悪役令嬢ぴるぴる9
鏡台の椅子におろされて、丁寧に髪飾りを外される。
ドレスのボタンを外され、リボンをほどかれ、鎖骨が露になる。
そのまままた抱き上げられて浴室に連れて行かれて、あたたかい湯を張った白いバスタブに下ろされた。
エド君は一旦離れて、上着を脱いで、シャツの袖を捲くり上げ、ズボンの裾もいくつか折り上げる。
シャツの袖口のボタンを外して捲りあげる仕草に、妙な色気を感じてうろたえる。
「ああ、あたたまったようですね」
血色が戻ったのだろうか。
猫足バスタブの脇に膝をついて、私の顔を覗き込みながらエド君が言った。
湯で肌に張り付いたドレスが脱がされていく。
湯に入れる前に脱がしてくれてよかったのにと思いつつ、過保護なエド君は先にリリウムを温めたかったのだろうと納得する。
下着もガーターベルトも脱がされて、身一つで湯船をたゆたう。
「いかがでしたか」
髪をアロマオイルにつけた櫛で梳りながら、エド君が言う。
「気持ちいい」
頭をエド君が用意してくれた枕に乗せて、丁寧に髪をケアしてもらいながらの湯浴み。
なんて贅沢な時間だろう。
気持ちいい以外の言葉なんてないよ。
ぐっじょぶエド君。
はぁーほんと良い気持ち。
「・・・旦那様方とのお食事は、いかがでしたか」
ああ、そっちの話ね。
「死ぬかと思ったわ」
「・・・お嬢様、いったい先ほどのどこにそのような要素を」
「だって」
エド君は呆れたような眼差しを向けてくるけれど、私にとっては本当に死活問題だったんだから。
じわりと涙が滲む。
「お嬢様。今日はたくさん頑張りましたね」
途端にエド君の声が甘くなり、梳る手が止まり、代わりに頭を撫でてくれる。
「うん」
目を瞑る。
ぽろりと涙が零れたのが分かった。
「エディ、卒業式のパーティのドレス・・・」
「旦那様がお嬢様の入学の前からマダム・ハリスに打診されていたそうで、そろそろ採寸を始めたいというようなお話でしたよ」
「・・・そうなの?」
ぱちくり。
エド君はそうですと応えてくれるけれど・・・え?
あれ、補正どこいった?
あ、そもそも来てなかったの?
あ、そう、私の勘違いだったのね。
え?
「そうなの?」
「はい」
そうなんだ。
エド君特製のシャンプーを泡立てて、頭皮をマッサージするように洗われる。
うんうん、いいねいいね、そこだよそこ。
「あの、でも、私の他にもマダム・ハリスにお願いしたい方はいたわよね、きっと、たぶん、間違いなく。だってほら、人気の方だし」
「そうですね。打診は受けていらしたようですけれど、こちらが先約ですし、マダム・ハリスもお嬢様の絵姿をご覧になって、大層乗り気のようでしたよ」
そうなの?
そんな流れでいいの?
どこかで引っくり返るんじゃないの?
「そうだわ、エディ、ねえ、お父様たち、本当は二人で食事をするつもりだったのではないかしら」
「いいえ。お嬢様と食事をされるつもりで、そのためにお待ちだったんですよ」
「そうかしら。私、二人の会話を邪魔してしまったみたいで、ほら、私が行った途端にお話を止めてしまったでしょう」
「ああ、そういえば。・・・けれど、おそらくお嬢様が来るまでの間を埋めるための、ただの雑談だったかと思いますよ」
「まぁ、雑談・・・。そう。とても楽しそうだったわね」
あのまま二人の時間を尊重したい気持ちは山々だったんですけれどね。
エド君特製のトリートメントオイルを髪に馴染ませられる。
ふんわりと爽やかな花の香が鼻腔をくすぐる。
全体に馴染ませると、蒸したタオルで髪を包まれた。
長い髪なので大変だろうに、エド君が手を抜いたことは一度としてない。
ボディ用のリキッドソープもエド君のお手製だ。
エド君はそれを手に落として泡立て、湯船に浸かったままの私の両の肩を大きな手で包む。
湯船の中で全身を洗い、最後に風呂を上がる際にきれいな湯で洗い流すのが、この世界の流儀らしい。
「ねえ、エディ」
「はい」
「お父様とお兄様は、明日領地の見回りに行かれるのですって」
「そのようですね」
「ねえ、エディ」
「はい」
「私もエディとどこかに行こうかしら」
にっこり。
笑ってみせれば、エド君はどこがよろしいですかと苦笑した。
行きたいところはいくらもある。
何しろ、絶賛引き篭もり暦を更新し続けていたのだから。
こちらの現世に生まれてこの方、屋敷の中、それも主に自室で過ごし、学園に入ってからは教室と寮と中庭などの定位置をひたすらループするばかりだった。
でもね、本当は、せっかく目新しい世界に来たのだから、色々と行ってみたい場所はあったんだよ。
採れたての桃だって、私も食べたかったんだよ。
公爵令嬢リリウムの最後の審判まで、残すところ半年。
たとえ政治犯御用達の牢獄に詰め込まれることになっても、その道中暗殺されることになっても、悔いの残らないように、少しは美味しい思いもさせてもらわないとね。
もちろん、希望の光を諦めたわけじゃないけれど。
もう一回、言っとく?
