独眼鬼とのこと
◇[失われた楽土・エンダトス]
島の端に降りられる場所を見つけ、そこに着陸する。
着陸するや、情報が表示され、テレポートでいける場所にも登録されている。
「まだ第二フィールドの圏内なんでしょうかね?」
テンポウとセイエイが、スィームルグの背中から飛び降りるや、虚空にウィンドゥを広げている。
「たぶんそうだとおもう」
「しかし、周りは一面森の中」
それこそまっくら森って感じだ。
「シャミセン――」
セイエイが、警戒したような声を挙げる。
森のほうから赤い目がふたつ見えた。
「モンスターか?」
パッと魔法盤を取り出し、戦闘態勢を取る。
◇サイクロプスA/Xb20/属性【闇】【木】
◇サイクロプスB/Xb20/属性【闇】【木】
二匹の独眼鬼が、物々しい棍棒を振るいながら姿を見せる。
それだけならまだいいのだけど……。
「れ、レベル20って……」
「あ、あれぇ? たぶん第三フィールドじゃなかったら、まだただのMOBはXbが10までのはずなんだけどなぁ」
ジンリンが呆気に取られた声を挙げている中、
「魔法盤展開……」
【IXZIEDT】
猟犬が魔法盤で敏捷性上昇の魔法文字を展開させると同時に、
【LXYJF LYXU】
炎をまとった片手打ちのファルクスの刃を独眼鬼の一匹に叩きつけていた。
「ぐぅおぉっ!」
独眼鬼が片手で棍棒を構え、セイエイの攻撃を防ぐ。
「くぅ!」
「ぐぅぬおおおおおっ!」
おたけびとともに、セイエイのカラダこと棍棒を放り投げた。
その棍棒は空中で消え、ふたたび独眼鬼の手元に戻った。
「そこは拾うまで存在してほしかった気がするけど」
「はいはい愚痴らない愚痴らない。でもどうする?」
「間合いを保って攻撃パターンを見極めるしかないですかね?」
テンポウの言うとおり、ここは遠距離の攻撃魔法を使うしかないだろう。
「ということだ! セイエイっ!」
セイエイに視線を向けるが、
「***っ! 前ッ!」
ジンリンの助言を聞くと同時に、オレはバックステップを取る。
刹那、眼前に地面に棍棒を叩き付けた独眼鬼の赤い殺気がオレの全身を捕らえていた。
「魔法盤展開ッ!」
体勢を低く取り、
【CHNQNQKCWZJF】
光の渦を巻いた嵐を攻撃してきた独眼鬼にぶつける。
「ワンシアァッ! [咆哮]ッ!」
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ」
成獣状態に変化していたワンシアの咆哮がフィールドを支配した――が、
「グゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ」
独眼鬼二匹が、いっせいにおたけびをあげた。
「――っ!」
途端、全身に電気が走ったかのようにビリビリと痺れだしたかと思いきや、身動きが取れなくなっていた。――簡易ステータスを確認すると、
――ス、スタン状態?
ワンシアの咆哮は独眼鬼たちの咆哮によってキャンセルされ、代わりにオレたちがそれを食らわせられる羽目になる。
「おぉおおおおおおおおおおっ!」
独眼鬼の棍棒がオレの眼前で振り下ろされた。――――
「アバドンッ! [戦風の悲鳴]」
妖精の声と同時に、オレの目の前で蝗の群が独眼鬼を覆うようにはばたき、攻撃を防いでくれた。
人間姿に変化していたジンリンの足元には、虫の皇の姿があった。
アバドンの周りには無数の蝗の姿があり、その耳障りな音を響き渡らせている。
「***っ、大丈夫?」
「だ、大丈夫だけど……くそぉっ! スタン状態だとなにもできねぇな」
いちおう口は動くには動くが、まったくカラダが言うことを聞いてくれない。
「いちおう、アバドンのスキルで身動きを取れなくしているけど、さすがにやばいね。今の***たちのステータスじゃ、まず純粋にレベル20のMOBにすら抵抗するのがやっと」
――考えろ。独眼鬼たちを倒す方法。
「今動けるのは――?」
「最悪、ボクだけだよ。それからこれはゲームのシステム上しかたのないことだけど、ボクができるのはあくまで一回の戦闘につき、一回の手助けだけ。もちろんボクの意思で助けることはできるけど」
