美しいひと
「メイ?メイか!」
「おお!メイ!メイが帰ってきたぞ!」
町に入るなり、住人たちが次から次に現れ、三人のもとへ集まってくる。
「随分遅いから心配していたんだ。しかも足を怪我しているじゃないか」
「一体何があったんだ」
「ごめんなさい。馬車において行かれちゃって…」
矢継ぎ早に尋ねる町人たちにメイが答える。
「それでね、この方たちが、送ってくださったの。でも、足を途中で挫いちゃって…ここまで背負ってきてもらったの」
「そうだったのか。どれ、ほらここに座るといい」
町人は、Aの背中からメイをゆっくり下ろすと、近くの椅子に座らせた。
「親切な旅のお方。ありがとうございました」
「おーい、誰かエリィを連れてきておくれ!」
「エリィはお前の帰りをずっと待っていたんだ。夜も寝ずにな」
「早く知らせてやろう。さぞかし喜ぶだろう」
町内中が賑やかに騒ぎ立てる。
その時。
「メイ!」
女の声がした。若い女が、こちらを見て立っている。
「お姉ちゃん!」
「メイ!」
町人数人に抱えられながら、女はメイへ駆け寄り抱きしめた。
「無事でよかったわ…」
「心配かけてごめんなさい。お姉ちゃん」
「いいのよ。…こちらの方々が、あなたを助けてくださったのね?」
女はすっと顔を上げ、勇者たちを見た。
「!」
「私、メイの姉の、エリィと申します。妹が大変お世話になりました」
「あ…」
二人は思わず、息を呑んだ。
整った瓜ざね顔に、艶のある黒髪。肌はまるで陶器のように白く美しい。
女は思わず見惚れるほどの、美人であった。
「どうかお礼をさせてくださいませ。何もない町ですが…できるだけのことはさせていただきます」
「い、いえ…。どうせ、旅のついででしたから」
「それでは私どもの気が済みません。どうか……こほ、こほっ…」
エリィは咳をして、苦しそうに胸を抑え出した。
「お姉ちゃん!」
「こほっ、こほっ…すみません、持病が…」
「エリィ、お前はもう部屋でやすみなさい。メイも足の手当をしよう」
見かねた町人の一人が、エリィとメイを連れて家に戻らせた。
「…すみません、お二方…こほ、こほっ。お礼はまた、後で、改めて…」
その夜、Aと勇者は大いに饗された。
「お二人共。どうです?明日は狩りでもご一緒しませんか」
「この近くでセプラ鳥の群れが居る森があるんですよ。ぜひ腕前を拝見してみたいものですなあ」
ガヤガヤと喧しい酒の席。次々に町人たちがやってきては、二人に声をかけてくる。
「いかがですか?よろしければ、私の猟銃をお貸ししますよ」
「すみません。僕、狩猟は苦手ですから…」
勇者は困ったように首を振った。
「それに…僕、明日にでもここを発とうかと思っているのです。僕達、まだ旅の途中なので」
「達、じゃねえだろ。勝手に俺を含めるな」
その言葉に、Aが茶々を入れる。
「俺はもうお前にもここにも用はないんだ。明日にでも村に帰るぜ」
「Aさん、そんな寂しいことを…」
「やかましい。そもそもお前が安請け合いしなけりゃ、俺はこんなとこまで来ないで済んだんだ」
「あっ!あなたはまだそんなこと言っているんですか。その台詞、メイさんの顔を見て言えるんですか?」
「なんだ!大体、お前が方向音痴なのが悪いんだろ!勇者なら旅の前に治しておけよな!」
ぎゃいぎゃいと言い合いを始めた二人をまあまあ、と宥めながら、町人は話を続けた。
「お二人共、せっかくですから、もう少しこの町を楽しんでいかれても」
「そうですよ。たった二三日のことではないですか。まだ私達も礼をしたりないのです」
「うーん…」
「ここの名産は金細工なのですが、それはもうご覧になりましたか?」
「巷でもなかなかの評判なのですよ。ぜひ、一度お手にとってみて…」
そんな彼らとのやりとりを勇者に任せて、Aはこっそりと席を立った。
「ふう…」
塀にもたれ掛かり、一息ついた。夜風が火照った体に心地よい。
ふと上を見れば、ひどく美しい月がぽっかりと浮かんでいた。
「いい月夜だなあ…」
「本当ですね」
「!?だ、誰だ?」
なんとはなしに呟いた独り言に相槌が帰ってきて、Aはビクリと肩を揺らし、あたりを見回した。
すると、女が一人、門のほうから顔を出した。
「私です。ごめんなさい。驚かせてしまいましたか?」
メイの姉、エリィだった。
「君か…」
知っている顔に、Aはほーっと息をついた。
「なんでこんなとこに?」
「ここ、私の家なんです」
「あ…そうだったのか。ごめん。勝手に塀を背もたれに使っちまった」
エリィは口元に手を添えくすくすと笑った。
「窓から見える月が、あまりにも綺麗だったものですから…つい、ふらっと出てきてしまって。そうしたら、あなたの声がしたので」
「そうか。…うん。今夜はすごく、月が綺麗だ」
二人は並んで空を見上げた。
「よかったら、少し、一緒に歩きませんか?」
エリィがAを誘った。
「もう夜も遅いけど…」
「せっかくの月夜ですから。少しだけ。ね?」
それなら、とAは了承した。
「具合はもう、いいのか?」
「ええ。薬を飲んだので、すっかり」
二人は、町の側を流れる川のほとりをゆるゆると歩いていた。
「旅は大変だったでしょう?しかも、こんな辺鄙な町まで…」
「いやいや。そんなに大したことはなかったよ。結構、楽しくやれたし…ま、メイに怪我させちまったわけだけど…」
「あの子を、ずっと背負ってきてくださったんですってね。メイから聞きました。こんなお優しい方を見つけるだなんて、メイは人を見る目があるのね」
先程から褒められっぱなしで、なれないAはなんだかむず痒く感じた。
「本当に、人との出会いとは、不思議なものですわ。私、メイを置いていった馬車に感謝しなければ」
「馬車に?」
「だって、メイが馬車においていかれなければ、あなたにも会えなかったんですから」
「!」
エリィはAをまっすぐに見つめた。
街灯が無くともAには彼女の顔がはっきりと見える。それほど、今日の月は明るい。
「エリィ…」
「あ…ご、ごめんなさい。なんだか、月のせいかしら。私、お喋りになってしまったみたい。恥ずかしい…。今の言葉は、どうか忘れてくださ…」
その時。
小石にでも躓いたのか、突然、エリィがふらっとよろけた。
「きゃっ…」
「!あ、危ない…!」
咄嗟に、Aは彼女の手を掴み、自分の方へと引き寄せた。
「……」
「あ…」
Aの腕の中にすっぽりと収まった華奢な身体。
じんわりと、二人の熱が重なる。
「エリィ…?大丈夫か?」
「…」
「エリィ…?」
エリィは身動きひとつせず、Aの腕の中で、身を任せている。
エリィは何も答えない代わりに、ゆっくりとAの背中に手を回した。
「!」
Aの心臓が跳ねる。
血管の透ける白い首筋が、月の光に照らされて、Aの目を眩ませた。
「エリィ…」
もう一度名前を呼ぶと、ようやく、エリィは顔を上げた。
潤んだ瞳がAを射抜く。長い睫がふるふると揺れていた。
「…いいのか?」
「はい…」
エリィの薄桃色の唇が、遠慮がちに開かれる。
「一目見た時から、私、あなたのことが…」
それだけで、充分だった。
Aは何も言わずに、彼女の唇を自分の唇で塞いでやった。