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悪役令嬢ぴるぴる11




 帰ってきました、悪夢の学園に。

 恐怖の館に。

 と、言いつつも、学園の寮の自室に戻り、ほっと息をつく。

 気の抜けない屋敷と違って、寮は部屋に籠れば呼び出されたりしないからね。

 父や兄に夕食の同席を求められたりしないからね。

 部屋に着くなりエド君に着替えさせてもらい、今はゆったりしたタオル地のドレスを身につけ、ベッドでゴロゴロしているところです。

エド君は私を着替えさせた後、部屋の換気、そして私の荷物の整理をしてくれている。

ああ、快適。

コロコロコロコロ、大きなベッドを端から端に行ったり来たり。

このダラダラ感がたまらない。

夏休みはこうでなくちゃね。

 この学園、ヒロインのゲーム攻略のためか、夏休みの宿題なるものが一切存在しない。

 もう、ダメ人間になりますかそれとも人間やめますか、の勢いだ。

 どちらも捨てがたい・・・。

「エディ」

 黙々と私のとんでもない量の荷物を荷ほどきしているエド君を呼んでみる。

「はい、お嬢様」

 にっこりと振り返るエド君。

 はー、眼福眼福。

 職業柄か夏でも長そでシャツを着こなすけれど、作業のために袖をまくり上げていてカッコいい。

 延々続く作業にさすがに調えた御髪が乱れを見せているのもカッコいい。

 あかん、胸がときめいてきた。

「・・・呼んでみただけ」

 いやー!

 いやー!

 自分が恥ずかしい。

 なんで照れちゃってるの。

 普通に言えばいいだけなのに、どうしてそんな恥じらってるの。

 なんだろう、最近自分のことなのにコントロールが利かない。

 これが十代の脳というやつだろうか。

 そんな恥じらう私を見て目を細めるエド君に、ますます胸が!ときめく!

うう。

曲がりなりにも、私も乙女ゲームの住人ということだろうか。

「お嬢様」

「なあに」

なぜか瞳の色がいつもよりも深くなっているエド君が、近づいてくる。

荷物整理はどうやら終わったようで、空になった鞄やらが収納部屋に片付けられた。

あれだけあった旅行鞄たちが、すっきりきれいに収まっている。

・・・すごいね、エド君。

隙のない有能さだよ。

前から薄々思ってたけど、そこらへんの攻略対象が束になっても、エド君には敵わないんじゃない?

ゲーム的にそれってあり?

や、ゲームじゃないんだけどね。

「お嬢様、長旅で体がお疲れでしょう。マッサージをいたしましょう」

「まあ、エディ。嬉しいわ。よろしくね」

いそいそとベッドの上でうつ伏せになる。

存分にやっておしまいなさい。

大きな手が私の肩を包み、首筋から肩のラインをなぞるように解していく。

「あぁ・・・」

エド君てば、テクニシャン。

馬車の中でただ座っていただけだけれど、ただ座っていることもそれなりに疲れることだった。

「気持ちいー」

「ようございました」

はー、極楽じゃのう。

一頻りエド君のマッサージテクを堪能していると、段々瞼が下りてくる。

「エディ・・・」

「はい、お嬢様」

「エディは、私のエディ?」

「もちろん、エドワードは、お嬢様のエドワードですよ」

「私を裏切らないエディよね?」

「何があろうとも、エドワードはお嬢様を裏切ることはありません」

気負いなく、この世の自然を説くように、やわらかくエド君は返してくれる。

それだけで、不安に揺らめく心は落ち着いた。



エド君のマッサージがあまりに気持ちいいから、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

ふと瞼を持ち上げると、窓の外はすっかり暗くなっていた。

きょろりと視線を巡らせる。

「・・・エディ」

「はい、お嬢様」

エド君はベッドの脇に置いた椅子に腰掛け、書類をめくっていたようだ。

呼べば、すぐに碧の眼差しが注がれた。

体を起こそうと身動ぎすれば、腕が差し出されて起き上がらせてくれる。

「なんだか、お腹が空いたみたい」

腹部に手を当てて言う。

私の手の上からエド君が手を重ねてきた。

そして、真面目な表情をして。

「そのようですね」

一つ頷いてみせる。

あらあら、エド君たら。

私のお腹と交信したのかしら?

