇だしね。
ただし、全部が水属性……というわけではなさそうだ。
「モンスターとの間合いに入ったな」
一匹、いや二匹くらいか、モンスターとの間合いを示すアイコンが表示される。
オレの近くにいる双子も、そのアイコンが表示されていることだろう。
「セイフウ、あそこから一匹狙えるか?」
「標的が大きかったらですけど、蛇ってヒョロヒョロしてて狙いにくい」
セイフウは弓をギリギリと引き、矢を蛇に向けた。
「命中率が上がる魔法とか装備はないのかい?」
「あれば即行で装備してますし、さっき蛇を攻撃した時、メイゲツからかけてもらってますから」
気が散るから話しかけないでと言わんばかりに、セイフウがオレを睨む。
なら、こっちもライトニングで照準を蛇に合わせ、発射してみた。
光の矢が三匹のうちの一匹に命中……したんだけども、なんかおかしい。
「あれ? 命中したよね?」
命中したのはたしか、ズヌイシュアという蛇のモンスター。
よくよく見てみたら、カチンコチンに固くなってた。
「シャミセンさん、あれ見てください」
セイフウがオレに呼びかける。
その視線の先に目をやる。
オレが狙ったのとは別の、もう一匹のズヌイシュアと戦っているプレイヤーがいた。
「くそっ!」
戦士系プレイヤーが刀剣でズヌイシュアに攻撃をしかける。
ヒットしたその刀剣が……折れた?
「……えっ?」
あまりのことにおどろく戦士系プレイヤー。
その隙を狙って、ズヌイシュアは全身を使って突撃した。
「ぐぅえっ?」
戦士系プレイヤーは、その場で、まるくうずくまる。
結構ダメージを喰らったようだ。
「もしかして、VIT増加の特性を持ってるんじゃ?」
魔法エフェクトが出ていなかったから、モンスターの固定スキルと考えていいだろう。
「えっと、つまり攻撃が通らないってことですか?」
ライトニングでも倒せなかったから、物理はもっとムリだろう。
モンスターのVITを上回るほどのSTRでないと倒せない……といったところか。
「セイフウ、シャミセンさん……[チャージング]ッ!」
メイゲツがオレとセイフウにSTR増加の魔法をかけてくれた。
今度はセイフウが、さっきオレが攻撃したズヌイシュアに狙いを定めた。
それに気付いたのか、ズヌイシュアが横に身体をずらした。
「……っ!」
焦りを見せるセイフウ。
「セイフウ……ちょっといいか?」
「――なんですか?」
「動く標的なら、動く先をねらうんだ」
1ターン制のRPGなら、モンスターが動きを止めた瞬間に攻撃できる。
だけどそれがゆるされないのがATBだ。
AGIの高いプレイヤーなら、一回のターンに二回以上攻撃することが可能になる。
それはモンスターでも同じことだ。
セイフウが狙いを定めているあいだも、モンスターは攻撃を仕掛けることができる。つまりは動くことが可能だ。
ズヌイシュアとの間合いがグリーンからイエローに入った。
「……っ!」
痺れを切らしたのか、セイフウが矢を放った。
ザスッという音が聞こえたが、ズヌイシュアには命中していない。
それと同時に、ズヌイシュアが素早くこちらへと近付いて来た。
「――っ!」
ズヌイシュアとオレたちの間合いが一気にレッドに変わる。
その瞬間、ズヌイシュアは高く跳び上がり、牙を向けた。
一か八か……試してみるか。
「[ファイア]ッ!」
オレは自分にファイアをぶつけた。体全体に炎がまとわりつく。
「「ちょっと、なにを……」」
双子が言葉を止める。
「ギィギィ?」
オレは右手でズヌイシュアの首根っこをつかみとる。
その時、ズヌイシュアの身体がドロドロと溶け始めた。
「……あっつぅ!」
思いの外熱かったので、その場にズヌイシュアを投げ捨てた。
ズヌイシュアは轟々と炎に焼かれている。
そのまま、ズヌイシュアと思われる亡骸が地面に落ちた。
[[金の蛇皮]を手に入れました]
なんかドロップアイテム出た。
「な、なんで倒せ……いやそれ以前に、なにをやったんですか?」
双子が唖然とした表情でオレを見る。
「オレも久しぶりに試したから、成功するとは思わなかった」
オレがやったのは[武闘術者]という体現スキルだ。
「この[武闘術者]っていうスキルは、魔法効果をもった格闘系装備、あるいは素手の状態で攻撃魔法を自分にかけると、一時的に通常攻撃に魔法効果が増幅されるんだ」
「ということは、魔法効果がない武器を装備していても、そのスキルがあれば攻撃に魔法効果がつくということですか?」
メイゲツがそう聞き返す。
「ただ、あのスキル説明だと、あまり増加されないみたいだけどね」
しかもかなり熱く、ステータスを見ると[火傷]が出てた。
「それも[玉兎の法衣]で簡単に回復すると」
セイフウがもはやツッコむ気にもならないといった表情を浮かべる。
その予想は裏切られることなく、簡単に回復した。
「それはそうと、なんで金なのに火が効果抜群だったんだ?」
オレはセイエイにそのことをたずねようとチャットで呼びかけてみた。
「えっとね、わたしも詳しくは調べてないけど、たぶん五行思想が当てはまると思うんだ」
セイエイの説明を簡略的に説明すると、
木は土の栄養を摂取する。
土は水を堰き止め、流れを止める。
水は火を消す。
火は金を融かす。
金は木を切り倒す。
と言ったように、五行相克が属性どうしの相性に当てはまるんじゃないかということらしい。
とりあえずメモメモ。
「それはそうとセイエイさん、今どこのステージにいるんですか?」
「えっと、南海の水晶宮。ただクリアしたステージは二度と入れないようだから、シャミセンたちについていくことはできない」
ムリして行動を一緒にすることもないんだけど。
「それから、次のところに行く途中。別の場所に移動用のモニュメントがあるみたい」
セイエイが何気なしに言った。
…………はい?
