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悪役令嬢ぴるぴる10

 

 翌朝、目を覚ましたときには既に父と兄は朝食を終えて出かけた後だった。

 その見送りに出ていたのか、エド君はベッドにいなかったのだ。

 なんだか寒いと思ったのよね。

「お嬢様、申し訳ありませんでした」

 寂しさから拗ねたリリウムを、エド君は一所懸命宥めている。

 ベッドに腰を下ろし、顔をそむける私を膝に抱えて甘い声で謝り続けていた。

 目を覚ましてエド君がいないことに呆然としていたところに、すっかり執事服に着替えて身嗜みを調えたエド君が戻ってきたのだ。

 あのときのエド君の、あ、とでも言いそうな表情。

 エド君は私が目を覚ます前に戻っている予定だったのだろう。

 うるりと瞳を潤ませると慌てて跪いて、拗ねたことに気づくと今度は私を抱き上げてゆらゆら揺すってきた。

 それは幼児のご機嫌直しじゃないのかなと思って、一層拗ねたことにエド君は気づいているのかな?

 そして今に至る。

 ちらりとエド君を見る。

「お嬢様、拗ねたお顔も大層お可愛らしい」

 うん?

「そろそろ朝餉にいたしましょうか」

 え?

 私まだご機嫌が直ってないのだけれど?

 あれよあれよという間に朝食の準備が調えられ、私はエド君の膝の上で朝食を済ませていた。

 早っ。

 そしてお次は着替えです。

今日はお出かけ仕様の町娘スタイルを目指したエド君コーデを楽しみましょう。

 寝衣をすべて脱がされ、シュミーズを着せられる。

 さらにアンダードレスを着せられて、優しいモスリン生地の踝丈のワンピースを着せられた。

 白を僅かにくすませた生成り色で雰囲気が出ている。

 セットのように着けられたエプロンはフリルが利いてドレッシーだけれど、全体的には良い出来栄えじゃなかろうか。

 髪は前髪も含めて編みこみを簡素に纏め上げて、ワンピースと同じ生地で作ったベールで覆い隠してしまえば、あら不思議、どこでにもいそうな町娘が・・・いなかった。

 鏡で見た自分の姿は、まるで暗殺を逃れて民家に身を隠す姫のようでした。

 いやいや、申し訳ない。

リリウムってばビジュアルが美しいものだから。

 昨日エド君が言っていた意味が分かったよ。

 たしかに違和感ばりばりだ。

「あら、エディ?」

 鏡の中の自分に見とれていたら、いなくなっていた。

 急に歩き出すとよろけて転ぶので、鏡の前に突っ立ったままきょろりと首を巡らせる。

「・・・エディ?」

「はい、お嬢様」

 続きになっている部屋の扉の向こうから返事が帰ってきた。

 エド君の部屋は私の部屋の隣にあり、一々廊下に出ることなく部屋の中で繋がっているのだ。

 元々は子守だったので、その名残といえよう。

「エディ、もしかして、着替えているの?」

 さっきの執事服から、今日のお出かけ用の服に。

 ちょっと覗いてみたいんだけれど、いいかしら。

 いいですよー。

 ありがとう。

 では、さっそく。

 両手でバランスを取りながら一歩を踏み出す。

 歩き始めはどうにもぎこちなくなってしまう。

 あら、でも、ドレスよりも軽いし足回りがすっきりしているしで、いつもより歩きやすいかも。

 ほほほ、捕まえてごらんなさい。

 調子に乗ってちょっと早めに歩いていたら、よろけました。

 きゃー。

「・・・お嬢様」

 床との顔面衝突を覚悟していましたが、さすがエド君、受け止めてくれました。

 エド君の固い胸板に勢い良く突っ込みましたが、床よりは被害が少ない。

 咄嗟に身を引いてくれたみたいで、衝撃も逃げていたし。

 でも、そのお怒りの滲む声はちょっぴり怖いので止めてほしい。

 そろりと腕の中で見上げると、エド君の顎先とその先にある青ざめた頬、微笑んでいないのに笑みの形を作る深緑の色の瞳。

 エド君て怒ったりして感情が昂ぶると瞳の緑が深くなるんだよね、あはは。

 ・・・・・・。

「エディ、助けてくれてありがとう」

 にっこり。

「怒ってはだめよ」

 にっこり。

「エディの姿も見てみたいわ」

 にっこり笑って、エド君の首に腕をまわす。

 さ、抱き上げて、ベッドに座らせてね。

「・・・・・分かりました」

 長いため息を吐き出したあと、エド君は私を抱き上げてベッドに戻してくれた。

 やっぱりエド君で移動すると早いね。

 あんなに苦労して移動した距離が、5秒とかね。

「まあ、エディ、とても素敵だわ」

 あまり質が良いとはいえない生地で作られた、簡素なシャツとズボン。

 けれどエド君が身に着けると、まるで映画の登場人物みたいだ。

 ただの町人ではなく、貴族のお忍びでもなく、なんというか、町の影の支配者的な?

