パーティ解散
勇者が宿の部屋へ戻ると、珍しく浮かれた様子のAがいた。
「もう、戻ってたんですか」
「おう」
勇者はベッドの上に置かれた手のひらほどの小箱を見つけ、手に取った。
「?何ですか、これ…」
「おっと…」
Aは勇者からさっと箱を取り上げると、大事そうにそれを自分の懐へと仕舞い込んだ。
「肝心なものを忘れるとこだったぜ…」
「?」
「さて、ちょっと早いが飯食いに行こう。昨日と同じ、酒場でいいか?」
「あ、はい」
勇者は慌てて身支度を整え、Aについていった。
「…それでな、エリィが…」
もう何回目だろうか。Aの口からはひっきりなしにエリィの名が出てくる。
話題は、彼女がいかに美しく健気で自分を愛してくれているか、ということばかりである。
勇者は適当な相槌を打って、Aの話を聞く振りをしていた。
「それで…おい、聞いてるのか」
「あ、はい。エリィさんが何ですって?」
「違う!お前は、いつまでここに居るのかって聞いてんだよ」
から返事がバレてしまったようだ。
「うーん…どうしようかな。Aさんはいつまでいるつもりです?」
「俺はずっといるよ」
「はい?」
「ここに永住するから」
「…?えっ、村に帰らないんですか?」
「ああ。エリィとここで暮らす」
「??」
勇者はこんらんした!
「え、何言ってるんです?エリィさんて、あの、エリィさん…?」
「ああ。俺達な、結婚するんだ」
「!?」
Aは気恥ずかしそうに頭をかいた。
「だからこのまま、ここで暮らすよ。早く仕事を見つけて、住むところも探さないとな」
「…」
「ゆくゆくは二人の家を構えて、子を作りたい。エリィの体調がどうなるかにもよるがな。ま、ずっと2人だけで暮らすのも悪くはないな」
Aはキラキラと輝くような目で未来を語る。
勇者は尋ねた。
「Aさん…それ、本人にはちゃんと確認をとっているんですか?」
「確認?」
「結婚っていうのは片方だけでは成り立たないものですよ。いくらAさんだけが計画を立てたとしても、エリィさんの方は、その」
勇者は、彼の話が独りよがりの妄言なのではないかと案じていた。
「ああ、なんだ。それなら心配ない」
しかしAは自信満々、きっぱりはっきりと、言い放った
「だって、言い出したのはエリィのほうだからな」
「!?」
「私を貰ってほしい、って。そこまで言われたら、俺だって覚悟決めなきゃならんだろ?」
Aはグラスに残っていた酒をぐび、と一気に飲み干すと、ニコニコしながら懐から件の小箱を取り出した。
「急だったもんで、指輪は用意できなかったからな。せめてもの代わりにさ。町の工芸品屋で買ったんだ」
Aは箱を開けてみせた。中には、美しいブローチが入っていた。丁寧な、花の金細工が施されている。
「…どうだ?綺麗だろ。エリィに似合うと思ってさあ」
「…Aさん」
勇者は、恐る恐る口を開いた。
「何か…おかしくないですか?」
「ん?」
「だってあなたと彼女は、出会ってまだ2日しか立ってないんですよ?つい先日まで顔も知らない人間に、そんなことを言う女性がいますか?」
「…まあ、ちょっと特殊なパターンだがよ。ほら、よく言うだろ?運命の人って。一目惚れなんだとさ。言わせんなよ恥ずかしい。ま、お前にはまだわかんねーかな」
Aは聞く耳を持たない。上機嫌で小箱を懐に戻した。
「これを持って俺は、彼女の家にプロポーズしに行く。今夜、俺とエリィは夫婦になるんだ」
「…今夜?」
勇者の脳裏に、盗み聞いた言葉がよぎる。
「Aさん。今夜って言いましたか、今」
「ん?ああ。エリィがな、今晩、家に来いって言ったんだ。人払いしとくってさ」
「…」
『今晩、仕掛けるわよ』
「はっ…」
あの時、聞いた会話。
勇者は確信した。
彼女たちのターゲットは、Aだ。
「Aさん!行っちゃダメです!」
勇者は大声を出した。
「Aさんは騙されてるんです!」
「は?何を…」
「だって僕、聞いたんです!エリィさんの家の近くで!お金がどう、とか…あの人、Aさんを騙してお金を奪おうと…」
瞬間。
勇者の左頬に、衝撃が走った。
「うっ…!痛た、Aさ」
「お前…」
殴られた頬を抑えながら見ると、Aは怒りに燃えた表情で、勇者を睨んでいた。
右の拳が、わなわなと震えている。
「お前が、そんなことを言うやつだとは思わなかったよ。そんな、作り話までするなんてな…」
「え、Aさん!」
Aはそのまま、勇者を置いてさっさと店を出ていってしまった。
「Aさん!」
勇者も急いで立ち上がり、後を追う。
「聞いてください!だって、明らかにおかしいじゃないですか!騙されてるんですよ!」
「まだ言うか!お前は道案内する便利な奴が居なくなるのが嫌なだけだろ!」
「違いますよ!待ってください、Aさん!」
勇者が追い縋る。が、Aはそれを振り払った。
「俺は宿を出る。お別れだな」
「そんな…!」
「大体な、俺はお前とは違うんだよ。住む世界が違うんだ。お前は勇者で、俺は農夫。今までのこの、二人で旅をする状況が異常だったんだよ。俺はこの町で、畑を耕して、彼女と一生を穏やかに過ごす。全部、あるべき場所に帰るだけだ」
「Aさん…!」
「じゃあな。魔王討伐頑張れよ。もう永遠に、お前に会うことはないだろう。勇者さま」
冷たい声で言い放ち、Aは去っていった。
勇者が宿に戻ると、既にAの荷物はなくなっていた。
「はあ…もうあの人に夢中で、それしか考えられないんだろうな、Aさん…」
勇者はどっかとベッドに腰掛け、痛む頬を撫でた。
「…怒ってたもんなあ…。いずれ別れるにしても、もう少し、きちんとお別れしたかったなあ…」
まだ、彼にきちんと礼も言っていなかった。
「僕が依頼を断って、大人しくシジの町でAさんを解放していれば…。いや、でもメイさんを見捨てることなんて、僕にはできなかった。大体、どうしてメイさんは僕らを選んだんだろう。わざわざ徒歩の人間を頼るよりも、他の、馬車を持っている人のほうが、確実だったろう、に…」
勇者の動きがぴたりと止まる。そして、ある考えが思い浮かんだ。
もしかしたら、始めから、仕組まれていたのでは…。
「そうだ。メイさんが居なければ、この町には立ち寄ることもなかった。メイさんが、僕らに頼まなければ…」
しかしそうまでして、わざわざ旅の途中の二人から、何が得られるだろうか。手持ちの金なんて、幾ばくも無いのに。
「…まさか」
勇者は思い出した。
まだ勇者として派遣される前に聞いた、どこか遠い国で起きた、勇者のスキャンダルを。
あの時はひどいバッシングが起き、国単位の大騒動になった。
「…」
もし、勇者が不祥事を起こしたとしたら。例えば、小さな町の、若い女性を無理やりてごめにしようとした、などと噂がたったら…
その責任はどこに向かうのか。
勇者を遣わせた、王に行くのではないか?
そうなった場合、王は自らの威信を保つため、彼らに口止め料を払うだろう。それも、かなりの金額の。
王からしたら、安い代償だろう。自国民に与える影響に比べたら。
疑惑のピースは次々に繋がっていく。
「こ、こうしちゃいられない!」
勇者は走り出した。