「お食事を用意しますので」

言うが早いか、エド君は炊事場のある個室に入り、カチャカチャと音がしたかと思うと、ワゴンにコースメニューを乗せて戻ってきた。

ドーム型の銀蓋をのせたいくつもの皿が、ダイニングのテーブルに手際よく並べられていくのが見える。

私はエド君に抱き上げられて、ダイニングのふかふか椅子に運ばれる。

目の前で、エド君が蓋を一つ外す。

フルーツで作られた小さな花形の前菜があった。

かっわいい。

「かわいいわね。食べてしまうのがもったいないわ」

「どうぞ、お嬢様。食べない方が、もったいのうございますよ」

フォークで器用に花弁を一枚取り、口元に運んでくれる。

エド君が。

喉が渇いたと思えば、ゴブレットを口元に運んでくれる。

エド君が。

その後のサラダもスープもメインもデザートも、全てエド君の手により私のお腹に収まりました。

「美味しかったわ、エディ」

「ようございました」

にっこり微笑むリリウムに、にっこり微笑み返すエド君。

ああ、幸せ。

じゃない。

「エディ」

「はい、お嬢様」

「私、明日の朝食は自分で食べるわ」

 ばーん。

 と、言ってはみたけれど、自分で朝食を食べることって、宣言してやるほどのことだっただろうか。

 リリウムの人生、私はなにか間違ってなかろうか。

 いやいや、今は考えるまい。

 さて、エド君は。

「・・・おじょうさま・・・・・」

 なんと珍しい、茫然としているよ。

「いったい、どうして、そのようなことを」

 壊れたロボットみたいだよ。

 端正な顔をしているから余計にね、壊れたアンドロイドみたいだよ。

「エディ?」

 大丈夫なの?

 表情が固まったままで怖いよ?

