王子の身内事情---弟は側近の事情を知っている---
大きな瞳は細められ、意志の強さが垣間見える。
突然の家出宣言に、アルゼリータは困惑した。
「は? 家出だ? なんでまた……」
「……全部兄上のせいなのです」
「兄……グランシアが?」
マルイスは頷くと、これまでの経緯を話し出した。
「僕、今度開かれる騎馬大会に出る予定だったんです。ずっと練習してたのに……。それなのに、兄上はその出場権を取り下げていたんです。その上、僕の愛馬を馬刺にするなどと言うのです! もう、頭にきてしまって……。勢いで出てきてしまったのです」
話すうちに落ち着いてきたのか、段々沈んでいくマルイス。
「取り敢えず、帰れ。反省したならもういいだろ」
「嫌です! 兄上が謝ってくるまでは!」
「っ! 大人しく言うこと──」
「まあまあまあ! 落ち着いてお2人さん」
喧嘩になりそうな2人の間に割って入るロゼイル。
「顔だってあわせにくいだろうし、ちょっとくらい置いてやれよ! よし、王子様はこっちな」
強引にマルイスの手を引き、走り出す。
アルゼリータは引き止めようとするが、2人の姿はすでになかった。
「知らないからな」
聞く人がいない言葉を呟き、アルゼリータは自室へと足を向けた。
「王子様は、馬が好きなの?」
「はい、お兄様が教えてくれたのです。強くなりたいと相談したら、剣も馬も、全て教えてくれました。お兄様は僕の憧れなんです」
瞳を輝かせながら話すマルイス。2人は既に打ち解けたのか、和気あいあいと会話を弾ませている。
「騎馬大会ってどんなことするの?」
「ええっとですね、馬に乗った状態で白兵戦をする騎乗剣術と長距離を走破する遠路走術の2種類ですね。僕は騎乗剣術に出るつもりでした。」
「へぇー、なんか、想像つかないな……」
「ええ、みんな意外そうに見てきますね。」
愛嬌のある顔が、自虐的な笑みを浮かべる。
「僕からも、聞いてもいいですか?」
「お、なんだ? なんでも聞いて!」
「ロゼのシラルガン、生き残りがいたのですね」
「え……」
冷や汗が流れた。
笑顔が、急に怖いものにすり替わった瞬間だった。
「あっ! すいません! その、なんというか、他意はないのです。……ロゼの知りあいがいるんです。そいつは今、髪を染めて色変えてるんですけど、僕の──」
「いいよ、王子様」
弁解するマルイスを止める。
「オレ以外にもいた、十分だよ。ありがとう。さ、次に行こうぜ、王子様」
何か言いたげなマルイスに背を向け、先を進む。
笑い続ける事には自信はあったが、今は泣きそうな笑顔しか出来なそうで、人には、向けることが出来なかった。