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百日紅とのこと


「うし、テンポウや、ちとこちへ来なんせ」


「なんですか?」


 オレの呼びかけに、テンポウが首をかしげながら歩み寄る。

 ヌッと……右手を彼女の頭へと差し伸べた。


「…………っ!」


 さっきオレに大嵐(TEMPEST)をぶつけようとしたこと(本人は助けるつもりでやったんでしょうけど)に対して、(はた)かれると思ったのだろう。

 すこし肩をピクリと震わせたが、オレが彼女の頭を優しく撫でようとしていただけだとわかるや、それこそ借りられた猫のようにテンポウはすこしばかり怯えながらもされるがままだった。


「なにをやってるんですか?」


 ローロさんが唖然とした声で聞いてきた。


「いやぁ、さっきテンポウの機転で九死に一生を得たので、そのご褒美に」


「そ、それくらいだったら言葉で……、ちょっとセットが乱れるので優しくあつかってくれません?」


 お願いされたが聞く耳持たん。こっちは死ぬかと思ってたからな。

 最大限の褒美として、ワシャワシャとテンポウの頭を撫でる。


「ちょ、シャミセンさんっ! 褒めてくれているのはなんとなくわかりますけど、そろそろやめてくれませんかね?」


 声からして嫌がっているようだが、態度では嫌がっていないのがわかる。


「君がっ! オレの行為を拒絶するまで! 頭を撫でるのをやめないっ!」


 ワシャワシャと片手から両手に。むしろツインテールも弄りたいがさすがにそれは自重しよう。


「シャミセンさんって、可愛い子だったらなりふりかまわずにからかっていません?」


 白水さんが人を変質者扱いするような、さげすんだとも、あきれたとも取れる視線をオレに向ける。


「そうでもないですよ。相手がされて嫌なことはしませんって」


「そのわりには有無を言わせずに頭撫でてますよね? 特にセイエイちゃんとか」


 いや、セイエイの場合は撫でられるの好きそうだからやってるの。

 それに子どもは褒めて伸ばすタイプなんだよオレ。


「嫌ならされる前に拒絶してるでしょ?」


 してこないってことは嫌じゃないってことよ?


「それに褒められて嫌な人もいないでしょ?」


「あぁたしかに」


「だったら妾にもっ! 新しい技を覚えたとか起死回生の一手を放ったんですからっ! 妾のことも撫でてくださいましぃっ! 君主(ジュンチュ)っ!」


 テンポウが羨ましくなってきたのか、ワンシアがなんか言い出してきた。

 まぁワンシアも新しい技覚えたし、褒美として肉のひとつくらいドロップを……んっ?



「あのさぁワンシア……、さっき覚えた[超音波]って、壁との反発で距離を把握できることってできない?」


 それこそコウモリが洞窟で飛び回る時みたいにさ。


「おそらく無理ですね」


「そのココロは?」


「妾のモンスタースキルのひとつか、元々のモデルとなっている狐狗狸のひとつである[(やまねこ)]の特徴だからか、洞窟の中でもある程度の夜目が利いてしまうので、暗闇でも微かにですが景色の輪郭を認識することはできるんですよ」


