炬火とのこと
セイエイと一緒に魔宮庵を出たのは、ちょうど午後七時半になろうとしていた頃だった。
魔宮庵があるレベル制限がされていない森の中にもプレイヤーは当然いて、各々ご自由に戦闘をしているのがチラチラと目撃した。
「シャミセン、今日はどうするの?」
オレの隣に立って準備運動をしているセイエイがそう聞いてきた。
レベル上げ……したいけどね、[馬鈴湖]はレベル制限が30からだから、まず入れないから除外。
他のところは正直いって短時間でレベル上げの期待がまずない。
「ワンシアのレベル上げでもするか」
木属性が得意なモンスターが出やすいところといえば土属性のモンスターが出やすい場所。
「どこかそういうところしらない?」
そうたずねてみたが、
「土属性って、土の中に潜ってる時のほうが多いから、テリトリーに入らないとポップされない」
と説明してくれた。
「なにその地雷」
「うん。たまに自爆してくるモンスターもいる」
冗談で言ったら本当だった。
あれですか? ゴツゴツしていて憤激の表情をしている岩とか出てくるんでしょうか?
「シャミセン、もしかしてそれ倒すつもり?」
ムゥっとオレを見上げながらセイエイは頬をふくらませる。
「別に倒すつもりではないけど、いちおう参考までに。っていうかもしかして嫌なの?」
「一撃で倒せなかったらすぐ自爆する。経験値を貰う前に大ダメージでやられたら、経験値がもったいない」
「そういうことね」
そりゃぁ倒されたら今までの努力が全部水の泡になるからなぁ。
「出やすい場所は[はじまりの町の裏山]のレベル制限10あたり」
「あれ? 結構そこら辺でレベル上げとかしていたけど、ほとんど出てこなかったぞ?」
思い出してみたが、まったく出てきた試しがない。
「どちらかというと河川敷のところのほうが出やすい」
山道に岩とか岩盤があったわけではないし、それに近いところに出やすいってところか。
「ワンシアのレベル上げもしたいし、オレ自身のレベルもあげたいしね」
「クリス……んぐぅ?」
セイエイが、LUKが上昇する[ミントクリスタル]を使えばと言おうとしたのをすんでのところで止める。
たしかに今ミントクリスタルを使えば、LUKは最低でも1増えるから、玉龍の髪飾りの効果は23になる。
でもそれはそれでしたくないというのが年上としての見栄だった。
「それはいいよ。というか自分には使わないのな」
すこし、そこらへんが気になっていた。
「セイエイって、他の人には尽くすけど、自分には無頓着だよな」
「そう?」
本人が首をかしげるあたり、気付いていなかったのだろうか。
「まぁ、でもレベル制限10のところだったら、オレもセイエイも一撃でやられることはないんじゃないかな?」
「それはわかってる」
うし、決定。今日の討伐は土属性のモンスターを見つけて、ワンシアのレベル上げ。
そうと決まれば、早速ワンシアを召喚しましょう。そうしましょう。
「来いっ! ワンシアッ!」
アイテムボックスから[シュシュイジン]を取り出して、天に掲げる。
オレの足元に魔法陣が展開され、底から仔狐状態のワンシアが召喚された。
「君主、話は聞いておりました。ただすこし気掛かりなことが」
ワンシアがオレを見上げながら、そう口にする。
「……喋ってる?」
セイエイが、ジッとワンシアを見つめながら呟いた。
いやおどろいているんだろうけど、もうすこしリアクションがあったほうがいい気がするぞ。
「そういえば、この状態で喋ってるワンシアを見るのって初めてだっけ?」
そうたずねると、セイエイはうなずいてみせた。
「まぁもともと知能が高いモンスターだからなぁ、人語をしゃべるくらいわけないだろうけど……ところで、気掛かりなことってなに?」
「君主、妾のステータスをご確認くださいますよう、お願いします」
ワンシア本人にそう言われ、オレはテイムモンスターのステータスを確認した。
【ワンシア】/【属性:木/陰】
◇テイマー/シャミセン
◇Lv:10
◇HP:100/100 ◇MP:250/250
・【STR:15】
・【VIT:20】
・【DEX:15】
・【AGI:35】
・【INT:50】
・【LUK:15】
スキル
[狐火(火)][君影草(闇)][化魂の経(闇)]
「あららら?」
ワンシアが言いたいことがわかった。
「攻撃スキルに木属性のやつがひとつもない」
「通常攻撃は属性関係なしに物理に成りますゆえ、経験を踏まえないと覚えないものもありまして」
レベルアップで覚えるわけねぇ。
そういえば、前にハウルからのメッセージで、チルルがレベルアップでスキル覚えたみたいなことを云ってたな。
「木属性のモンスターだったら狐火でも十分だけど」
さてそれだと効率が悪い。
基本的にサークル上に展開される攻撃スキルなのだけど、いかんせん展開できる狐の数がステータスに関係していてるんですな。
ためしにスキルの説明を確認してみる。
[狐火] 攻撃スキル 属性・火 消費MP?
