◆魔光鳥とのこと
*描写等を変更。
「ひま。なにかおもしろいことってない?」
セイエイやケンレンたちとオフ会をした日曜日の翌日。
現在、夕方十八時を少し過ぎた頃、星天遊戯へとログインし、次のイベントのためにひとつでもレベル上げをしようかとフィールドに出るや、偶然セイエイも町から出ていたらしく、オレを見かけるや、先ほどの台詞に続けて、
「ペナルティーは消えたけど、今ナツカから頼まれてることもないし、さっきギルドハウスに行ってクエスト掲示板見てきたけど、ドロップアイテムとか、おかいものイベントばかりでつまらなそうなのばっかりだった」
と、本当に興味なさそうな顔色で言ってきた。
「あれ? そういえばサクラさんは?」
「サクラはムチンと一緒にフチンのところ」
それを聞いて、はてなと首をかしげる。
いつもセイエイと一緒にいると思っていたから、妙に違和感があった。
「ムチンって……なに?」
「中国語でお母さんって意味」
ってことは、珠海さんのことか。
「はて、珠海さんって星天遊戯やってたっけ?」
首をかしげるようにセイエイを見据える。
先日セイエイの実家におじゃました時、色々と話をしたことはあったが、あまりゲームに詳しくなかったし、星天遊戯もやっていないって言ってた気がするんだが。
「そっちじゃなくて、会社の方。今日会社で会食があるから出かけているって、[線]にメッセージが来てた」
「なんで気付かなかったの?」
そう聞いてみると、セイエイは、
「学校にスマホ持っていくの忘れてた」
と視線を逸らした。
まぁ、そういうことなら帰宅するまで知らなかったのも無理はないか。
「でもセイエイくらいのレベルだったら、別にクエストじゃなくてもレベル上げとかでもいいんじゃ?」
「それでもいいけど、星天遊戯って経験値の表記がないからいつ上がるのかもわからないし、気付いた時にレベルが上がっていることのほうが多い」
セイエイは愚痴をこぼすように頬をふくらませ、
「討伐系のクエストならやるけど、レベルが高くなるとそのクエスト中にレベルが上がることがすくなくなってく」
レベルが高いと成長しにくいのは、どのゲームでも一緒だな。
普段は淡々とした口調で話すセイエイだが、
「シャミセン、なんかない? いつもだったらおねえちゃんが付き合ってくれるけど、今忙しくてログインしてない」
と、本当につまらなそうだった。
「普段、どういうことやってるの?」
「普段って?」
「話を聞いてると討伐系はやりたいけど、それ以外はあんまり気乗りしてないよな?」
そう聞き返すと、セイエイは、
「いつもならおねえちゃんとかナツカたちが用意した条件でプレイしてる。たとえばレベル20のモンスターを一時間以内に三〇匹討伐しろとか、魔術師系モンスターが使ってくる物理系魔法を跳ね返したりとか」
そう指折り数えるように教えてくれた。
というか、レベル20のモンスターの件は、一匹に対して最低でも二分以内で倒さないといけない計算になるが、
「あ、別にセイエイのレベルだと無理でもないか」
そうつぶやいたのが聞こえたのか、
「それ、わたしがレベル19くらいの時の話なんだけど」
とセイエイは肩をすくめるように訂正してきた。
それが本当なら、どれだけ鬼畜なんですかね、君の姉君は。
「それにわたしのステータスだと幸運値がそんなにないから、モンスターを倒した時にレアどころか、ドロップ自体出ないことのほうが多い」
「あぁ、だから討伐でもアイテム重視のクエストはあんまり気乗りしないってことね」
そうたずねるや、セイエイは答えるようにうなずいせてみせた。
「星天遊戯は大きな目標みたいなものがないし、本当に誰もログインしてない時は、裏山の頂上にあるレベル40以上じゃないと入れないところで暇つぶししてる」
トッププレイヤー独特の悩み事ってことか。
「シャミセン、なんかない? 一緒にレベル上げでもいい」
「レベル上げか……」
それでもかまわないが、二人でやるとそれだけ経験値が半減する。
もちろんセイエイが倒せる相手だったら、かなりの経験値が期待できるが、先に進むとつんでしまうため、一定のレベルにならないと入れないエリアが多いのを懸念して、全員が規定レベルに達していないと入れない仕様になっている。
よって、現在のオレのレベルでは、セイエイがいつも行っているようなエリアには入ることすらままならない。
「シャミセン、もしかして今日誰かと約束とかしてる?」
セイエイは眉をしかめながら、しょんぼりとした表情でオレを見つめている。
「いや、今日はまだ誰とPTを組もうとかは考えてないし、セイエイが一緒にやりたいって言うならいいけど」
「ほんと?」
セイエイはそれこそパッと目を輝かせた。
誰かしらログインしているはずの時間帯なのだが、セイエイと共通しているオレのフレンドは皆ログインしていない。
ということは、セイエイからしてみれば、オレがログインしたことが助け舟になっていたか?