「ありがとうございます。それでは、出発いたしましょうか」

 エド君は感動も薄くさっさと私を抱き上げてしまう。

 まあね、衣装に対する熱の入れ方の違いを見れば、エド君が自分の変装に欠片も興味がないのは分かっているからね。


 そんなこんなで、観光兼社会見学に出かけました。


 2日目も3日目も4日目も5日目も6日目も、そんな感じです。

 エド君の抱っこで移動していた私は、結局のところどこに行っても領主の公爵令嬢とばれまくりでした。

 エド君がそこらへんはうまく取り計らってくれたので、そんなに問題は起こしていないと思います。

 卒業パーティー用のドレスも、採寸が終わり、卒業時まで体型を維持すること、誤差は2センチ以内と厳命を受けました。

 エド君、よろしくね。

私の体型管理はエド君にかかっているよ。

 そして今日は、寮に戻る日です。

 夏季休暇は一ヶ月あるのだけれど、退寮入寮はその夏季休暇の日数内で済ませなければならず、寮と屋敷との往復の日数を考えると、実は屋敷にいられる日はそんなになかったりする。

 エド君が荷造りは終えてくれたし、朝食も着替えも済んだし、あとは馬車の準備を待つだけ。

 ああ、このベッドともまたお別れね。

 ばふんと座っていたベッドに倒れこむ。

 寮のベッドも質がよいけれど、やはり屋敷のベッドと比べてしまうと格が落ちる。

 柔らかすぎず固すぎず、沈み具合がちょうどいい。

 シーツなどのリネン類にしても、こんなに肌触りのよいものを用意できるのは、公爵家ならではだろうか。

 白いシーツに頬を摺り寄せる。

 ほんのりと嗅ぎなれた石鹸の香りが鼻腔をくすぐる。

「お嬢様、そろそろ旦那様にご挨拶にいらっしゃいませんか」

 暫く留守にするということで部屋を点検していたエド君が、爆弾を落としてくれたのは、すっかり寛いでいるときだった。

「まあ、エディ」

 まあまあ、エド君たら。

「エディも横になってみて。とても肌触りが良いの。寮に戻る前に味わっておかないと」

「そうですね。寮にお戻りになる前に、旦那様にご挨拶をいたしましょう」

 うふふ。

 あはは。

 いやだわ、エド君たら。

 私を抱き上げて連れて行こうと、エド君が近づいてきた。

 ・・・ところで、えいっ。

 エド君が伸ばしてきた手を引っ張ってみる。

 エド君は私に負担をかけないように、ゆっくりと横に倒れこんだ。

「ね、エディ、気持ち良いでしょう」

 鼻先が触れそうな距離にある緑の双眸を覗きこんで言う。

緑色は深く色付いていた。

 なんと。

「・・・・・エディが、そんなに、どうしてもお父様にご挨拶をしろと言うのなら、そんなにどうしてもと言うのなら、するわ」

うぅ。

いやだけど、いやだけど、いやだけど。

「ようございました」

涼しい顔をしているけれど、どれだけ私が恐怖と戦っているか分かってるかな!

うぅ。

頭を撫で撫でされてしまった。

「大丈夫です。この屋敷の中でお嬢様に害の及ぶようなことがありましたら、エドワードが対処いたしますので」

 そう言ってエド君が浮かべた底の見えない笑みに、申し訳ないが、ぞっときた。

 私の癒しが知らない間に何かに侵されている。

 大きな手が伸びてきて、私の両頬を包んだ。

 深い緑色の瞳がじっと覗き込んできて、私は視線を逸らすこともできず、ただただ見つめ返すしかない。

 頬を包む親指の腹がなぞるように目元を撫でる。

「かわいらしい、お嬢様。エドワードがすべてからお守りいたします」


 こ わ い。


 今は何よりも君が怖いよ、エド君。

モシカシテ、エド君の瞳の緑が深くなったのって、怒ってるからじゃないの?

どうなの?

そうなの?



 




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