テイムモンスターの周辺に攻撃対象の火の玉を展開させる。
火の玉の数は[INT×DEX÷レベル=1]となる。
という計算式。今のワンシアだと、狐火をひとつ展開させるのに必要なMPは75になって、最大三個までしか展開できない。
「MP回復はつかえないの?」
「いや、使えなくはないけど、一度に展開できる数はMPの最大値に依存しているから、やっぱり三個までしか出せないな」
ワンシアを変化させても、基本的にステータスに変化はない。
見た目が変わるくらいだ。
「ハウルに聞いてみたら?」
「ハウルに?」
セイエイの考えがわからず、思わずオウム返ししてしまう。
「チルルの属性ってたしか[闇]と[木]だったと思う。魔獣演舞と星天遊戯はシステムが似てるところがあるから、属性相性も一緒だったと思う。多分レベル上げしようと思って裏山に入ったんじゃないかな?」
あぁ、ハウルに変化していたチルルがバンシレイに襲われたんだっけ?
「夕食を食べてるか、宿題しているかじゃないか? そんな運良くログインしているわけなさそうだし」
といいつつ、フレンドリストを確認してみるや、
「入ってた……」
とおもわず落胆してしまった。
「なんで落ち込んでるの?」
オレの態度を不思議に思ったセイエイがキョトンとした目でオレを見据えた。
「すこしは予想が外れてほしいなって思ったの」
すこしばかり嘆息をつきながら、そう説明した。
さて、ハウルの現在地は[はじまりの町の裏山*10]だった。
アスタリスクが付いている部分はレベル制限が掛けられている場所なんだって。最近やっと知った。
ついでに他にプレイヤーがログインしているだろうかと見ていくと、ビコウは今現在、退院の準備をしているので、本格的にログインできるようになるのは今しばらくあとなんだと、病院で本人から教えてもらった。
それとセイエイを除けば、ケンレン、斑鳩、綾姫だけだった。
綾姫に至っては現在地が[はじまりの町の裏山*10]になっている。
「香憐も一緒か」
同じ場所なだけで、ハウルと一緒に行動しているってわけでもないだろうけど、まぁ行ってみればわかる。
「うし、裏山に行ってみるか……」
チラリとセイエイを見てみると、
「ワンシアの毛並み柔らかい、もふもふしてる」
と、仔狐状態のワンシアと戯れあっていた。
「ちょ、セイエイさまっ! はな……って! どこさわっ! らめぇ……そこ、ちく……あふぅっ!」
ワンシアはセイエイから離れようとしてるけど、STRが違いすぎるからもうあきらめなさい。
「セイエイ、行くぞ」
「はーい」
声をかけると、セイエイはワンシアを抱えてオレの隣へとやってきた。
傍から見ると、ぬいぐるみを持った女の子って感じだ。
服は戦闘時のビキニアーマーだけど。
「ちょっ! 放して! っていうか君主っ! 見てないで助けてくださいよぉっ!」
「骨くらいは拾ってやる」
