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1.

『乙女は獅子に恋をする』の番外編。主人公セラの両親のお話。

「フェリシアちゃん、定食あがったよ!」


「はーい、ただいま!」


 昼時は目が回るほど忙しい。給仕の私と友達は狭いお店の中を行ったり来たりのてんてこ舞い。町はずれにある定食屋『グルナディエ』は今日も満員だった。

 ちょっと中心部から離れているけど、味も盛りも申し分ない上にお手頃価格。お昼は懐が寂しい若者御用達、夜は美味しいお料理と少しのお酒で町の皆をもてなす憩いの場。私達のように帝都を追われて、日々かつかつの生活をする人達にとってはありがたい存在だ。


 帝国領と西方諸侯領の境目にある、小さな町だったルスハール。今や帝都を追われた人や各地からの避難民が集まって、そこそこ大きくて活気のある町だ。長く虐げられ苦しい生活に喘ぐ民のために、帝国を立て直そうと必死に頑張っている第九皇子、貴族や役人が心ある西方諸侯達と水面下で手を組み、解放活動を行う拠点でもあった。


 ウィグリド帝国は魔物討伐で名をはせた始祖皇帝が建てた軍事国家で、広い西方大陸の東部地帯全域を支配する大きな国だった。だけど先の皇帝陛下が突然亡くなって、次に即位された皇帝陛下は少しずつ帝政を顧みなくなって、あちこちの国から王族の姫や貴族の姫、西方諸侯の令嬢、有名な若い貴婦人を側室に迎えいれてはお暇をだしてと大昔の悪い王様のように振舞っていた。そのせいで色んな派閥が生まれまくって、私の生まれた頃の宮廷は荒れに荒れていたそうだ。運よくというか運悪くというか、大勢いた皇子や皇女は跡目争いをする前に帝都で流行った伝染病で次々亡くなったそうで、今の宮廷には生きてるんだか死んでるんだかわからない皇帝、皇太子殿下、二年ほど前に帝都に連れてこられた第九皇子がいる。


 ぜんっぜん仕事しない皇帝と引きこもりの皇太子の代わりに、私と同じ年のその第九皇子様が魑魅魍魎だらけの宮廷で一生懸命働いているそうだ。ずーっとほったらかしにしてたくせに皇帝一族の頭数が少なくなったからって、平民として暮らしていた皇子様を味方なんか誰もいない宮廷に無理矢理連れてきて可哀想だ。まだ十八なのに気の毒なことだって皆言ってる。

 でも、どうやら第九皇子様は「始祖帝の生まれ変わり」とか言われるぐらい有能ですっごくまともなお方らしく、権限をほとんど取り上げられても民を守ろうと頑張る中央貴族や官吏と「お目付け役」と呼ばれる西方諸侯を味方につけてしまったそうだ。帝国三将軍の一人、中部地帯全域を治めている大豪族レーヴェ家の『剣聖』テオドール様。それから北部地帯代表のフェアバンクス公爵様。お二人とも身内や大勢の領民を慮って中立の立場だけど、西方諸侯の中でも特に影響力の大きい方達だから皇子様もきっと心強いと思う。


 もうあんな国、捨てちゃえばいいのに。皆そう言っているのにそうしないのは、あの国にまだ望みがあるからだろうか。官吏の父と宮廷女官の母が信じてついて行った皇太子殿下は、私達民のことを見てくれるのだろうか。それとも第九皇子様が皇帝になったらウィグリド帝国は変われるのだろうか。

