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悪役令嬢ぴるぴる4

16歳になりました。

 ぼっちなリリウムです。

 限りなく、ぼっちです。

 この上なく、ぼっちです。

 学園に美しすぎる新入生として華々しく入学しましたが、入学式を終えて教室に着くなり遠巻きにされています。

 ・・・さびしいです。

 さびしくて、ぴるぴる震えが起こっています。

 とうとう乙女ゲームの舞台になる学園に入学しちゃったよ。

 今朝エド君に制服を着せてもらって鏡の前で思ったけれど、私は乙女ゲームの中のリリウムよりも綺麗じゃなかろうか。

 銀髪のサラサラ度も、肌の透き通り具合も、睫のけぶり具合も、別人かと思うぐらいにパッケージや人物紹介で見た悪役令嬢とレベルが違う。

 悪役令嬢が全体に纏っていた張り詰めた感じもなく、むしろ儚げな雰囲気が前面に出てきているような。

 それなのに胸とか腰とかは女性らしい優美な線を完璧に描いている。

 私のあやふやな記憶が確かならば、確実に今のリリウムのほうが美しい!

 ・・・・・あやふやな記憶って自分で言ってる時点でアウトだけどね。

 さびしいなあ、エド君に会いたいなあ。

 学園の生徒たちは何が悪役令嬢への道筋に繋がるか分からないから、関わるのが怖い。

 寂しいけれど、遠巻きにされているぐらいがちょうど良い。

 少なくとも私の取り巻きは出来上がりそうにない。

 エド君も連れてこれたし。

 乙女ゲームのバグを作れたということは、エンドも変更可能かもー?ねー!

 いやいや、ゲームの補正が働いて、バグも修正されていくかも。

「やあ、リリウム」

 窓際最後列という自席で俯いてぴるぴるしていたら、上から爽やかな声が振ってきた。

 恐る恐る顔を上げると、従兄弟であるギルバート王太子殿下がいた。

 輝く金髪に藍晶石の瞳、少年から青年へと移り変わる境の絶妙なバランスの容貌。

 ひゅっと一瞬息が止まる。

 私を地獄に突き落とす第一級注意人物。

 お・ま・え・が! 女にうつつをぬかすと私の人生が塵に! ち・り・に! なるんだよ!

 恐怖にかちかち歯を鳴らすものの、心の中は罵声の嵐でした。

「お久しぶりでございます、殿下」

 おずおずと席を立ち、礼をとる。

「かしこまることはないよ、リリウム。ここは学園なのだし、私たちは従兄妹じゃないか」

 たしかにこの学園は身分の貴賎を問わず、平等を謳っている。

 実際に校則にもそのような規定が設けられている。

 そしてそれは、いずれ国の根幹を支える存在になるかもしれない能力ある庶民を、貴族の甘やかされて育ったお坊ちゃまお嬢ちゃまから護るためのものだ。

 それなのに、乙女ゲームの中でいじめをしたとされる悪役令嬢が学園から何のお咎めも受けていなかったというのは、そういうことなんじゃないだろうかと、リリウムになってから、あのゲームについて深く考えるようになって思った。

 学園的には、悪役令嬢リリウムのしたことは処罰対象の行為ではなかった。

 けれど、王太子を始め、国王陛下、父である公爵もそれに乗った。

 全ルート攻略後に解放されるご褒美オマケのドラマは、各人物の短いシーンを集めたものだった。

 そこで父も少ない時間ながら娘を放逐した心情を吐露していた。

「さあ、リリウム」

「ギ、ギル兄様」

 王太子の笑みがひどく満足げなものになる。

 この王太子、さわやか面してヤンデレ化するところが、非常に世のお嬢様方に受けたキャラクターでした。

 この世界での王太子は、何故か公爵家での初対面の際には私を年下と思い込んでいたようで、しかも新しい妹として扱っていた。

 自分をお兄様と呼ぶように命じ、挙句別れ際にはなぜ一緒に帰らないのか盛大に喚きだし、大人連中が一生懸命兄妹ではないのだということを懇々と説明していたのだけれど、お兄様と呼ばせることだけは止めなかった。