というか完全にワンシアと戯れ合うのに夢中になってる子鬼を止めるようなことはしませんでね。本人が飽きるまで我慢しなさい。
「助ける気ゼロですかぁっ?」
ワンシアの悲鳴が聞こえたけど、気にしないでおきましょう。
ふとワンシアの簡易ステータスを見てみると、別にHPが減ってるとかじゃないしね。多分フレンド登録していると、プレイヤーだけでなく、テイムモンスターも攻撃を受けないようだ。
裏山にあるレベル制限のゲート……鳥居をくぐってから簡易マップをひろげて、ハウルと綾姫がいる場所を探してみる。
「あ、いた」
マップを見ていないセイエイが先に見つけたらしい。
「どこ?」
「上」
そう言いながら、セイエイは空を仰いだ。
「上?」
見上げてみると、上の段の山道で戦闘が行われているのが見えた。
蜂モンスターがワンサカ出ていた。その数、五匹くらい。
でもほとんどが風を凝縮したような丸い物体に吸い込まれており、しばらくして光の粒子となっていく。
「なにあれ?」
「[ヴァン・ボール]だと思う。風の魔法で一定時間空間に激しい風を空間に展開させる魔法。たしかハウルが覚えてたと思う」
「そういうのあるんだ」
と思って様子を見ていると、上から、
「ワンッ!」
と聞き覚えのある犬……訂正、狼の鳴き声が聞こえてきた。
「あれ? そこにいるのって煌兄ちゃん?」
そのチルルの横から、顔をヒョコッと覗かせる中学一年生。
「香憐、そこでなにやってんだ?」
チルルが一緒ってことは、ハウルも一緒なのだろうけど、いちおうたずねてみた。
「レベル上げ」
「そっち行っていい?」
「いいよ。ハウルさんがレベル上げにいい方法教えてくれるって」
へぇ……と、すこし興味ができたので、オレとセイエイは綾姫とハウルがいる、ひとつ上の山道へと向かった。
「あれ? シャミセンさん」
オレとセイエイ、加えてワンシアが山道を登っているあいだに戦闘が終わったのか、ハウルと綾姫は近くの平たく切られた岩の上に乗って休憩していた。
「あれ? ハウル、綾姫みたいに煌兄ちゃんって言わないんだね?」
セイエイがそうたずねると、
「プライペートでだったら言うだろうけど、普段ゲームの中では言わないよ」
そう応えながらチラリと綾姫の方を一瞥した。
その綾姫は蜂蜜をパンに付けて食べている。
「ハニートーストとか作らないの?」
パンを焚き火で焼いて蜂蜜を垂らしたりしてさ。
蜂蜜は詠唱のし過ぎで喉が痛くなるのを防ぐ効果と、MP少量回復の役割がある。
「そこは食べ方にこだわりがほしいじゃない?」
らしいです。そういう考えもありといえばありだな。
「二人とも、下で見てたけど、さっきのなに?」
セイエイがそうたずねる。
「あれ? ちょっと試しにやってみたらうまく行ったんですよ。ほら展開魔法って基本的に戦闘が終わらなかったら半永久的に続くじゃないですか」
「もしかして、連続ポップを狙ってやった?」
連続ポップ?