 色々と心がかりはあるけど、最も心がかりなのは流行り病の噂を聞いて先に私だけをこの町に送った両親はまだ無事なのだろうか、ということだけだった。




「フェリシア、知ってるか? 町長の所に第九皇子様が来てるらしいぞ」


「そうなんだ。ご注文は?」


「きょ、興味ないの?」


「いま忙しいもん、働かざる者食うべからずよ」


「それいっつも言ってるね。あ、俺今日は唐揚げ定食、大盛りね!」


「僕は日替わり。さっき役場でレーヴェ家のセドリック様を見たよ。側近がいるなら皇子様にも会えるんじゃないかって、皆興味津々で役場に集まってる」


「私はいつもの焼肉定食! フェリシア、あとでシャツの補修頼んでいい? 喧嘩の仲裁したら袖破かれた〜」


「女の子なのに何やってんのよ。もちろんいいわよ。午後は工房にいるから、そっちに来てくれると助かるなぁ」


 伝票にメニューを書き留めてポケットに突っ込んだところで、店主の親父さんの威勢のいい声が店中に響いた。


「おーいフェリシアちゃーん! 五番テーブル上がったよ!」


「あ、はーい、ただいま!!」


 油を売ってる場合じゃなかった。テーブルの間を泳ぐようにしてカウンターまで行って厨房に注文を通してから、お肉の煮込みをお盆に乗せて片手でエールのジョッキを二つまとめて持って、お腹をすかせて待っているお客さんの所に持って行く。お昼を回ったばかりだからまだまだこれからが本番だ。


 帝都にいる頃から仲の良い友達は町の自警団と役場で働いている。三人とも下級とはいえれっきとした貴族だったから武芸や幅広い知識を修めてて食べていける力がある。私は父方の祖父が失脚するまで下級貴族だったけど、今は平民。特にこれといった特技はないけど、母から手に職をつけろと言われて始めた針仕事にはちょっと自信がある。昼まで給仕、午後は工房で御針子修業と毎日ぐったりするほど忙しかった。


 かきいれ時が終わって美味しい賄いをかきこんでいると、おかみさんが奥の勝手口から「参ったねえ〜どうしよう」とぼやきながら入ってきて、私とばっちり目があった。


「フェリシアちゃん、アンタ今日の夜、出られるかい?」


「え、夜も?」


「マリアが具合悪くてどうしても出られそうにないって。他の子も結構無理させちゃってるし……今晩だけでも頼めないかね? そのかわり今日のお給金はちょっと弾むから。銀貨一枚でどう?」


「わかったわ! それじゃ夜の七時からでもいい?」


 おかみさんの心底困り切った顔と「銀貨一枚」に思わず頷いた。今月は材料費にちょっと足が出ちゃいそうだから、貰えるなら私も助かる。このところ解放運動に参加したい若者や腕に覚えのある人が町に集まって来てて、どこの飲食店も儲かりすぎて人手が足りないと嬉しい悲鳴を上げてるくらいだし。困った時はお互いさまだ。


「悪いねぇフェリシアちゃん。でもアンタが来てくれると俺もおかみも皆喜ぶよ。いよっ、看板娘!」


「あはは! 親父さんってば上手。それじゃおかみさん、また後で」


「ありがとねぇ、本当に助かるよ。頑張っといで!」


 二人に笑顔で見送られて工房へ向かう。親方に今日は定時で上がらせてもらうことを断ってから作業場に入った。案の定、御針子仲間が手と口を忙しく動かしていた。


「ねぇねぇ。皇子様の噂聞いた?」


「聞いたよー。友達が役場でセドリック様を見たって」


「えーっ、いいなぁ! すっごいカッコいいんでしょ。私も休憩の時見に行こう」


 お年頃らしくキャッキャと話しながら針を運ぶ。十代も後半になって恋話をする目が結構真剣で笑ってしまう。私はどうなんだろう。私はどうするんだろう? 恋人もいないし特に好きな人はいないと公言してるから色々お誘いを頂くこともあるけど、毎日食べるために必死で働いててそれどころじゃないんだよね。でもそろそろ真面目に考える時に来ているのかも。

 何とはなしに考えてしまうせいで手元が狂ったのか、途中でやって来た友人の繕い物を「平気だから」と着せたままやったらちょっと刺してしまった。剣で斬られても平気なくせに針くらいで騒ぐのやめて欲しい。