大事なことだもんね。
希望の光を諦めたわけじゃないけれど!
・・・ふう、こんなものかしら。
「水車小屋。粉引きを見てみたいわ。織布工場。足踏み式の糸車とか水平織機、もしできれば一回やってみたいの。見学だけでもいいわ。教会も。森の妖精に出てくるダラン聖堂は、ド・ルーナ領の教会をイメージしたのでしょう」
森の妖精とは、私のお気に入りの絵本だ。
その絵本の中に、妖精たちの住まう森の奥深くで、きらめく湖面の只中に佇む壮麗な聖堂があり、その聖堂は、ド・ルーナ領の教会を見た絵師が感銘を受けて描いたということなのだ。
実物は湖面に浮いているわけでもないらしいので、絵本と違うのは分かっているけれど、ぜひとも見たい。
「ぶどう畑も見に行きたいわ。あと、井戸と橋と市場も」
この夏季休暇中が勝負だからね。
もしかしたら、エド君と二人暮らしが始まるかもしれないし、勉強も兼ねて色々と見て回らないと。
「そうだわ。裏の森に小さな小屋があると言っていたでしょう。市場で準備をして、明日はそこに泊まりましょうか」
「・・・お嬢様、おままごとにしては、少し大仰ではございませんか」
「まあ、おままごとだなんて。予行演習よ」
エド君てば、私をいくつだと思っているのか。
腕を伸ばされて、シャボンのついた手でするすると撫でられる。
少し強めの力加減が逆に気持ちいい。
「さようですか。それでは、明日は朝餉の後に教会へ行きましょうか。井戸と橋はその道々ご覧になれましょう」
なんと、すごいスルーされたよ。
首筋もリンパを流すように・・・。
すごいねエド君、専属のエステティシャンだ。
「明日は木綿のワンピースを着るの。・・・あるかしら。ほら、町でよく私ぐらいの年の子たちが着ているような、あんな感じにしたいの」
「それでは、モスリンのドレスをそのように仕立て直しましょう。レースは少し抑えたほうがよろしいようですね」
「そうそう、そうなのよ。シンプルに、簡素にね。公爵家の娘と一目で分からないようにしてね」
首の筋をほぐすように親指がゆっくりと動く。
凝るようなことはしていないけれど・・・いやいやあの晩餐会で凝ったのね、きっと。
あまりの気持ちよさに目を瞑り感じ入る。
「お嬢様」
「なあに、エディ」
「公爵家の娘と分からないようにとは、エドワードには難しく感じるのですが」
・・・・・・・・。
「まあ」
思わず一拍置いてしまったよ。
「珍しいのね、エディが手こずるだなんて」
「お嬢様の貴い美しさは隠しきれるものではございませんので、誰もが公爵家の令嬢だと察してしまいましょう」
あらあら。
あらあら?
それって、喜んでいいの?
純粋な褒め言葉?
貴族特有の傲慢さが滲み出ているのを婉曲的に表現しているとかじゃ、ない?
「ねえ、エディ」
「はい」
「あ、あ、そこ」
エド君に聞こうと思ったとき、ちょうどエド君の親指はベストスポットを捉えていた。
耳朶と同じぐらいの高さの首筋が、うぅ、気持ちいい。
そこもっと機能が、マッサージチェアのそこもっと機能より優秀なエド君が、集中的にケアしてくれるので、極楽じゃー。
「はふぅ」
一頻り気持ち良いエリアをマッサージしてもらい、大満足のため息がでる。
そうじゃない。
「エディ、ねえ、私って、貴族っぽいのかしら」
「そうですね。品の良さが表情や小さな仕草にまで出ていらっしゃいますので」
背中も、肩甲骨のあたりや脊椎を撫でるように、大きな手のひらが洗っていく。
なんだかよく分からない筋肉の筋みたいなところも、丁寧に撫でられるとそれだけで気持ちいい。
「銀色の髪と、菫色の瞳は、広く知られておりますしね」
そうか。
聖女と呼ばれた母譲りの容姿は、たしかに公爵家の令嬢ですと言っているようなもの。
「まあ、できる範囲でね。エディ、明日はエディも執事の服ではだめよ。二人で町の恋人たちみたいにして出かけるのよ」
「・・・さようでございますか」
さようでございますとも。
にっこり。
疲れたようなエド君に、気にせず微笑んだ。