 これも、乙女ゲームにはないエピソードだ。

「リリウム、同じクラスになれなくて残念だったな」

「・・・そうですね」

 乙女ゲームでは、リリウムは才色兼備を地でいっていたので、成績順で組まれるクラス編成では王太子と同じクラスだったのだ。

 けれど私にはまるで無理だった。

 なにしろ、私はそもそも入学試験を受けていない。

 けれど貴族にとり実力重視で平民入学も認めるこの学園への入学はステータスであり、一定以上の家格がある家にとっては、入れないということがその家の教育レベルを疑われることにもなり、死活問題にもなる。

 なので、父は私を色々な力を用いて入学させたのだろう。

 そしてそんな私がトップクラスの王太子と同じクラスに入れるわけもない。

 さすがに入学後の不正は実技や成績の開示などで明らかになってしまうので、学園側も譲れなかったのだろう。

「このクラスでは、楽しく過ごせそうかな?」

「・・・まだ、分かりません」

 なーんてね。

 この遠巻きにされてる現状を見て、分かってるだろうに。

「護衛に、ブライアンを置いていこうか」

 軽く言ってくださる。

 ブライアンとは、王太子の護衛兼学友兼付き人だ。

 当然優秀な人で、王太子と同じクラスになっている。

 今も王太子の斜め後ろに控えて、どうやらこの教室内をチェックしているらしく、隙のない眼光で見回している。

 黒鳶色の短髪に榛色の瞳と、色味は地味だけれど端正な顔立ちはやはり攻略対象のものでしかない。

「・・・いいえ、大丈夫です」

 攻略対象二人を前に、知らず涙目になってくる。

 この学園への入学前は、敵の本拠地ともいえる公爵家ではあったけれど、あまりエディ以外の人に構われることもなく、父や兄と会うこともめったになく、エディと二人きりで繭に包まれているような日々だった。