 作業が少し押してしまったけど、約束の時間の五分前に間に合った。住み込みだからお店自体は歩いてすぐの場所なんだけど、夜はあまり外に出ないから通りがいつもと違う雰囲気で少し緊張する。

 夜の七時を回ると仕事を終えた人でごった返した。昼しかいない私の姿に町の人は驚いて、なぜだかチップを弾んでくれた。くれるというのだから喜んで受け取った。だけど、その理由はすぐにわかった。


「お待たせしました、エール三丁と揚げ物の盛り合わせです」


「さっきも聞いたけど、明日とか暇?」


 ドンドン! と勢いよく注文の品をテーブルに置いて戻ろうとしたら、二十代くらいの若い傭兵さんが私を呼び止めた。


「明日もここで働いていますよ。追加のご注文はありますか?」


 さりげなくナンパをかわすと、連れの二人がニヤニヤしながら「お固いねぇ」とか「君かわいいねぇ、彼氏いるの?」とか感じ悪く話しかけてきた。何だかしつこいお客さんだな……他の子も迷惑そうにしてるから、それ食べてとっとと帰ってくれないかな。さっきから私にだけ集中攻撃されてて仕事しづらいったらないわ。厨房の親父さんもおかみさんも気にしてくれてるけど、今日も大盛況で手が回らないみたいだから自分でどうにかしなきゃ。


「ありゃーいっぱいかな? 席、あいてるかな?」


 開け放った扉から入って来たサラサラの茶色い髪の若い男の人が店の中をキョロキョロ見回して、ニコッと笑った。黒ぶち眼鏡の奥の瞳がちょっと垂れ気味で何だか可愛い。人懐っこいわんこみたい。


「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」


「二人。ごめんね、忙しいとこ呼び止めて。ここ、美味しいって聞いたからどうしても行ってみたくてさ」


「ありがとうございます! カウンターならすぐご案内できますよ」


「お嬢さん、申し訳ないがテーブルの席を頼めませんか? たぶん後から連れがもう一人くるので」


「へ? 来ないぞ? 夕飯食ったらすぐ戻るって言付け頼んだからな」


「いつのまに……。失礼、やっぱりカウンターで構いません」


 銀縁眼鏡の神経質そうな若い男の人がジト目でわんこ君をチラ見する。当の本人は看板メニューに夢中で気づいてないみたい。慣れっこなのか銀縁さんは気を悪くした様子もなかった。


「かしこまりました、それでは少しお待ちください」


 私の言葉に「お待ちしまーす」と明るく答える彼に思わず笑ってしまう。本当に人懐っこいわんこだわ。スラッと背の高い彼のお尻にぶんぶか振り回す尻尾が見えた気がした。

 二人は看板料理のお肉の煮込みと山盛りのシーザーサラダ、私がおすすめした白カビチーズと赤ワインを一本注文して、一時間くらいで綺麗に平らげて「ごちそうさま! すっごく美味しかったよ!」と私と厨房の親父さんに声をかけてから、急かす銀縁さんを完全に無視しながらご機嫌で帰って行った。


 その後も酔っ払いに絡まれながら、どうにか給仕の仕事を終えた。少し閉店を早めて店じまいをして、親父さんとおかみさんが私と給仕の女の子三人を集めて頭を下げた。帝都にいる親御さんからお預かりした娘さんに申し訳ないことをしてすまなかった、と。

 最近は町の人以外のお客、今日みたいに裏通りの酒場と勘違いして女の子に絡む傭兵が多くて困っていたそうだ。私は昼間だけの給仕だったから知らなかった。だから最近、夜の給仕の子がお休みしてることが多かったんだ……少ない人数で回すから体調を崩す子まで出て。自分の鈍さが情けなかった。

 私達が下宿させてもらっている『グルナディエ』は、親父さんとおかみさんが町の人のために安価で美味しい食事を提供したくて夫婦で始めたお店だ。今後は性質の悪い酔客が来ない様に、軽い酒しか出さない方針にするそうだ。


