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ツバサ・アンタッチャブル  作者: 鏡十一
[4]炎の翼人
21/25

21.『炎の翼人』

「キサマァああああ――!!」


 次に叫んだのは俺じゃなかった。声が聞こえたのは俺の後方。

 はっとする。そうだ。この場で最も怒りを滾らせている男は彼以外いないのだ。


「――やめろ、品川ッ!」


 品川は縫子と俺を押し退け、駆け出した。

 背中に弱光が灯る。そこから暗褐色の毛が生え、その密集範囲が彼の上半身を隙間なく侵食する。筋肉が膨らみ服が弾け飛ぶ。頭上に獣の耳が、鼻先は顔から飛び出し、尾てい骨から尾が伸びる。

 人狼。

 そうだ。品川は狼の意匠を持つ翼人。

 まるで地獄の底から響くような低い唸りを上げながら、翼を解放した品川は飛び込む。

 振り上げた手には鋭い爪!


「グァアアッ!!」


 動物系としての俊敏性。距離を詰めたのはほとんど一瞬のことだった。

 その一撃は確実にケオスの身体を捉えたはず。

 しかし。


「!?」


 何故平然としているんだ!?

 その爪がヤツの身体を引き裂いたように見えた。しかしケオスはその場に微動だにせず直立したままだ。そこに立ち尽くしたままなら品川の体当たりも受けているはずなのに、品川の身体はケオスの背後にあって、しかしケオスは何の影響も受けていない。

 何故だ。


「翼人か」


 ケオスの呟きを掻き消すように、品川の第二撃の爪が走る。

 対するケオスはそっと腕を伸ばして、自らに迫る手に触れた。

 爆発する。


「品川!!」


 火達磨。

 炎の勢いは加速度的に膨らむ。火を消そうと品川は地面を転がるが、勢いは止まらない。

 悲鳴が聞こえたのは最初の一瞬だけだった。喉が焼かれて声が出せなかったのだろう……そう考えるとぞっとした。


「あまり≪力≫が強くない。まあ、そこそこの燃料だな」


 呆気なさすぎる。ほんの一瞬で決着が付いてしまった。

 すぐに火の中の人影は動かなくなった。火が消え、黒い燃え滓だけが残っている。

 身体を無気力感が襲う。

 ……どうして、だ。

 品川は俺が以前、助けた男だ。品川は翼人の≪力≫を持ちながら、それを使わずに生きていくことを選んだ。平穏な生活を望んだのだ。大鳥居高校に入り、SKYの監視下に置かれていることも気にせず健気に暮らしていた。最近では彼女ができたと言って喜んでいた。

 翼人になったこんな自分でも人並の幸せが得られるのだと、喜んでいたんだ!

 それがどうして、彼女を目の前で殺され、自分も同じ目に遭わなくてはならなかったんだ。

 ……不幸にならなくちゃいけない理由なんてどこにもないだろ!?

 腹の奥底から熱いものが込み上げてくる。目がチカチカする。

 俺は行動を起こさずにはいられない。通信機を通し、現場にいる者に命令する。


「――総員。本部に連絡した後、早急に退避しろ。生き残ることを優先するんだ」


 品川の仇は取りたいけど……!

 コイツは危険だ。何故だかわからないが品川の攻撃が効かなかった。そして未だにその翼を現していない……その≪力≫の大きさは未知数、しかし普通じゃないことだけはわかる。

 何よりケオスにわかっていることがある。


「せっかくのこれだけの燃料があるのだ。一人残らず摂っておかないとな」


 接触して生き残ったものはいない!

 品川やその恋人を殺したケオスが憎い。しかし、俺が今やらなきゃいけないことは、味方を一人でも多く逃がすこと。でなければ被害が増える一方だ。

 周囲の気配が、遠ざかっていく。俺の指示に従ってくれているようだ。

 後は俺がコイツを足止めする。あわよくばここで倒せればいいんだが――はっきり言って、攻撃が効かないタネがわからない限りは俺も無事でいられるとは思えない。


「……おい、縫子! お前も逃げろ!」


 ちらと縫子を見ると、彼女はへたり込んでいる。


「……た、たすけ……サンディ……ッ!」


 ケオスを見ながら、恐怖に怯えているのだ――。

 ……くっ、縫子も守りながら戦うのはしんどいが!


「行くぞッ!」


 俺は翼を展開する。


「――水の翼か!!」

「お前も翼を出してみろッ!」


 地面から水を引き出し、一本の長剣を作り出す。ヤツに触れたものが燃やされる。ならこちらもリーチのある武器を持てばいい。

 大上段に斬る!


「っ!!」


 振り降ろした長剣が、ケオスの頭上で止まる。

 片手でヤツが掴んだのだ。

 普通なら片腕くらい簡単に落とせる剣を掴むだけで止められた。しかし真に驚きを覚えたのはそこではない。

 ……受け止めた!?

 さっきのように品川の攻撃をすり抜けられるなら、わざわざ受け止める必要はなかったはず。そうする必要があったのだ。


「……やはりか。やはり水は嫌いだ」


 爆発。長剣を握った箇所で圧し折られる。

 その時、周囲の空間がとみに熱を持ったのを感じる。

 赤い光が夜を溶かすように広がり、燃えた。

 背中から伸びてくる。


「炎の翼!」


 一対の炎のそれが膨み、形を成せばまるで壁のように見えた。

 そしてその先端が曲がり、俺を突き刺さんと狙いを付けている。

 触れられたらマズイ。

 俺は手の中に残っていた長剣の水分を爆発させ、反作用で後ろに飛んだ。同時にケオスの目眩ましにする。

 途中で縫子を脇に抱え、さらに距離を取った。


「しっかりしろ縫子! おい! 駄目か!」


 縫子の身体が震えているのがわかる。呼吸が荒く、時折えづいているようでもある。

 ……やっぱり、ここは俺がやるしか道がない。

 縫子を諦め、俺はケオスを見据える。サングラス越しでも目が焼けそうな炎の中、ヤツが立ち、こちらと目を合わせている。

 翼を出したのだ。ピルチェ度数測定を行っておく。

 結果は――。

 

「5.56ピルチェ!?」


 こんな数字、これまで見たことがない!