 そういえば、ワンシアはコックリさん……狐、狗、狸といった三つの動物の特性を持ってるんだよなぁ。

 それがあるから臭いによるモンスター探索とか危険察知能力、猫の夜目を使った暗闇探索とかよくしてもらっている。

 つまりはそもそも暗闇に暮らしているコウモリの眼は退化しているからこそ、超音波によって岩壁との間合いを把握している。

 逆に言えば、夜目が利いている以上同等のことはできないってことになるわけだ。


「ただ、ソナーみたいなことはできるようになっています」


「つまり超音波による反発で地形を感知することは可能ということか」


 まぁ新しい洞窟に入った時にでも試してみますか。


「それはいいとして、そろそろ撫でるのをやめてくれませんかね」


 テンポウがオレの手を振り払うと、手櫛で髪をセットしなおした。

 ゲームなんだから気にしなくてもいい気がするが、そこは気持ちの問題ってところか。



「さて新しいモンスターのポップがないのは気のせいかね?」


「時間帯にもよるんじゃないでしょうか? 最初と比べて干潟の潮が満ちてますし」


 白水さんの言葉通り、川の水が満ちてきたのか、干潟の泥濘がほとんどなくなっている。

 その白水さんは、手での望遠鏡で周りを見渡していた。

 モンスターのポップがないってことか。

 あれ? もしかしてレベルが高いモンスターが出やすい反面、モンスターそのものがポップされる確率が低い地帯ってことなんだろうか。


「ってことはさっきみたいなのは出て来ないってことか」


 それはそうと、色々と気になることがあるんだよなぁ。



「魔法盤展開っ!」


 右手に魔法盤を取り出し、視線をローロさんに向ける。



 【INTHFV】



 オレの頭上には六文字の魔法文字が展開されている。



 ◇【サイファー・モード】が使えるようになりました。

 ・このモードでの会話のみ、NGコード対象外となります。

 ・プレイヤー同士、もしくは対面しているプレイヤーにのみ会話ができるようになります。

 ◇【ローロ】と【サイファー・モード】をしますか?

 ・【はい】/【いいえ】



 ローロさんに向けて[暗号(CIPHER)]を使う。


「っ、シャミセンさんからなにかメッセージが届きましたけど」


「あぁ、ちょっとお話したいことというか、すこしご相談したいことがありましたので」


「それは私たちに聞かれたくないことですか?」


 白水さんやテンポウが首をかしげる。

 聞かれたくないってわけじゃないんだけど、それを決めるのはオレじゃなくてローロさんなんだよな。


「とりあえずローロさんとの話が済んでからな」


 そう言うと、白水さんとテンポウはコクリとうなずいてみせた。



 ♪



「それでお話というのは」


 ローロさんと一緒に、白水さんとテンポウからすこし離れた場所まで歩く。

 ワンシアにはモンスターがポップしたことを教えるよう、警戒状態になってもらおう。


「エレン……いや、漣のことですこし」


「――っ? 漣のことですか?」


 漣の名前を聞くや、ローロさんは身を乗り出すように聞き返してきた。


「さっき水の中で死にそうになった時、走馬灯みたいな感覚で漣の声が聞こえたんです。あぁ言うのって死ぬのを覚悟しないといけないわけですよね。普通なら」


「ゲームとはいえですね。たしかこのゲーム……いや、俺たちが使っているVRギアの特徴で、人の感情を読み込み、それをプレイングキャラに影響を与える……そんな話を聞いています」


 それがどうしたのか……とローロさんが言葉を続けた。


「普通、走馬灯ってのは今までの思い出をプレイバックさせることですよね?」


「えぇ、そうですけど……もしかして小学生の時や高校生の時の漣を思い出されたんですかな?」


 普通ならね。オレも思い出の中でだったらその時の漣を思い出していたはずだ。

 あの時だって、[サイレント・ノーツ]の攻略方法を鉄門と話している時に、運が高いから楽に攻撃が通じるだろうと甘く見ていたオレに対して注意していた時のだったし。

 だからこそ違和感がある。

 そうさ……、最初は――その延長線でしかないと思っていたんだ。



「『……このギアってさ……本当に人の感情だけを読み込んでいるのかな?』」


 オレは、あの時聞いた漣の言葉を一文一句間違えることなくローロさんに伝えた。


「それは、いったいどう言う?」


 ローロさんは、けげんな表情で聞きかえす。


「デスペナギリギリになる手前、幻聴で聞こえた漣の言葉です。VRギアの感情読み取りシステム……一般的に言うB・M・Iというものをフルに活かしたシステムは、おそらく制作スタッフや、それに通じた人しか知らないバックシステムだと思います。ビコウの話では、このシステムプログラムを作ったという、[セーフティー・ロング]の孫五龍社長がギアの発売納期ギリギリまで細心の注意を払いながらプログラミングしていたって話ですからね」