「どうして」

「うん?」

「どうしてそのようなことを仰るのです」

 どうしてとは、また。

「まあ、エディ。言ったでしょう。いずれ公爵家から放逐されるか、放逐される前に家を出るのだから、その前に自分のことは自分でできるようにしたいのよ」

 もうもうもう。

 そのために領地を見て自分のできそうな仕事がないか探したりもしていたのに。

「おじょうさま」

「まあ、エディ」

 固まっていた表情が動いたと思ったら、鳩が豆鉄砲を食らったような、珍しい反応に、思わず笑ってしまう。

「大丈夫よ。やり方は知っているもの。ただ少し、普段と違う動きをするから、ぎこちなくなってしまうだけなんだもの。慣れれば大丈夫よ」

「お嬢様」

「旅程に余裕を持っておいたから、明日は一日ゆっくりできるわ。特訓するのよ」

 もちろん、食事の特訓だ。

 何が悲しくてこの年になって特訓だろう。

 卒業リミットが近づき切羽詰まってきて初めて、具体的にゲームエンドから逃れた後のことを考えるようになってきた。

 今まではもう、逃れるまでしか見えてなかったからね。

 ついついエド君だよりの人生を送ってしまったものだよ。

「お嬢様」

「なあに、エディ」

 エド君はすっかりいつもの調子を取り戻していた。

「明日ですが、大変残念なお知らせですが、王太子殿下からお茶会の招待状を預かっております」

「え?」

「こちらでございます」

 白い封筒に、ギルバート王太子の印璽を刻印した封蝋。

 宛名は男の人らしい力強さの中にも優美さを兼ね備えた字で、リリウムの名が記されている。

 差し出されたそれを、受け取ることができない。

「・・・・・え?」

「王太子殿下からお茶会の招待状でございます」

 ゆっくりと、重ねて言われても、私の頭は理解することを拒否していた。

 エド君は呆れることもなく怒ることもなく苛立つこともなく、にこやかなままだ。

「ギルバート王太子殿下から、お嬢様へ、お茶会の招待状でございます」

 じわりじわりとエド君の声が、耳から頭へ浸透していくような感覚を味わう。

 じっと差し出されたままの封筒を見つめる。

 血の気が引いて、指先が冷たくなっているのが分かる。

「非公式のものだそうで、小さなお茶会になさるそうです。出席するのは、殿下とお嬢様です。控えに、エドワードとマクワイヤ殿がおります」

「・・・まくわいや?」

「・・・ブライアン殿です」

 そーでした。

 ブライアンね、ブライアン、そんな家名だったね。

「うふふ」

「お茶会の席には、それ以外に人はつけないということです」

「そう」

 自分のとぼけっぷりに自分で和んだ。

 おかげで指先に少し温度が戻ったようだ。

 にぎにぎしてみると、それでもやはりぎこちないけれど。

「学園に入って初めてね、こんなふうに呼び出されるなんて」

 廊下ですれ違ったり、休み時間に教室を訪ねてきたリ、王都の流行の店のお土産を持ってきてくださったりはしたけれども、呼び出しは初めてだ。

 いったいどんな用件があるというのだろう。

「もう半年も経ちましたから、ゆっくりお話しになりたいと思われたのでしょう」

「・・・なにを?」

「雑談ではないでしょうか」

「・・・ざつだん?」

「はい」

「・・・ざつだん?」

「はい」

 重ねる問いに、律儀に返事をしてくれるエド君。

 ありがとう、ありがとう。

「エディは、この招待に応じても大丈夫だと思う?」

 聞くと、エド君は頷いた。

 まあ、そうだろう。

 むしろ、非公式とはいえ招待を断るほうが危険だ。

「まだ時期じゃないしね」

 断罪するには早すぎる。

「私、お茶会の席で首を刎ねられたリしないかしら」

「・・・万に一つのこととして、そのような事態が起きましたら、エドワードめがお嬢様をお守りいたします」

「身に覚えのない罪で投獄されたりするかしら」

「・・・万に一つのこととして、そのような事態が起きましたら、エドワードめがお嬢様の潔白であることを詳らかにいたします」

「冤罪をかけられたりしたら、どうしましょう」

「・・・万に一つのこととして、そのような事態が起きましたら、エドワードめがこの国を打ち倒し、新しい司法の国を樹立しましょう」

「それなら、安心ね」

別の意味でヤバイ気がしなくもないけれど、私は少なくとも安泰だからね。

「もし、どうしてもお嫌でしたら」

「いいえ」

ここで断っては、痛くもない腹を探られ、痛みを呼び起こしてしまうかもしれない。

ここはひとまず大人しく従いましょう。

「大丈夫。私にはエド君がいるもの。最悪の事態になっても、攻略対象たちをまとめて凌ぐ勢いのエド君がいれば、きっと大丈夫」

「もちろんです、お嬢様。御身の無事は、エドワードが死守いたします」

「死守はだめよ。死んではいやよ、エディ。エディに置いていかれたら、私は生きていけないのよ?」

命綱は君だけだよ。

って。

「え? あら?」

「どうなさいましたか、お嬢様」

「私、途中から口に出していたのかしら」

ヤバイこと口走ってないよね。

「ご安心ください、お嬢様。今に始まったことではありません」

「まあ、あら、そう」

うふふ。

なんとも言えないので、とりあえず笑っておく。

「それでは、出席のお返事をお伝えしましょう」

「ええ、お願い。あ、穏便にね。そうだわ、お返事の中にはね、私が平和的なお茶会を望んでいるという趣旨を盛り込んでね。それから、けして殿下の恋路の邪魔をする気はないということと、殿下の大切な方を害する意志はないということも、さりげなく、とってもさりげなく、聞かれてもいないのに主張してしまう不自然さを殿下がお気になさらないように、さりげなく付け加えてね」

それってとんなお返事文章だろうね。

自分でも思うよ。

無理だよって。

「・・・承知しました」

何かを諦めたようにエド君が微笑み、頷いた。

うんうん。

分かるよ、上司に無茶ぶりされた徒労感。

でもお願い。

そして私のことは恨まないでね。

「お願いね、エディ」

にっこり。

 あとは任せた。






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