オレは咄嗟に残り時間を見た。
[69:46]
イベントステージに入ってから、すでに三十分以上は経っている。
「もう一匹倒したんですか?」
「うん。攻撃を重ねてゴリ押しで倒した」
電話先のセイエイが、おそらくそんなに難しいことしてないと言った、キョトンとした表情を浮かべていることが、なんとなく脳裏に浮かんだ。
それは当然、イベントの様子を傍観している運営側にも伝わっており…………
「だぁ、ちくしょうっ! ものの三十分で最初のレイドボスクリアしやがったぁっ!」
「おい待てっ! おかしいだろ? 最低でも遭遇してから一時間以上はかかるはずだぞ?」
「すっかり忘れてたけど、恋華ちゃんのプレイヤースキルおかしいだろ? あれでもプレイヤーのレベルに合わせて、モンスターはマックスのレベル50にしたんだぞ?」
スタッフたちの阿鼻叫喚が、製作ルームの中でこだまする。
「あ、ありえねぇ……[二刀剣舞]と[花鳥風月]の合わせ技……だと? しかもぜんぶクリティカル。龍神からの攻撃も既のところで避けるどころか、避けた瞬間に攻撃を仕掛けてやがるっ!」
「もうダメだぁ……おしまいだぁ……」
スタッフたちは、確認のために録画していたセイエイの一方的な刀剣乱舞を、理解不能、理解不能と身体を震わせながら見ていた。
「オレ、最初はセイエイのステータスって、親が運営だから甘やかされてると思ったんだよ」
「オレも思った。絶対課金だって。でもあの子……素でレベル44なんだよ。いくら武器がオリジナルでも、効果発動の条件がちょっと特殊だからなぁ。それでまだ無課金なんだよ。でも、無課金ってレベルじゃねぇ」
ガクブルと目を泳がせながら、他のプレイヤーの行動も監視する。
というよりは、セイエイのワンマンショーに目を背けたくなっていた。
セイエイのレベルは今なお44である。
それに対して、レイドボスのレベルは現段階におけるマックス50。
その差はレベル6であり、スタッフもセイエイですら苦戦するだろうと思っていた。
そんな期待を余所に、セイエイは南海の龍神である[ゴウキン]を倒し、レイドボスを倒した証としてもらえる[メダルのかけら]を手にとっていた。
「おい、確認のために恋華ちゃんの現ステータスを表示してくれ」
スタッフの一人がそう同僚にお願いする。
「わ、わかった」
すぐさまモニターにセイエイのステータスが表示された。
【セイエイ】/【職業:魔剣士】
◇Lv:44
◇HP:2948/2948 ◇MP:2750/2750
・【STR:79】
・【VIT:40】
・【DEX:49】
・【AGI:56】
・【INT:56】
・【LUK:35】
◇装 備
・【頭 部】
・【身 体】忌魂の洋装+5(∨+27 I+29)
・【右 手】青鋒刀一式(S+11 A+10)
・【左 手】青鋒刀二式(S+11 A+10)
・【装飾品】牛鬼の腕輪+α5(S+23)
インウの首飾(I+16)
紫炎の指環(I+24)
というステータスである。
「……オレ、いま恋華ちゃんがこれ以上クリアしないことを祈ってる」
泣き言をいえど、バトキチ状態のセイエイが、一時の休憩なぞとろうはずもなく、次の、北海の龍神である[ゴウジュン]を、捜索合わせて六時間足らずで倒したという現実が彼らを待ちかまえていた。
【青鋒刀】は、紅孩児の母親である鉄扇公主の武器である「二振りの青鋒の宝剣」からきています。