 故障かとも思うが、全身に感じる威圧感はそれに説得力を持たせている。自分の意志とは別に身体が怯えているようだ。


「貴様は弱い水だ」


 ケオスの≪力≫が膨らんでいるのを感じる。


「だというのにどうしようもなくこの身を苛立たせる。背筋を蛆虫が這いまわっているかのようだ」

「それがどうした!」

「自慢じゃないが、これまで獲物を取り逃したことはない。そして今もこれからもそれは変わらない」


 まさか、こいつ――。


「この隔絶された空間の中で燃え尽きていくといい」


 この公園丸ごと爆発させるつもりか!?

 まだ仲間は隔離空間の中――この公園から出ていないだろう。この空間を丸ごと燃やしてしまえば、俺も皆も全員蒸し焼きだ。

 翼人の弱点の一つは距離だ。攻撃できる距離がせいぜい対人武器程度のレンジに収まる。しかし、こいつの≪力≫なら、数十万平行メートルの広さの公園くらい吹っ飛ばせても不思議じゃない。

 止めなきゃこの場にいる全員の命は無い。

 ヤツの攻撃を防ぐにはどうしたらいいか――詳細がわからない以上は、とにかく攻撃自体を未然に止める。

 俺は地面に手を付け、水を集める。降った雨と放水車の分、全部掻き集めよう。


「――超動せよ!」


 後のことなんて考えなくていい。持ち得る≪力≫全てを込める。水の翼が震え、眩い光を放つ。

 水を吸い上げられ、地面が窪む。

 何リットルある? 百か? 千はあるか? 頭上に持ち上げる!

 作り上げるのは水の槌。


「斬れないなら叩き潰すまでだ! うおおおッ!!」


 叩き付ける!

 対するケオスも炎を叩き付ける。燃え盛る炎の翼がヤツを守るように渦を巻き、槌を押し返す。

 まるで炎のドームだ。

 水の槌が蒸発し、白い湯気が噴き出した。

 押し返される。


「まだだ!!!」


 槌の裏を爆発させ、押し潰す!

 一つ、二つ、三つ――爆発を重ね、ドームを割った。

 瞬間。

 そこから炎が噴き出て、俺の身体を包み込んだ。


  □


 ――。

 曲直瀬祈里は自分の意識を確かめる。五体の感覚を自覚し、自分の存在を意識する。

 そして、思い出したように呼吸を始める。

 ……生き残った。

 咄嗟のことだった。手元に残した水で窪んだ地面を掘り、残りを防御に使った。爆風に乗るように押し寄せてくる炎も、壕を作れば勢いを弱めることができた。

 動けない縫子を守る必要があったしな。

 少しは炎に焼かれた。事実サングラスは歪み、回路は死んで機能停止している。それでも炎に直接焼かれることはなかったのは、ひつじの毛で作った戦闘服が炎を防いでくれたからだ。縫子にも上着を被せられた。

 見れば、手の指や甲が火傷を負っている。II度か、いやIII度まで行くか。火傷で最も危険なのは、皮膚が壊れて体液が止め処なく流出することだ。その点については俺の力で保護できる……と思ったが、≪力≫を使い果たしたせいで完全とは行かない。学校に行くまでには見られるようになるといいんだが。


 壕から顔を出す。ケオスの≪力≫も、誰の気配もない。

 周囲はそれほど焼けていない。もちろん芝生の広場は丸焦げ、街灯はぐにゃりと夏場のアイスのように溶けて曲がっている。広場を囲む木々も少し焦げているが、せいぜい小火程度だ。

 品川明とその彼女・愛梨の遺体があるはずだが、黒焦げの地面の上ではもはやどれがどれなのかわかったもんじゃない。

 むごすぎる。

 俺は二人に黙祷。

 ……ケオスは逃げたのか。

 どうして逃げたのか、というのはわからないこともない。ここで自分へのダメージを受け入れてまで戦う必要がヤツにはないのだ。ヤツは恐らく一匹狼……下手に手負いになると困るに違いない。

 それくらいには、俺の一撃が届く可能性があったということ。ケオスの守りを破ることができたのだから。

 とは思うものの、やはり生かしてもらったという感覚が強い。ただの強がりみたいなもんだ。まあ、縫子もいたし本当に命拾いした思いだ。

 壕から出るよりは救助を待った方がいいだろう。というか、身体に力が入らない。


「縫子は大丈夫か?」


 俺の上着の下、縫子は何も言わない。どうやら意識がないみたいだ。

 ……彼女の怯え様。やはりヤツがケオスなのだ。

 そして、彼女は仇を討つという言葉と裏腹に身動きが取れなくなるほど、今でも二年前の事件が心の中に重石として圧し掛かっているのだ。

 だが俺だって、ヤツを倒せるかどうかなんてわからない。今までのどんな敵よりも強大だ。


「……それでも俺はあの殺人鬼を野放しにしておくつもりはない。ヤツの虐殺を止めるんだ」


 言ってから溜め息を吐いた。言うのは簡単だが行うのはそうはいかない。

 星の見えない夜空を見上げながら、俺は一人呟く。

 とりあえず今は。


「早く助け来ないか、な……」

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