 エディとこんなにも離れている距離で他人と対峙するのは、初めてだった。

「リリウム、入学早々押しかけて悪かったね」

 労わるような眼差しを向けられるとともに、王太子の手が伸ばされる。

 おそらく撫でようとしたのだろうけれど、私には伸ばされる手が恐怖の対象でしかなかった。

 それを避けることはさすがに不敬だと思ったので、ぎゅっと目を瞑り、歯を食いしばる。

 けれど、撫でられる感触はいつまで経ってもやってこなかった。

 そろりと目を開けると、王太子が伸ばした手の処理に困っているところだった。

「また来るよ」

「・・・どうぞお気づかいなく」

「いや。父上や叔父上にも頼まれているしな」

 爽やかに笑い、王太子は教室を出て行った。

 私はただただ呆然と見送る。

 手のかかる従妹の面倒を見るよう命じられた王太子の悲哀なんて、まるで乙女ゲームのとおりじゃないか。

 気遣わなくていいって言ったのに。

 言ったのに。

 勝手に構って勝手に疲れてリリウム断罪とか、ほんと止めてよね。

 私はいらないって言ったんだからね。

 ・・・・・・・・・エド君に会いたいなあ。



 入学初日は、入学式とオリエンテーションだけで終わりだ。

 無事に終える頃には、緊張にすっかり疲れきっていた。

 前世は日本の職場で色々な人と関わっていたけれど、今世はエド君としか基本関わらないから、同じ教室にクラスメイトと詰め込まれたというだけで神経が疲れきっていた。

 周りでは、昼食をどこで食べるとか誰と食べるとかで盛り上がっているけれど、私に声をかける人間は誰もない。

 ・・・・・・・・。

 部屋に帰ろう。

 学園の寮は、全室それなりの広さ設備が調えられている。

 中でも王族用はスイート並み、公爵令嬢に与えられる部屋はそれに準じる程度のスイート仕様だ。

 部屋に戻ると、私はまずエド君に抱きついた。

「ぎゅってして」

 とてもじゃないけれど、エド君を補給しなければ、神経が持ちそうにない。

 とてもとても、とっても疲れた。

 間を置くことなくかぎ慣れた匂いに全身を包まれてほっとする。

「おつかれさまでした」

「うん」

「よく頑張りましたね」

「うん」

「お帰りなさいませ」

「うん。・・・ただいま」

 ほっとして力の抜ける体をエド君が抱き上げてくれる。

 そのままエド君はソファに腰を下ろし、私はエド君の膝の上で体を丸め、エド君の胸に耳をつける。

 そうするとエド君の心臓の音が聞こえた。

「あのね、王太子殿下が私の教室にいらしたの」

「そうですか。それは大変でしたね」

「うん。あとね、クラスメイトの人たちが、今日のお昼ごはんを食堂でたべるとか色々話していたわ」

「そうですか」

「明日から、午後も授業があるでしょう。私、お昼ごはんは寮に戻ってくるから、一緒に食べましょう」

 食堂といえば、イベントの宝庫だ。

 そんなところには近づけない。

 緑の瞳を見て言えば、エド君は苦笑しながらも頷いた。

「承知しました、お嬢様」

 エド君は今、私が授業を受けている間は、なにやら仕事を任されているらしい。

 領地の屋敷にいた頃も、私が眠っている間など細々した時間を使って、私の世話以外の仕事を担っていたようなのだ。

 確かに私の世話をしているだけで、出世コースへの話が持ち上がるわけもないのだから、私の気づかないところで何かしていたのだろうとは考えれば分かることだったのだろう。

 私は、エド君は私が眠っている間もずっと私の傍にいてくれたものと思っていたので、この学園に来る際にそのことを知って、ひどくショックを受けた。

 ほろほろと涙を零す私をエド君は宥めたけれど、いつものようには涙を止められず、途方にくれるエド君を見て、ようやく泣き止んだ。

「エディも一緒に授業を受けられればいいのに」

 思わずこぼれてしまった言葉に、良い案だと一瞬思ったけれど、すぐにそれを否定する。

 もしも同じ教室にいるようになってしまっては、エド君まで攻略対象になってしまうかもしれない。

 エド君はヤツラ攻略対象の中でも遜色ない人なのだから。

 もしそうなってしまったら、私は唯一の味方をなくすことになる。

「無事に一年間過ごせるように、エディも祈っていてね」



 その日も、晴れた良い天気だった。

 この世界は比較的温暖で天候が安定している。

 ・・・たぶん天候が大幅に崩れるのは、イベントがらみのときぐらいじゃないだろうか。

 午後の授業を終え、片付けているところに、ざわめきが聞こえてきた。

 そしてきらきら光る髪をなびかせ、颯爽と歩く王太子の姿が見えたのは間もなくのことだった。

 次の瞬間、私は知らず息を止めていた。

 王太子の後に、主人公が姿を現したのだ。

 栗色のゆるいウェーブを描く髪、ぱっちりとした大きな鳶色の瞳、象牙色の肌に、桜色の唇。

 王太子と主人公は楽しそうに会話を交わしながら食堂の方向へ向かっているようだった。

