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悪役令嬢ぴるぴる12

 


 花も盛りのリリウムです。

 あとは散るばかり、なーんて、そんな心境にはまだまだ至りません。

 けして、けして! 散りたくはありません。

「エディ」

「はい、お嬢様」

 大きな姿見に全身が映る自分を眺める。

 きれいだ。

 美しい。

 リリウムとして覚醒してどれだけ経とうと、これが自分の姿とは未だに信じられない。

 端から見れば、自分の姿に見惚れているとしか見えないだろうけれども。

 実際その通りなんだけれども。

 リリウムが、リリウムに見惚れている。

 うんうん、その通り。

 姿見に映るのは、月の女神か妖精かというような、儚げな絶世の美少女。

 月白色の光沢のある生地で、某グルジア風に仕立てられたドレスには、幅広の落ち着いたパールピンクの布がアクセントになっている。

 アクセサリーは、コンクパールの首飾りに、指輪、イヤリング。

 昼のお茶会なので、髪はサイドを編み上げて軽く纏めたもの。

 髪飾りにも、コンクパールを使っている。

 非公式のお茶会なのに。

 非公式のお茶会なのに。

 お茶会って、もっと気軽な感じなんじゃないの?

 それとも、王太子と公爵令嬢のお茶会だとこうなるの?

 非公式でも?

 イエイエ、そんなことありませんよ。

 リリウムを着飾ることは、エド君の趣味なんです。

 私はエド君の趣味に付き合ってさしあげたんです。

 ふぅ。

「エディ、リリウムは美しい?」

「はい、お嬢様。この世の何よりも、お美しいです」

 ・・・・・。

 お、重い。

 そこまでのコメントは求めてないよ。

「ありがとう、エディ」

 まあ、そこはそれ。

 にっこり笑って礼を言う。

「私の準備はよし。エディ、解毒薬、整腸剤、伝説の盾、お守りは持った?」

「・・・はい、お嬢様」

「逃走の準備はできてるかしら。馬は、馬車はダメよ。追いつかれてしまうもの」

「・・・・・はい、お嬢様」

「よし」

 これで、大丈夫。

「さ、エディ。行きましょうか」

 エド君に腕を差し出す。

 抱き上げてよろしくてよ。

 あれ?

 エド君がきょとんとしてる。

 どうしたのかな?

 つられて首を傾げてしまう。

「エディ?」

「お嬢様」

「なあに、エディ」

「歩行の練習はよろしいので?」

「まあ、エディ。今は特別よ。だって、お茶会に挑むのよ? お茶会では、エディの膝には座れないのよ」

 私の安住の地が封印されてしまうのだ。

 うぅ、嘆かわしい。

「だからね、エディ。その前に、エディに甘えておかないと」

「はぁ」

 なんだか気の抜けた返答だ。

 私のこの切羽詰まった心情が、あまり伝わっていないような気がする。

 まあ、いい。

「エディ」

 さ、抱き上げてちょうだい。

 再び促す。

「承知しました」

 仕方なさそうに苦笑するエド君。

 仕方ない子ですみません。

 エド君に抱き上げられて、定位置にいる安心感にまったりする。

「大丈夫よ、エディ。扉の前で降りるし、お茶会の席では、一人で座るわ。でも、ずっと傍にいてね」

「ご立派です、お嬢様。エドワードはずっとお傍についてございますよ」

 エド君が、心なしか感動しているように見える。

 リリウムになって、自分の中の常識がリリウム側にずれているのをたまに感じることもあるけど、まだ前世での年数の方がかなり長いから、ずれ込みはひどくないと信じていたものの、エド君に感動されてしまうとその自信が揺らいでしまうよ。




「ギ、ギ、ギ、ギルにいしゃま。本日は・・・」

 ほんじつは。

 ほんじつは・・・?

 なんだっけ!?

「ほ、本日は・・・」

 うー、緊張しすぎて頭が真っ白になってる。

 すっごく簡単な言葉だったはずなのに。

 幼児でも言える決まりきった定型文句なのに。

 出てこない。

 この大切な時に、なぜ出てこない。

「ぅ」

 どうしよう。

 あかん。

 指先が、唇が、ぴるぴるしてきた。



 王太子は怒ってるだろうか。 

 なんとも情けないリリウムの姿に、わざとらしさを感じてありもしない罪を疑ってないだろうか。

 このぴるぴるは擬態じゃないんです。

 ほんとに怯えてるんです。

 主にあなたに!

 伝わってるかな、この真摯な怯え。

 ちょっと王太子を覗いてみる。

 ちら。

 王太子がにこ。

 え?

 もう一度、ちら。

 王太子がにこ。 

 なに?