「いや、ワンシアの[咆哮]に頼り切っていたオレの判断ミスだ。そこはジンリンが気にすることじゃない」
――独眼鬼の動きは、離れていたオレの足元に一瞬で来ている以上、オレが思っている以上に素早いことは確実だ。さらには棍棒による攻撃もある。攻撃と敏捷を合わせるとしたら、どこかで足止めしないと確実なダメージは与えられない。――セイエイが攻撃を仕掛けたとき、やつは攻撃を棍棒で受け止め、それを棍棒ことセイエイを放り投げた。
「……どうかした?」
――セイエイの魔法武器は魔法攻撃値によるものだから、純粋に魔法防御値が独眼鬼のほうが上回っている。もちろん棍棒で受け止めたのだから武器による防御値もあった……。独眼鬼の弱点は――たぶんあの大きく見開いた眼なんだろうけど、そこを防がないという考えはまずないと思っていい。
「***っ! なんか難しく考えてるけどさぁ――ただでさえゲームが下手糞なキミがモンスターをどう倒そうとか深く考えたところで悪い意味でのスパイラルに囚われるだけだと思うよ」
妖精の言葉に、オレは一瞬でキレた。
「あぁっ?」
「あのねぇ、よく言うでしょ? 弱い人は強い人に護られるのが鉄則。弱い人が余計なことをすると却って強い人にとっては迷惑なの」
「*ッ? お前何を言って」
「だいたいさぁ、今日だって本当は第三フィールドに行くだけのはずだったのに、キミが余計なものを見つけちゃったせいで、こんなわけのわからない場所で死ぬことになるんだよ? キミ個人だったらまだしも、まったく関係のないセイエイさんやテンポウさんまで巻き込んでるんだから、ほんといい加減にしてよね」
ジンリンは、それこそ人をばかにしたような口調で言う。
たしかにそうかもしれないが、いや認めてしまっているオレもたいがいなきがするのだけど、いまそんなことをいう時じゃないだろう?
「だからさ――」
ジンリンはすこし顔をうつむかせながら、
「面白いことを考えてるっていうんなら、全面的に協力するよ。すくなくとも、ボクはキミのパートナーなんだからさ」
それこそ興味津々な眼差しでオレを睨み返していた。
「っ、はは……」
その無邪気な子供の眼差しに、オレは思わず失笑する。
「やっぱお前、ぜんぜん変わってねぇよ」
どんなに愚痴をこぼそうと、この歌姫も結局はゲームが気狂いレベルに大好きなのだ。そして面白いと思えば優先的にそれをする。
「そう? 男児三日不会ずば刮目せよって言わない?」
言わないと思うし、そもそも男児じゃないだろう。
「それで、どんなこと考えてる?」
「独眼鬼の弱点。傍から見るとあの大きな眼なんだろうけど、なんかそんな誰でも考えそうな弱点を運営が考えるかね」
そう告げると、ジンリンはすこし考え、
「まずないだろうね。そんな大きな弱点をつける時点で……」
言葉を止め、視線を独眼鬼からそらした。
「魔法盤展開ッ!」
声のほうへと視線を向けると、テンポウが魔法文字を展開していた。
【LXYJF XYQIF】
テンポウはスタッフを、炎をまとわせたランスに変化させると、それを独眼鬼に投擲する。
その切っ先が独眼鬼の瞳に命中するや、
「ぐぅおおおおおっ!」
全身が炎に包まれ、独眼鬼はひざまずきながら、雄叫びをあげながら眼に突き刺さったスタッフを引き抜いていた。
なんか結構なダメージを与えているのだが、一撃で倒せるほどのものではなかったようだ。
「……ごめん、***。ボクこのゲームのこと甘く見てた。というか難しく考えてたのボクのほうだったみたい」
この状況に、苦悶を浮かべている妖精に対して、
「あ、いやその……うん弱点はそこじゃないって難しく考えていたオレも同じなんだし、その――わるかった」
と、オレもどういえばいいかわからずにまとまったことがいえなかった。どうしよう。さっきまでのやりとりがなんかすごく恥ずかしい。
「あのぉ? 大ダメージを与えたのはいいですけど、なんか空気的にこっちがダメージを受けるようなことを話し合わないでくれませんかねぇ?」
木母が苦笑を浮かべながら、オレとジンリンに文句をうたっていた。
「あぁごめ……」
テンポウにあやまろうとした途端、
――バシュッ!