 珍しく護衛も会話に交ざっているようだった。

 胸の奥で心臓がずきずきと痛む。

 頭が引き絞られるようだ。

 呼吸がうまくできているか、それすら分からない。

「えでぃ」

 膜を通したように聞こえる掠れた声。

「えでぃ」

 はやく、行かないと。

 3人の姿が見えなくなるまで、息を潜めて待つ。

 焦燥が身を焦がし、どうにかなってしまいそうだった。

 完全に姿が見えなくなったのを見届けて、私は席を立ち、よろけながらも急いだ。

 歩くことすら最近慣れたばかりなのだ。

 早歩きなど、こんなときでもなければできなかっただろう。

 部屋に着くなり、エド君に突進する。

「えでぃ」

 危なげなく受け止めてくれた腕に縋る。

「えでぃ、どうしよう。始まっちゃった。始まっちゃったよ。こわい。どうしよう」

 こわい。

 こわい。

 どうしよう。

 抱き上げられて、いつものようにソファに座るエド君の膝の上で丸まっても、落ち着くことができない。

 あやすように大きな手が髪を撫でても、背を撫でても、震えは止まらない。

「お嬢様、大丈夫ですよ。大丈夫。エドワードはここにいますからね。ずっと、エドワードがお嬢様のお傍にいて、お嬢様の不安を必ずや排除しますよ」

「でも、えでぃ」

「怖いものなど、エドワードがすべて無くしてしまいましょう」

 乙女ゲームのことなどまるで知らないエド君。

 けれど、ただ一つ私が投入できたバグであるエド君。

 そうだよね、私には最終兵器エド君がいるものね。

「えでぃ」

「はい、お嬢様」

「無事にこの学園から出られたら、王都巡りをしましょう」

 乙女ゲームの聖地巡礼だね。

 言ってから、やっちゃったかなと青褪める。

 死亡フラグ立てちゃったかなって。あはは。



 ぼっちです。

 相変わらず、教室ではぼっちのリリウムです。

 本来取り巻きになるはずだった貴族令嬢たちは、当然王太子や主人公と同じトップクラスにいる。

 そしてこのクラスでは、私は休み時間を一人自席で読書に勤しみ、昼休みは寮の自室や、最近では校舎裏の花壇の傍でエド君と過ごしている。

 とにもかくにもイベントと関わることがないように、イベント関連の場所にも人にも近づかないことを目標にこの半年を過ごしてきたのだ。

 ビバ、折り返し地点。

 入学から半年経った今、残すところはあと半年だ。

 まあ、乙女ゲームが盛り上がってくるのも、後半にはいってからなので、油断禁物なんですけどね。

 今日の試験結果発表が終わると、明日から1ヶ月は中休みだ。

 寮はその期間閉鎖されるので、帰省しなければならない。

 王都に残っているとイベントに巻き込まれかねないので、終業の鐘が鳴り次第、寮に戻ってエド君とともに今日中に帰省する予定である。

 王都も帰省も気の休まるものではない。

 早くもう半年が過ぎて、この乙女ゲームの世界から解放されないかなと願うばかりだ。

 もちろん社会的物理的精神的に無事な状態でね。

「あら、トップクラスにいるあの平民が、だいぶ順位を落としたわね」

 結果発表は、各クラスの黒板に全員分を貼り出される形で行われる。

 主人公はどうやら成績を落としてしまったらしい。

 漏れ聞こえる噂程度でしか知らないけれど、攻略も頑張っているようなので、それは落ちもするだろうと思うけど。

 ちなみに私は中の下です。

 方程式を使えば簡単なのに、鶴亀算を用いないといけないみたいな、私にはちょっと荷が重かったみたいです。

 建国史とか、同じ名前の人が1世2世3世とかバンバン出てきて誰が誰だかしっちゃかめっちゃかだし。

 ダンスの授業も、歩くのがやっとなので、相手の動きについていけなくて、私と私に合わせてくれる相手役の人だけだんだんテンポが遅れていく・・・。

 ふう。

 色々な意味で、早くこの学園から出たい。

 ほどなくして、鐘が鳴った。

 私はゆっくりと立ち上がり、壁伝いに長い廊下を歩く。

 壁際を歩いていれば、よろけたときに、すぐに寄りかかれる。

「やあ、リリウム」

「ギル兄様」

 王太子と護衛だ。

 主人公はいないらしくて、ほっとする。

「休みの間は屋敷に帰るそうだね」

「はい」

「王都に来たというのに、学園にこもりきりで市街にも出ていないみたいじゃないか。屋敷に帰る前に観光でもしていけばいい。とっておきの店を案内するよ」

「いえ。どうぞ、お気づかないなく」

 最初のうちは平気なのに、会話が長引くと段々声が震えてくる。

 それに気づいた王太子が困ったように苦笑して、大体いつも会話が終わる。

 けれど今日は終わらなかった。

「同じクラスにロクサーヌという女の子がいるんだけどね。ちょっと変わってるけど明るい子だよ。知ってるかな」

「いいえ」

 答えるのが、早すぎたかもしれない。

 王太子がどんな表情をしているのか、怖くて見ることができない。

「そう。帰るところを引き止めて悪かったね」