しかし、セイエイが一緒だと自分が行ける場所の奥地でも行ける気がするのは、彼女がレベル44のトッププレイヤーだからという期待からだろう。
――とはいえ、今日にかんしては、オレの方も気乗りしないのが現状だった。
「シャミセン、どうかした?」
「あぁ、ごめん。ちょっと考えごと」
オレは、アイテムボックスから、今は必要のないアイテムを倉庫に直していく。
「[土毒蛾の指環]は白水さんにお願いしてるし、今はこれといって、ほしい装備品ってそんなにないしなぁ」
どちらかといえば、ローロさんに錬成してもらった[緋炎の錫杖]の熟練度を育てているといったところだ。
「そういえば、シャミセンって[ライトニング]覚えてたよね? ナツカから聞いたけど」
セイエイが、そう訊いてきたので、素直にうなずいてみせた。
「ライトニングの命中率は? 育ててる?」
「命中率? それって器用値とかで決まるんじゃないの?」
「基本的にはそうだけど、特定のスキルは、条件によっては成長させることができる。白水の話だと、ライトニングは光の矢ってイメージだから、弓矢みたいにやっていくと命中率が上がるって」
特に、第一職業で弓士を選択しているセイフウや、その系統に当たる第二職業の狙撃手となっている白水さんは、ライトニングや、矢をイメージさせるスキルをそうやって成長させているらしい。
要するにどんな攻撃であれ、イメージしやすい状態にすれば、あとはプレイヤースキルで命中する確立が上がりやすくなる。ということか。
「少しは上がっているみたいだけど、あまり期待はできないぞ」
「それならちょっとおもしろいことがある。鶏肉を綺麗に取れる方法」
鶏肉っということは、鳥モンスターを倒せばいいというわけだが、鳥自体の警戒心が強くて、[忍び足]を持っていても、意外に先制がとれた試しがない。
「どんな方法?」
いちおう聞いてみる。
「ライトニングの命中率増加を利用した狩り。グリーンから放ってダメージを与える。運良く急所に当てられたら一撃で倒せるし、鶏肉が手に入れやすい」
どうやら鳥モンスターの警戒レベル圏内はイエローまでで、グリーンからゆっくりと近付けば大丈夫らしい。
「今の時間だったら、魔光鳥っていうモンスターが出るばあいがある」
……聞いたことがない。
ただその鶏肉を焼けばほっぺたが落ちるくらい美味しいのだが、モンスター自体を見つけることが困難らしく、ドロップアイテムは高級食材として取引されるようだ。
「どこにいるんだ?」
ちょっと、興味が出てきたので、情報を得ましょう。
「はじまりの町の裏山。レベル制限が10の山道にある木のところにいる……みたい」
生息している分布場所は、オレのレベルでもはいれる場所なのだが、今の今まで、魔光鳥なんてのにはお目にかかったことがない。
「なんか目安みたいなものはないの?」
「蜂の巣の近くにいることが多い。でも虫は嫌いだから討伐以外は見向きもしてない」
そう言いながらセイエイは頬をふくらませた。
これでよくレベル44もあるなと思う。
「まぁ[蜂の王]で蜂の巣自体はすぐに見つけられるから、ちょっと探索してみますか」
オレはスッと立ち上がり、[緋炎の錫杖]を高々と掲げた。
「…………っ?」
それを見て首をかしげるセイエイ。
「――そこっ!」
オレは武器の魔法効果でファイアを繰り出した。
炎が迸った先に、蜂のモンスターがひょっこりと顔を出すや、炎に焼かれていく。
「……もしかして、モンスターがポップアップしてくるのわかってた? 蜂モンスターなら察知スキルとかいらないよね」
唖然とした表情でセイエイは言う。
「また[蜂蜜の元]かぁ」
蜂モンスターの気配はすぐに気付けるので、こちらが先制することはたやすい。