と、同じことを思ったのだろう。オレと綾姫は首をかしげた。
「モンスターが仲間を呼ぶスキルを持っていると、ピンチの時にほかのモンスターを呼ぶことってあるでしょ? あれって実はモンスターの巣が近くにあるほど確率が高くなるんだよ。それを狙ったバグ技」
と、ハウルがせつめいしたのだが、言っちゃったよこの子。はっきりとバグ技って言っちゃったよ。
「でもそれって運営も気付いてるんじゃないの?」
「それじゃぁ煌兄ちゃんに聞くけど、ミツバチが巣の前で飛んでるオオスズメバチ一匹を倒すのに巣の働き蜂全部が突撃になるって話は聞いたことない?」
あっと、なんか聞いたことがある。
オオスズメバチに群がったミツバチが羽を激しく震わせて体内温度を上げていく。中の温度が高くなっていけばオオスズメバチがそれにやられてしまうってわけだ。
まぁその分自滅行為なのは否めないけど、女王蜂や卵を守るために使われる苦肉の策だ。
そういえば、このゲームってボースさんいわく、自然の摂理を利用することができる。
つまりは働き蜂が自分たちの巣を守るという行動も自然の摂理という訳だな。
「つまり、巣の近くだとモンスターは仲間を呼ぶ。でさっきの風の魔法を使って倒せば半永久的に、出てこなくなるまでできるってことか」
「そういうこと。私これで魔獣演舞の時はレベル上げしてたもの」
エヘンと胸を張るハウル。自慢することじゃない気がするぞ。
「まさか、こんなところでビコウが言っていた初心者のレベル上げにオススメなことを、自分の従妹が実行しているとは思わなかった」
愚痴をこぼしていると、もう一回蜂の巣を見つけて、同じことをするんだとか。
面白そうなので、オレのスキル[蜂の王]で蜂の巣の場所だけでも教えようか。
しばらく山の中を探索していると、
「あそこの木の上に蜂モンスターと巣があるぞ」
と、ハウルと綾姫に教えた。
「よし。それじゃぁチルルッ! [咆哮]ッ!」
ハウルが命令を出すや、パッと飛び出したチルルが激しい咆哮を上げるや、巣の近くにいた蜂モンスターが一斉に俺達の方を見据えた。
「[ヴァン・ボール]」
ハウルの魔法スキル。さっき下で様子を見ていた時と同様、空中に待機の流れが激しい部分が現れ、蜂モンスターは吸い込まれてはバリバリバリ……と切り刻まれていく。
巣の中にいるモンスターが飛び出しては、風の暗黒物質に吸い込まれ、バリバリバリと切り刻まれている。
それが蜂モンスターが出てこなくなるまで、半永久的に繰り返されていった。
「『や、やべぇ、おいあれに近付くなっ! お前たちっ! 絶対近付くんじゃァないっ!』」
「『し、しかし……仲間がやられてるんだ。オレは行くぜ!』」
「『な、なにをいってやがるっ! お前一人だけ行かせねぇよ』」
「『オレ、この戦争が終わったら、故郷に住んでいる彼女に告白しようと思うんだ』」
「『や、やめろぉっ! 死亡フラグをたてるんじゃないっ!』」
「『しかし、運命は無情であった。彼らの想いは風のように儚く吹いては散っていき、風の刃が彼らの未来や希望すらすべて切り刻んでいった』」
「シャミセン、さっきからなにやってるの?」
セイエイが声をかけてきたのでここらへんにしよう。
「いや、見てるのも暇だから、無惨にやられていく蜂たちの気持ちをアフレコしてた」
まぁハウルたちとはパーティーを組んでるわけじゃないから、オレやセイエイに経験値が行くわけじゃないんだよね。
「ちょ、煌兄ちゃん、人が集中しているところでそういうことするのやめて……」
両手を出しているハウルの身体をブルブルと震わせながら笑いをこらえていた。
「…………」
よく見るとチルルもなんか笑ってた。
「あ、レベル上がった」
戦闘が終わったらしい綾姫の一言。
「二人には効率がいいみたいだけど、オレには向いてなさそうだなこれ」
「なんで?」
オレの言葉にセイエイと綾姫が首をかしげた。
「オレ[蜂の王]持ってる。ついでに[女王蟲の耳飾り]を装備しておりますな。つまりレベルの低い虫モンスターだと[反逆者]がない以上攻撃してこない。ここらへんのだと、巣の前を通ってもほとんどスルーされる」
そう答えると、その場にいたオレ以外のプレイヤー三名、並びにテイムモンスター二匹は、
「あ、なるほど」
といった表情で納得しやがりました。
すこしはフォロー入れようって気がないのかね? キミたちはっ!
今回、二時間くらいで書く。毎度のことながら話の流れを考えるだけで、プロットとか考えてない。