というなにかが切断された音が聞こえた。
「え?」
音がしたほうをよくよく見てみると、さきほどひざまずいていた独眼鬼の首が切断され、ぐるぐるとその大きな瞳が宙を待った。
「よし。一匹倒した」
いつもどおりの、淡々とした声で猟犬は満足げな顔で大型の両手剣――バスタードの切っ先を地面に突き刺していた。
「「「…………」」」
これには、オレはおろか、テンポウとジンリンも唖然としている様子。
「たまに、というかいつもパーティーを組んでいるときに思うんですよ。ほんと、セイエイちゃんが仲間というかフレンドでよかったなぁって。普段は抜けてるくせに、こと戦闘のことになると頼りになるというかある意味ラスボスの凄惨さよりも鬼畜というか心がないといいますか。ほんと、敵に回したらいけないなって」
長い付き合いであるテンポウがそういうのだから、オレなんていつもそう思う。というかキミだってその中のひとりだということでもあるんだけど。
「一匹倒したのに、なんでみんなよろこんでないの?」
そんな猟犬は、はてなと頭に浮かばせたような顔で首をかしげていた。
弱点がわかった以上、それを狙わないプレイヤーはいないだろう。
おそらく、一匹目のほうはジンリンがアバドンで足止めをしてくれていたから、命中をしていたのだろうと推測はできる。
「魔法盤展開ッ!」
ただ、ここで難しくうだうだと考える暇があったら、できるかぎりのことをすればいいだけのこと。
【LXYJF VFQMZ】
炎の矢を連弩で漣激を食らわせる。狙い……は当然独眼鬼の大きな瞳よぉ!
「おらっおららおららららららおらぁっ!」
ドドドドドドと轟音を響かせながら、矢を打ち込んでいく。
実を言えば、矢を練成させるのにもJTが消費されるのだが、そんなもの気にする暇があったら攻撃じゃぁあああアッ!
「***っ! 弾幕薄いよッ!」
妖精もこのノリ具合である。
「シャミセン、攻撃、邪魔」
独眼鬼の背後にしのんでいたセイエイが片手打ちのクナイを持って逆袈裟切りを食らわせる。
あのぉ、独眼鬼の大きな体でオレの攻撃を防いでいたの気付いてないとでも思ってた?
「意識が完全にシャミセンにいっていたから、飛び込むのにすごく楽だった」
「ちぇぇすとぉ!」
上空からテンポウの雄叫びとともに、グラディウスによる断頭台。
ブシャァッと、独眼鬼の首が切り落とされ、大量の血が吹き出していく。
◇戦闘が終了しました。
◇経験値……23【58/170】
戦闘が終了し、経験値を得る。
「でもどうします? すこしやすまないと第三フィールドにいけないと思いますよ」
テンポウが、法衣の汚れを払い落としながらいう。
戦闘をしている手前、JTが半分以上は消費してしまっている。普段ならばすこし休めばと言ったところだが、ここから第三フィールドの拠点にたどり着く前にJT切れしてしまうという懸念だろう。
「もしかしたら、休める場所があるのかも」
セイエイが、森の奥へと視線を向けながら言う。
「なにもなかったらどうするの?」
先に行きたくてうずうずとしている猟犬にそうツッコミを入れるや、
「…………」
無言で外方を向かれた。まぁ身勝手に行動しなくなっただけまだいいのかね?
「周りを見渡しても、あのサイクロプスたちが出てきた森以外に行く道もないみたいだし、もしかしたら村とかそういうのがあるんじゃない?」
「そこでログアウトできたら、今日はそこまでにしません?」
テンポウの提案に、オレはうなずいてみせた。セイエイも同様にうなずいている。
「あぁっと、すまんね」
「……っ? なんでシャミセンがあやまるの?」
セイエイがキョトンとした顔でオレの顔をのぞきこんできた。
「いや、さっきジンリンからも怒られたんだがな、そもそもオレがここの存在に気付いていても、予定を優先してたらよかったんじゃないかって」
「レベル上がった」
「あ、私も先ほどのエンカウントでレベルが上がりましたから、気にしなくていいですよ」
二人から怒られるか、愚痴をこぼされると思っていたのだが、なんか感謝しているような声色で言い返された。
「だから、別にシャミセンがわるいわけじゃない。たぶんシャミセンが最初にこの島を見つけなかったら、今日レベルがあがるとは思ってなかった」
「シャミセンさんはよく経過を大事にしますけど、それって結果を知ってのことですよね? でも結果なんてものは未来の不確定したものでしかないんですから、どう転ぼうとその時のシャミセンさんが気にすることじゃないんですよ。後悔するのはそのあとでいいんです」
テンポウの言うとおり、なんか漣のこともあってか、結果よりも経過を大事にしすぎているのかもしれない。
「まぁ選択肢がない以上、セイエイさんの言うとおり、森の中を歩くしかないね。さいわい魔法文字による制限はされていないようだし」
「ヴリトラのときみたいに、ライトが使えないのは正直つらい」
「あぁ、あれには苦労した。私とビコウさんも照明魔法に頼っていた部分がありましたからね」
よし。それじゃ次の目的地はこの島にあるかもしれない村だ。――あればだけど。
「***、いまなんかすごい不安になるようなこと考えなかった?」
妖精からツッコミを入れられたが、オレは返答を拒んだ。