でも、これ以上目ぼしいアイテムが手に入るというわけではなかったので、もうすこし行動範囲を広げたほうがいいようだ。
幸運値が高いとはいえ、モンスター自体がレアアイテムを持っていないと、ほんとクエストで必要だって言われないかぎりは、宝の持ち腐れか。
「裏山に行く前にいらないアイテムを売り捌いてきていいか?」
「あ、それだったらわたしのもお願い」
そう言うと、セイエイはアイテム欄からいくらかアイテムを取り出し、オレの目の前で広げて見せた。
ほとんどがモンスターから採取したドロップアイテムなのだが、中には装備品も混じっている。
「武器とか売っていいのか?」
「熟練値そんなに育ててない。それにランクも低いから鍛冶の素材用に持ってた」
それらもすべてナツカが管理しているギルドから依頼を受けたさいに手に入れた、不要なものらしい。
剣や刀、双剣、槍、弓矢、杖……、布や鎖帷子、指環にイヤリング、ネックレスなどの装飾品。
セイエイ本人はいま装備しているもの以外は、ほとんどいらないと、口にせずとも顔に出ていた。
それらをお店で売っても、セイエイからしてみれば二束三文と言ったところで、知り合いがお金を出して買ってくれるならまだしも、お金の問題になるのはなにも現実だけの話ではないようで、
「前に、わたしがプレイヤーから買ったアイテムを町で見かけたら、買った時の三割くらい安かった」
と口をすぼめた。
それ以降、あまり店で売る以外での売買はしないようにしているようだ。
といっても、不要なものがほとんど装備品や素材アイテムといったところから、ローロさんやシュエットさんのところで卸したほうが得策といったところか。
「わかった。ちょっとローロさんかシュエットさんに聞いてみるか」
この二人ならバザーとかプレイヤーどうしの取引に詳しいだろう。
「この中で高く売買できそうなのは[竜胆の指環]と[魔犬の鉤爪]かな」
オレはその装飾品を手に取り、鑑定してみる。
[竜胆の指環] S+3 ランクC
竜胆の花をかたどった指環。
[魔犬の鉤爪] S+5 ランクC
魔犬の爪をかたどった鉤爪。
「掲示板で見たけど、このふたつにそれぞれ[烏骨鶏の嘴]と[未草]っていうアイテムを鍛冶に使うといいみたいだな」
「それ探したことあるけどまだ見つけたことない。[未草]っていうのはかなりのレアアイテムだと思う。多分SRくらいはあると思う」
セイエイでも見つけたことがないということは、そのレシピを書き込んだプレイヤーはかなりの幸運があったということか。
「これが[竜胆の指環]なら[水神の指環]。[魔犬の鉤爪]なら[魔狼の籠手]になるみたいだな」
「それだったらそのふたつを残したら? シャミセンだったら見つけられるかもしれない」
そう言われ、オレはその言葉に甘えて、[竜胆の指環]と[魔犬の鉤爪]をアイテムボックスにしまいこんだ。
◇ローロさまからメッセージが届いています。
◇シュエットさまからメッセージが届いています。
しばらくのあいだセイエイと話をしていると、ローロさんとシュエットさんからメッセージが届いていた。
『それでしたらこちらが合計で五万Nほどで引き取らせていただきます。さいわい[明桜の盾]というドロップ限定の装備品を探していたところでしたので、セイエイさんに売却の受理をしてよろしいですかと、おたずねいただきますようおねがいします。』
こちらはローロさん。
『[極楽蝶の羽衣]をお売りになられるのですか? それでしたらこちらが引き取りましょう。五千Nほどでどうでしょうか?』
シュエットさんもシュエットさんで、ほしいアイテムがあったようだ。
「らしいけどどうする?」
そうたずねるやいなや、
「ローロさんには悪いけど、[極楽蝶の羽衣]はマスターに売る」
とセイエイは答えた。