「・・・失礼します」

 声はいつものとおり爽やかなものだった。

 礼をした後、視線を伏せたまま歩き出す。

 量の部屋でエド君に迎えられると、ほっとして泣きそうになった。

 この泣き癖、どうにかならないだろう。

「えでぃ、会いたかった」

「エドワードもでございます」

 エド君は私を抱き上げてソファに座らせ、自分はその前にひざまずいた。

 学園指定の靴とソックスも脱がせて素足を出させると、ぬるま湯に浸した布で丁寧に足を拭ってくれる。

 制服を脱がされ、白絹のシュミーズ一枚になる。

「ねえ、エディ」

「はい」

「私には魅力がないのかしら」

 ふと気づいた。

 私は今16歳で、エド君は21歳。

 小さな頃からエド君に着替えさせてもらい、風呂に入れてもらい、添い寝をしてもらっているのが当たり前だったから、ずっと何もおもうことはなかった。

 でも、年頃の少女を前にして、頬を染めることすらなく平然と着替えさせるエド君を見て、ふつふつとそんな気持ちがこみ上げてきた。

 未だにお風呂に入れてもらって体も髪も全身洗ってもらって。

 添い寝をするときには腕枕をしてもらって。

「お嬢様は十分魅力的ですよ。髪も肌も爪も、何もかもエドワードが作り上げたもの。及ばぬところなど、一つとしてありません」

「そう・・・そうよね」

 たしかに私が綺麗なのは分かるけれど、それは作りの問題であって、魅力というのとは違う。

「エディは・・・」

 言いかけて、頬に熱が集まっていくのが分かった。

 そうだよ、よく考えてみれば、エド君だけじゃない。

 私も私だ。

 私だって年頃のはずなのになんで今まで恥ずかしいとか思わなかったんだろう。

 これはあれか。

 恥ずかしいとか感性を学ぶ機会がなかったリリウムに引きずられてたんだ。

 私に前世の記憶がなかったら、エド君に隅々までお世話してもらって当然!の神経が罷り通ってたからね。

 でももうだめだ。

 気づいちゃったら恥ずかしくて仕方ない。

「おやおや」

 エド君も私の顕著な変化に気づいたのだろう。

 楽しそうに笑うところが良く分からないけれど。

「お嬢様もようやく成長期ですかね」

「なんでそんなに楽しそうなの」

「嬉しいんですよ。ようやく大人に近づいてくださって」

 ようやく大人になったんじゃない。

 ようやく大人に近づいたといったんだ、エド君は。

 それって、まだ大分先は遠いけど、ようやく一歩歩み始めたねってこと?

 リリウムがそんなに不成長著しいのは、エド君が甘やかしまくったのがいけないんじゃないの?

 その不満が聞こえたのか。

「お嬢様を甘やかすのはエドワードの生きる喜びですよ。ただ、できれば成長していただきたい部分もあるものですから」

 涼しい表情をして、わけの分からないことを言う。

「ふうん?」

「お召しかえを、お嬢様。それとも、ご自分でなさいますか?」

 馬車に長距離乗るための旅装ドレスを示されて、首を振る。

 とてもではないけれど、自分では着られない。

「エディが着せて」

「かしこまりました」

 長時間箱詰めされて揺らされることを考えて作られたドレスは、ゆったりとしながらも締め付けを細かく調節できるように無数の組み紐があちらこちらにつけられているのだ。

 そんな気の遠くなるような作業はやりたくない。

 今までだって手数のかかる衣装も着せてもらっていたのだから、今更大したことないよね。

 そう思っていたときが、たしかにありました。

 エド君の大きな手が胸を触り、ドレスに形良く収まるように調節しながら紐を組んでいくときには、大きなダメージを負っていた。

 胃腸の辺りを念入りに作られているので、薄い白絹しか身に着けない私を前にエド君は跪き、丁寧に紐を組み、レースを重ねていく。

 白い腹や足、そしてその奥を布越しに目前に晒されているというのは、身の内で熱がしゅわしゅわとはじけていくような心地だ。

 リリウムは恥じらいを覚えた。

 リリウムのHPが削られた。

 表示されるとしたら、こんな感じだろう。

 こっちがこれだけ恥ずかしい思いをしているというのに、エド君は相変わらず表情がぶれない。

 どうしてだろう。

 自分の胸を見下ろしてみる。

 形の良い胸だ。

 大きさもそれなりにある。

 石膏のような白い肌に、頂きは淡い朱鷺色で、色味も良い。はずである。

 少なくとも前世の自分とは比べ物にならないぐらい格段に良い。

「どうされました?」

 もやもやした思いにかられていると、エド君が覗き込んでくる。

 その鼻先の触れ合いそうな距離に、心臓が跳ねる。

 今までどおりなのに、私はさっきの一瞬で変わってしまった。

「な、なんでもないわ」

「そうですか」

 緑の眼差しを見つめ返すのは、ひどく難しかった。


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