「みんな、水臭いよ……。言ってくれたら昼の子達だって協力したのに」


「何言ってるのよ、フェリシア。あなた部屋でも仕事しているでしょう。真夜中過ぎても明かりがついてる」


「話したら今みたいに気にするでしょ。昼の子達は夜も違う仕事して丸一日働き通しなのに、心配させたら悪いじゃない」


「私達は昼は学校に通わせてもらえているんだし……そのくらい頑張らなきゃって」


 下宿先の長屋までの帰り道、夜の子達とお互いを優しく責めた。皆同じように事情があって家族と離れて生きているのは同じ。これからも助け合おうねと誓い合う。


「あ、でも。眼鏡の男の子二人組が来たら、あのしつっこい傭兵達がサクッと帰って行ったね。助かったね」


 そういえば私が二人を案内している間にいなくなってた。残ってるのはべろんべろんの酔っ払いのおじさんばかり、いつも良く見る町の人だけになってた。おっかない顔の八百屋のおじさんが泣き上戸だったとは知らなかった。隣に座ってたわんこ君が「おっちゃんも辛いんだね、わかるよ」って自分のワインをすすめて余計泣かせてたっけ。


「食べたい料理がいっぱいあるからまた来るって言ってたよ。おすすめを全部教えてくれって。食いしん坊なんだね」


「黒眼鏡の彼は流しの音楽家だったんだって。今はお仕事募集中って笑ってた」


 嫌な客ばかりだった今日のお店で、一服の清涼剤だった二人が話題にのぼる。


「何よ、皆して何気に話しかけてたのね。わんこっぽくてちょっと可愛かったね」


 私の言葉に三人は一瞬絶句した。


「何言ってんのよ、フェリシアのためじゃない。彼、あなたのこと気にしてチラチラ見てたんだよ?」


「へ? 気づかなかった」


「もしかして入り口のテーブルにいたしつこい奴に絡まれてたの、助けてくれたのも? あそこで彼が声かけなかったらガラの悪いのに手を捕まれてたよ」


「えーっ!」


 夜道に私のでっかい声が響いて慌てて口を押えた。こんな遅くにご近所迷惑もいいところだ。三人は半目で私を睨んで「鈍すぎる」と声を揃えた。


「夜に来てもフェリシアいないでしょ。だから昼間のほうが料理の種類も多くて大盛りだよって言っておいたからね」


「あの彼はいいと思う。気難しい町のおじさん達と初対面であそこまで和んでる人、初めて見たし。一人で生き抜こうとする根性は買うけど恋愛は大事よ」


 どうしてそんなに推してくるのかわからないけど、三人は三人なりに私を心配してくれてるんだろう。恋愛、恋愛……。ダメだ、ピンとこない。


「そういえば流しの音楽家の割に、物腰穏やかだし育ちが良さそうな感じだったね。お連れさんも所作が綺麗だったし。失脚した良い所の人かな……。どうなっちゃうんだろう、この国」


 しんみりとしたその声に私達は黙りこくった。きっとウィグリド帝国の民は同じことを思っている。まつりごとを顧みない皇帝、塔に引きこもりっぱなしの皇太子。味方は多くても力がない第九皇子。何をどうすればいいのかなんて、私達にはわかるはずもなかった。


「本当だね……。お父さんとお母さん、今頃どうしてるんだろう……。もうずっと手紙が来ないし」


「そっか、フェリシアの両親まだ帝都なんだっけ」


「うちもだよ。門を抜けられる人が制限されてるんだって。もちろん手紙もね。都から情報がもれないようにしてるんじゃない?」


「皇子様がそういうのを撤廃するために官僚達と戦ってるって、役場の子から聞いた。もう少し頑張ろう。きっと会えるよ」


 第九皇子様。始祖様なんて呼ぶ人もいるけれど、彼だってまだ十八の若者なのに。皇帝一族だからってなんでもかんでも背負わせるのは何かが違う気がしたけど、口には出せなかった。

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