 B・M・Iはあくまで脳信号を読み取ったり、脳への刺激によって思考と機会への情報伝達を仲介するシステムだ。

 ただ脳への刺激をしてしまうと、ヘタすれば人の人格や、命に関わってしまう。

 刺激や嗅覚はあくまでそれを司る脳信号にすこしだけ刺激を与えているとビコウから聞いてはいるけど、それはあくまで本当に細心の注意を払っているらしい。


「連が自殺したのは……ギアが発売されるよりも前になるからね。あの子が呼ばれた時はあくまで新作VRギアのテストプレイでしかなかったのだろう。俺がそういうシステムがあるということはビコウさんが体の不自由だった時でも星天遊戯をプレイされていたので、そういうシステムがあるというのは耳にしていたが」


 オレの話が空言のようで、まさに恐ろしい物を見たようなローロさんの声色。

 ただ信じられないと一概に言わなかったのは、オレが漣のことに対して嘘をついたところで得をしないことを知っていたからだろう。


「連がVRギアのテストプレイをしていた時点でそういうシステムがあったとしても、そんな言葉を言うとは思えない」


「つまり……ギアのテストの時に不具合が起きてしまい、その影響で漣は……ってことですか」


 オレ自身、まだ不確定要素としか思っていないし、あくまでまだ仮説でしかない。


「……なかなか信じられないことだけど、今オレたちが使っているVRギアも完璧じゃない。ギアのシステムの暴走か、もしくは実験時における失敗だったのか」


「もしくは、煌乃くんが聞いた漣の幻聴が言っていた言葉通り、このVRギアは人の感情ではなく、人の記憶からなにかをシステム的に読み込もうとしていたのではないだろうか?」


「システム的に?」


「少なくとも人が上を見ようと思った時、脳信号で目に上を向けと命じているはずだ。つまり頭に思い浮かんだものを読み込むということになる。それは云ってしまえば人が嫌なことを思い浮かべさせる(、、、、、、、、)ことを、システム的に促すことも可能ではないかということだ」


 嫌なことを思い浮かべさせることを?


「たとえばそうだね。バンジージャンプでしっかりとしたゴムを使っていても、かならずしも安全とは限らないだろう。その恐怖心が面白いところでもあるだろうが、もし外れてしまったという恐怖心を掻き出させることを、ゲームの中で想像させるわけだ」


 つまり、実際死ぬわけではないけど、心理的にはそれくらいの恐怖を与えてしまうってことか。

 それがもし、プレイヤーのトラウマを思い出させる可能性もあるってことだ。


「漣の場合、一番思い出したくないことと云ったらイジメにあっていたことだろうな。ゲームをしていた時はそういうのを忘れるくらいだったし」


「煌乃くんと再会した時は多少明るくなっていたよ」


 それを苦に自殺したんだろうな。あくまで表向きは。


「ビコウは製作者と直接会えるか連絡が取れるからある程度のことは聞くことはできるんだろうけど」


 それに関しては、明日の約束事の時にでも聞いておくか。



「それにしても……実際に会ってはいないが、君と再会するとは本当に思っていなかったがね」


「オレが一番ビックリしてるんですけど?」


 だって朗さんとまたこうやって話せるとは思ってなかったし。


「このゲームでも武器制作ができれば手伝うことが」


「あ、それ無理です」


 オレがいちおう注意しておくと、ローロさんは唖然とした表情を見せた。


「えっ? いちおうDEX……このゲームだとMFUという表記だったけど、今80くらいはあるんだけどね」


 ローロさんの現Xbが6からして、ローロさんもローロさんで基礎値がカンストしてたってことか?


「オレもLUKが初期でそれくらいなんですけどね、なんかゲームのシステム状、初期値で60以上のコンバートプレイヤーにはそのステータスは現Xbの五倍までしか効果ないらしいです。それに武器は魔法武器っていうシステムでしか作れないみたいで、現状白水さんが得意としている装飾品くらいしか鍛冶扱いされないみたいですよ」


 そう教えるや、ローロさんは膝をついて落胆した。

 まぁ、制限を与えられているとはいえ、ローロさんの高い器用値なら結構なら質のいい魔法武器が作れそうだけどな。


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