「やあ、リリウム。今日は来てくれてありがとう」

 にこやかな王太子は、大変機嫌が良いらしい。

 わずかばかり勇気を得て、頭の回転が滑り出す。

「ギルにいしゃま、本日は、おねまきありがとうございます」

「・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・」

 どれが誰の沈黙か、お分かりいただけるだろうか。

 ちなみに、回り回って一番最後は私です。

 お招きね、お招き。

 舌もぴるぴるして縺れてしまったようです。

 何事もなかったかのように、そっと瞼を伏せる。

 必殺、スルー。

「・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・」

 沈黙はもういいので次に行ってください。

 言いたいけれど、口に出せないので、王太子に無言のちら。

 あれ。

 王太子の目が輝いてる。

 なんぞ、良いことでもありましたかのう。

「コホン」

 あまりの上機嫌が逆に恐ろしくてぴるぴるしていたら、王太子が咳払いした。

 仕切り直すように王太子スマイルを披露してくれる。

「さぁ、リリウム。こちらへどうぞ」

 手を差し出されたので、仕方なしにその手をとる。

 王太子はゆっくりとソファまで案内してくれた。

 その後はエド君に抱き上げられてソファに座らせてもらう。

 ご存知でしょうか。

 歩くのもぎこちないリリウムは、座る動作も苦手なんです。

 えへ。

 もう少し硬い椅子なら支えになったのだけれど、柔らかいソファでは沈みこむばかりで支えにならない。

 王太子の応接室は、モスリン生地の柔らかい一人掛けソファ、真鍮と陶器で作られたようなテーブルが中央にあり、壁沿いにほんのりと装飾が窺える食器棚と小さな箪笥がある。

「ブライアン」

「は」

 名前を呼んだだけなのに、ブライアンは返事をすると共に動き出した。

 主の意向は外しませんというやつだろう。

 エド君も「エディ」と言うだけで何かやってくれるんだろうか。

 エディと呼んで腕を差し出せば、まあ、抱き上げてくれるね。

 ほどなくして、テーブルの上に茶会の準備が調う。

 彩り鮮やかなお菓子が可愛らしく大皿に盛り付けられ、王太子の前にはストレートの紅茶が、私の前にはストレートの紅茶とたっぷりミルクの入ったミルクピッチャーが置かれた。

 ごくりと生唾を飲み込む。

 紅茶は王太子と同じティーポットから注がれたから、大丈夫。

 危ないのは、ティーカップとミルクかな。

 お菓子は大皿だから、ロシアン的なことはないだろう。

 いや、でも、待てよ。

 盛り付けたのは、ブライアンだ。

 盛り付け設計図を王太子と相談済みなら、どの位置のお菓子がハズレか二人には分かっているのだろう。

 どうする、リリウム。

 少量の毒ならば、公爵令嬢としての教育の一貫で、慣らしを受けているから問題ない。

 王太子もブライアンも、そのぐらいは分かっているのだろう。

「召し上がれ、リリウム。お前が好む菓子を用意させたんだ。紅茶も、ディンブラだよ」

勧められてしまった。

どうしよう。

 手をつけないわけにはいかなくなった。

 血の気がすーっと引いていく。

 にこやかな王太子が憎い。

 でもそれ以上に恐い。

「どれ、取ってあげようか」

ひー。

 やめてほしい。

 王太子が給仕なんてしなくていいんだよ。

 誰か止めなよ。

 ブライアン、君の仕事は王太子の傍付きじゃないの?

 こういう時こそ君の出番でしょう?

 腕の見せどころでしょう?

