5.『火焔の行方』
炎の翼人は、裏では"燃素"とも仇名されている。
ケオスと名乗り、炎の翼を持つ大男。
そして不定期・無差別に人間を焼き殺す犯罪者だ。被害者はわかっているだけで年間百人近い。
事件は警察にも知られているが、それが殺人とは断定されていない。何故なら、焼け跡からは人間の痕跡が出てこないからだ――あるのは元が何だったかわからないほどに黒焦げた残滓のみ。だから世間でも無差別放火事件として報道されており、被害者は行方不明として扱われている。
ケオスは、関わった者を必ず殺害し、その痕跡を残さない。何故殺人を繰り返すのか、どのように相手を選んでいるのか、どんな手段で相手に近付いているのか、全てわからない。普段はどこにいるのか、何をしているのかもさっぱりだ。犯行が判明するのはいつだって既にその場を去った後だ。駆けつけた時には半端に焼けた部屋と、元が何だったか見た目では想像ができない灰の山が残っているだけ。そして部屋の住民は消えているのだ。
名古屋にある12番倉庫所属の機動部隊が壊滅させられた。その中には翼人もいた。直後に途絶えた通信から、その姿と名前がわかったが――他に手掛かりはほとんどない。
ただ特定の地域を中心に事件が起こるため、そこにケオスが滞在しているのではないかと考えられている。
ほんの一か月前までは名古屋や静岡にいた。それが今は北上し、関東――俺達のいる03地区の近くにいる。
仲間の仇のためにも、そして人々の平和のためにも、俺達はケオスを倒さなければならない。
「今回の事件はただの模倣犯ではあったものの、それにおびき寄せられてAMMまで出てきた。どうして炎の翼人にAMMが関わってくるのかは知らんが、何か掴んでいるに違いない。そうだね?」
「そうだ」
「それをお前が逃がしたわけだ、曲直瀬」
「……」
言い返す言葉が無い。俺が決断したことだ。言い訳する由もない。
「まあ、仲間を失わなかったのは良しとしよう。ただでさえ12番倉庫の応援で人手が足りていないところだからな。やれることは尽くした。お前が誠心誠意尽力してくれたことも、考慮しないこともない」
「なんか癇に障るな」
「他に気になるところは?」
ないわけがないだろう。
「今日のこと。まさか自然発火なわけがあるまい。結局、あれは誰が放火したんだ?」
今、三つの放火事件がある。
一つはケオスの起こしている無差別放火事件。
一つは魔法使いグループが起こした、上の模倣事件。そしてこれは今後続くことはないだろう。
最後の一つ……SKYのトレーラーや倉庫が爆発炎上した。それは一体誰がやったのか。
「わからないね。曲直瀬はどう思う」
「魔法使いグループから魔法道具は全て取り上げなければならないとマニュアルに書いてある。危険がないようにな。身体に魔法陣があるかないかも調べる。だから隊員がサボってもいない限り、連中にあんな爆発を起こす手段なんてない」
「ふむ。その点については心配することはないだろう」
「ケオスという線もない。もう静岡にいないことはわかっているし、本当にケオスがやったのならあの場にいた全員を燃えカスにしていたのは、過去の事件からもわかっている」
「お前が捕えていた翼人はどうなんだ。能力はわからない。お前が見張っていたとしても、何らかの≪力≫で遠隔で爆発を起こしたとも考えられる。調査グループは今のところそれを第一に主張しているが」
「……俺には、あまりそう考えられない」
「何故?」
「あの子は俺達に危害を加えることなく去っていった」
「ただ単に逃げ出すため、そしてお前と戦うことを避けただけかもしれんぞ」
「じゃあ、ただの勘だ」
「それでは説明にはならない」
わかってる。SKYで、いや組織として働く上で必要なのは理屈だ。他の人を納得させるだけの理屈。誰かと共に活動するということは、自分一人で納得しているだけでは話にならないのだ。
それくらいわかってるけど。
「俺には、あのボロ布の少女が戦うべき相手だとは思えない。むしろ助けなければならなかったように感じるんだ」
だってアイツは、不思議な表情を見せた。
俺が追い詰めているからではない。放火してやったりというわけでもない。
恐らく……あの炎に怯えていたんだ。
「では他に誰がいると言うんだね?」
「……アンタ、本当はわかってて聞いてるだろ?」
「私は、お前が戦うべき相手が見えているのか見えていないのか知りたいだけだ。現場の最前線に立つ癖に、お前は少々頑固だからな」
こういう時に俺を試してくる。それが二木という男のやり方……というか癖のようなものだ。別にそんなことはいいんだが、俺はコイツのドライ過ぎるところはあまり好きじゃない。
で、質問の答えだが。
「あの子には協力者がいたはずだ。恐らくはAMMの魔法使いで、そいつがあの子を助け出すためにやったんだ。気付かれずに近付くのなら透明スーツがある。俺もあの子を見ていたから気付かずともおかしくないし、俺の知覚の裏を掻くことだってそう難しくもないことだ」
「成程。つまり少女がやったようなもんじゃないか」
「あー……確かにそこはおかしく感じるかもしれないがなあ……」
協力者がやったか本人がやったかの違いなんて些細なもんだが……俺だって悩んでるんだよ……。
勘と理屈が食い違ってることがどうにも俺をもやもやさせる。
「まあいい。この件も含めて、明日の午前に会議を開く。お前はそこで発言してくれてもいい」
「いや、パス。今日の資料はもう作ったし、それでいいだろ」
「どうして出られないのかね? 何か重要な仕事でも?」
「そうだよ」
「何故? どうして? 今後の方針を決める会議をすっぽかすほどに重要なことがあるのかね?」
「はっきり言うけど俺が出なくてもいい会議だろ!」
「それにしても、妥当な理由が聞きたいんだがねえ?」
にやりと笑って俺に詰め寄る二木。
コイツ……!
「……高校だ」
「――はあぁ? 高校ぉ?」
「高校に通ってるってわかってるだろ! お前の許可も取ってるし!」
「そうか! そうだったねぇ! お前、今は高校生やってるんだったねぇ!」
「ムカつくからその顔やめろ! 事あるごとに弄ってくんじゃねーよ! 何が面白いんだよ!!」
全く。
そう、俺は昼は高校生をやっている。
SKY内のキャリアアップのために学位を取る……はずだったんだが、大学受験に失敗。学力検査の結果、いくつかの教科はさっぱりで、正直高校からやり直した方が早いということになった。
そして俺は今、SKYのフロント企業が所有するエレベータ式の高校に通っている。
自分で決めたこととはいえ、弄られると妙に腹が立つのであった。