シュエットさんは基本的に法衣の作成に必要なアイテム以外はあまり必要ないらしいが、初心者プレイヤーに色々と作っているローロさんは、かなりのアイテムが必要になるらしい。
「早いな。もうすこし悩まないのか?」
意外に即決だったので、オレは首をかしげながら、セイエイに聞いてみた。
「別に悩んだところで結果は同じ。必要になったらまたドロップで取ればいい。宝箱でしか手に入らないアイテムじゃないから」
あ、バトキチ状態だ。セイエイの目が爛々と輝いている。
本人は早く魔光鳥を狩りたいとウズウズしてるようです。
もしかしたらレベルが純粋に高いのって、プレイヤースキルもさることながら、ほしいアイテムが出てくるまで戦っているから、知らないうちにレベルがあがっていたということだろう。
「わかった。いちおう二人にメッセージを送っておくよ」
オレはローロさんとシュエットさんに売却依頼のメッセージを送った。
ただセイエイのログイン時間を考えて、今日はこれから魔光鳥をハントすることにする。アイテムはオレが預かっておいて、売却は後日ということにしよう。なにことも先客優先だ。
★ ★ ★
さて、はじまりの町の裏山を登って行き、レベル制限のある山道へと入っていく。
山道では魔熊やら藪蛇、はては珍しくヒヨドリほどの大きさがある蜂が出てくるのだが、
「――邪魔」
先手必勝……じゃないな。
モンスターを見つけるやいなやセイエイが敏捷性上昇の体現スキルである[韋駄天]をつかって、モンスターが口を開けるまもなく、レベルの差もあって一撃で倒している。
しかもモンスターを倒した時に出てきたドロップアイテムにも興味がなく、まさに猪突猛進。
いちおうオレがそれらを全部拾っておく。
うん、パーティーを組んでいるから、オレにも経験値が入ってくるが、オレ一人でも倒せない相手ではないので、そんなに経験値が入ってこなかった。
「魔光鳥……魔光鳥……魔光鳥……魔光鳥……魔光鳥……魔光鳥……魔光鳥……」
そんなことはお構いなしにセイエイはさらに奥へと進んでいく。
[韋駄天]の効果はバトル外でも継続して発動されているようで、オレは息も絶え絶えに走りながらセイエイのあとを追いかけていた。
あのお嬢さん? オレの敏捷性を考えてくれませんかね?
敏捷性上昇の魔法とか覚えようかな。
そんな一人勝手なセイエイを追いかけていると、
「きゃああああっ!」
という甲高い悲鳴が突然聞こえてきた。
オレはパッと立ち止まり、どこから聞こえてきたのか周囲を見渡した。
モンスターの気配もなく、蜂モンスターの出現による気配もない。
「シャミセン、大丈夫?」
先に行っていたセイエイが戻ってきた。
「いまの悲鳴、聞こえた?」
ごめん、オレは一瞬、苦手な虫モンスターに襲われてるセイエイを想像してました。
まぁ討伐している状態だから大丈夫だろうけど。
「どこから聞こえたか、わかるか?」
そう聞いたがセイエイは首を横にふる。
モンスターの気配はしない。
ということはオレたちが気配を察知できる範囲外から聞こえてきたということだ。
「でも、さっき狐のモンスターを見かけた。このゲームだとはじめて見る」
それを聞いて、オレはけげんな表情を浮かべた。
セイエイのほうがオレよりはるかに累計プレイ時間が長い。
そんな彼女がはじめて見たモンスターということは、レアモンスターなのだろうか。
それを気にかけつつもオレは目を閉じた。
視界から入る情報を遮断し、耳に聞こえる音と、肌から感じる情報に頼る。
セイエイはそれに察してくれたようで、静かにオレを見ている気配を感じた。
……パシャパシャと、水の中をなにかが走っている音がかすかに聞こえてきた。
「こっちだっ!」
オレとセイエイは山道の脇道からはいり、川のほうへと下っていった。