「エディ」

 どうにかしてください。

 脇に控えるエディに潤んだ視線を投げれば、エド君はすぐさま立ち上がった。

「殿下、リリウム様におかれましては、王太子殿下にあまりのご高配を頂きますと、畏れ多く思うあまり・・・」

視線を王太子に据えたまま滔々と語り出すエド君。

 ちょっと恐い。

 王太子もそう感じたのか、途中で「そうか」とエド君の言葉をぶったぎる。

 何がそうなのか、自分でも分かってないだろう、王太子。

「ご理解いただけましたようで、ありがとうございます。畏れながら、リリウム様が召し上がるものは、私めがご用意させていただきます」

 うんうん、反論は許さないってことよね。

「そ、そうか」

 うんうん、たまにエド君てば逆らえない空気を出すよね。

 何はともあれ、エド君のおかげで第一の危機は乗り越えた。

 私のお皿にはエド君が盛り付けてくれたお菓子が並んでいる。

 そして、どさくさにまぎれて、エド君がフォークを持って一口サイズの焼菓子を口元に運んでくれる。

「どうぞ、お嬢様」

 エド君が一番目にと選んだお菓子は、この国の代表的なお菓子だ。

 フィナンシェのようなバターの利いた生地に、大粒のチェリーを煮込んだものをのせているそれは、当然ながらリリウムの大好物です。

 うぅ、美味しそう。

 エド君の選んだお菓子で死ぬなら、本望です。

 ぱく。

「・・・!」

 おいしい。

 上品なフィナンシェって感じ。

 良い具合にバター風味が控えで、程よく甘酸っぱいチェリーが絶妙に合う。

 おいしい。

 もぐもぐ。

 どんなに美味しくても、がっつくような食べ方は致しません。

 お行儀よく淑やかに食すのです。

「どうぞ、お嬢様」

 口元に運ばれたカップがちょうどいい角度で傾けられ、舌を火傷させることのない熱い紅茶をこくりと飲む。

 ああ、おいしい。

「おいしいわ、エディ」

 うっとりと味わいを反芻する。

「気に入ってもらえたようで嬉しいよ」

「・・・・・」

 忘れてた。

 そろそろと王太子を窺うと、相変わらずの上機嫌でほっとする。

「とても美味しかったです」

 今のところ毒気も感じないし。

「夏季休暇に入って王都に戻った時に、5番街の端に新しくできていた店のもので、どの菓子も美味しいよ」

「まあ」

「父上が評判を聞いて、リリウムに食べさせてあげたいと思っていたそうだよ。帰ったら、挨拶もそこそこに、学院に戻るときに持っていくのを忘れるなと釘を刺されたぐらいだ」

 ははは、と爽やかに王太子は笑っているが、私は笑えない。

 もう、ほんと、放っておいていいから。

 王様ももう自分の息子を使ってリリウムをどうにかしようとするのは止めてあげて。

「そういえば、リリウム」

 ひやりと身構える。

 そういえば。

 ところで。

 話題転換の枕詞ですね、分かります。

 次の話題は何ですか。

 学園生活のことですか。

 ヒロインのことですか。

 やってもいないシナリオ上の嫌がらせのことですか。

 和やかな空気を感じていただけに、どこに連れていかれるのかと恐ろしくなる。

 脇に控えるエド君の袖口を掴む。

 前倒しの断罪は止めてくださいね。

 お茶会には出席することにしたけど、そんなとこまで覚悟できてませんから!

「ロクサーヌという子を知っているかな」

 ロクサーヌという子を知っているかな。

 ・・・・・・・・・。

 あかん。

 意識が遠のきかけた。

 知ってるよ。

 前世から知ってるよ。

 にこやかな瞳が、ひたとこちらを見つめている。

 これ、なんて答えれば正解なのかな。

 出でよ攻略本。

 私もイージーモードの選択肢が欲しい。

「・・・お、お名前だけは」

 聞き取るのもやっとの、かすかな声を絞り出した。

 この世界では、私はロクサーヌに会ってない。

 見かけたことはあれど、言葉を交わしたことはない。

 ぎゅうぎゅうとエド君の袖口を握る手に力がこもる。

 この命がけの恐怖に立ち向かうには、エド君が傍にいる安心感を感じとるしかない。

 エド君の袖口はこの上なくしわくちゃだった。

「ギルにいしゃま、どうして、そのような・・・・」

 ことを聞かれるのですか、とは言葉にならなかった。

 か細い声が、完全にかき消えてしまったからだ。

 私の声は途中で消失しました。

 エド君の袖口をつかんで、意気込んだはいいけれど、最後までもたなかったんです。

 けれど、王太子には通じたらしい。

「うん、その子がね、まるでリリウムの知り合いでもあるかのように、リリウムのことをああだこうだと語るものだからね」

 ああだこうだって、どんなことよ。

 私、何を言われてるの。

 ちなみに、王太子はどうなの。

 その子とどうなってるの。

 うぅ。

 袖口では足らず、エド君の手を握りしめて、指を絡めて胸に抱き込む。

 よし、これで守りはオッケー。

「ギル兄様は、その方と親しくなさってい・・・」

 らっしゃるんですか。

 また途中で消えました。

 王太子は答えず、ただ微笑んだ。

 いやいやいや。

 ブライアンじゃないんで。

 微笑まれたって何も分かりませんがな。

 どうなの?

 仲良いの?悪いの?

 言葉で答えてよ。

「元気の良い子だよ。天真爛漫で、身分という垣根のない人間関係を築こうとしている。学園の理念の枠を越えた子だね」

 にこにこと微笑む王太子。

 うん?

 それは、どうなの?

 王太子にとっては、それは歓迎してることなの?

 それとも苦々しく感じてるの?

 どっち方面に感情が揺れてるのか、図りかねる。

 うーん。

「さぁ、リリウム。もう一つお食べ」

 お食べときましたか。

 そしてエド君も王太子の勧めに呼応して口元にお菓子を運んでくるし。

 ぱく。

 もぐもぐ。

 うん、美味しい。

 パイ生地にジャムが塗られているだけなのに、すっごく美味しい。

 パイ生地のバターの風味と塩気に、ジャムの甘酸っぱさが合うんだよね。

 何ジャムなんだろ。

 なんとなく覚えのある味なんだけど、思い出せない。

 甘味があって、ほんのりと甘酸っぱさもあって。

 糖分ていうよりも爽やかなお味で・・・。

「ロクサーヌ嬢はな」

 王太子はお菓子と紅茶に魅了される私をにこにこと見守りながら、少女について語ってくれた。





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