表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/28

美しいひと

「メイ?メイか!」

「おお!メイ!メイが帰ってきたぞ!」

町に入るなり、住人たちが次から次に現れ、三人のもとへ集まってくる。

「随分遅いから心配していたんだ。しかも足を怪我しているじゃないか」

「一体何があったんだ」

「ごめんなさい。馬車において行かれちゃって…」

矢継ぎ早に尋ねる町人たちにメイが答える。

「それでね、この方たちが、送ってくださったの。でも、足を途中で挫いちゃって…ここまで背負ってきてもらったの」

「そうだったのか。どれ、ほらここに座るといい」

町人は、Aの背中からメイをゆっくり下ろすと、近くの椅子に座らせた。

「親切な旅のお方。ありがとうございました」

「おーい、誰かエリィを連れてきておくれ!」

「エリィはお前の帰りをずっと待っていたんだ。夜も寝ずにな」

「早く知らせてやろう。さぞかし喜ぶだろう」

町内中が賑やかに騒ぎ立てる。

その時。

「メイ!」

女の声がした。若い女が、こちらを見て立っている。

「お姉ちゃん!」

「メイ!」

町人数人に抱えられながら、女はメイへ駆け寄り抱きしめた。

「無事でよかったわ…」

「心配かけてごめんなさい。お姉ちゃん」

「いいのよ。…こちらの方々が、あなたを助けてくださったのね?」

女はすっと顔を上げ、勇者たちを見た。

「!」

「私、メイの姉の、エリィと申します。妹が大変お世話になりました」

「あ…」

二人は思わず、息を呑んだ。

整った瓜ざね顔に、艶のある黒髪。肌はまるで陶器のように白く美しい。

女は思わず見惚れるほどの、美人であった。

「どうかお礼をさせてくださいませ。何もない町ですが…できるだけのことはさせていただきます」

「い、いえ…。どうせ、旅のついででしたから」

「それでは私どもの気が済みません。どうか……こほ、こほっ…」

エリィは咳をして、苦しそうに胸を抑え出した。

「お姉ちゃん!」

「こほっ、こほっ…すみません、持病が…」

「エリィ、お前はもう部屋でやすみなさい。メイも足の手当をしよう」

見かねた町人の一人が、エリィとメイを連れて家に戻らせた。

「…すみません、お二方…こほ、こほっ。お礼はまた、後で、改めて…」



その夜、Aと勇者は大いに饗された。

「お二人共。どうです?明日は狩りでもご一緒しませんか」

「この近くでセプラ鳥の群れが居る森があるんですよ。ぜひ腕前を拝見してみたいものですなあ」

ガヤガヤと喧しい酒の席。次々に町人たちがやってきては、二人に声をかけてくる。

「いかがですか?よろしければ、私の猟銃をお貸ししますよ」

「すみません。僕、狩猟は苦手ですから…」

勇者は困ったように首を振った。

「それに…僕、明日にでもここを発とうかと思っているのです。僕達、まだ旅の途中なので」

「達、じゃねえだろ。勝手に俺を含めるな」

その言葉に、Aが茶々を入れる。

「俺はもうお前にもここにも用はないんだ。明日にでも村に帰るぜ」

「Aさん、そんな寂しいことを…」

「やかましい。そもそもお前が安請け合いしなけりゃ、俺はこんなとこまで来ないで済んだんだ」

「あっ!あなたはまだそんなこと言っているんですか。その台詞、メイさんの顔を見て言えるんですか?」

「なんだ!大体、お前が方向音痴なのが悪いんだろ!勇者なら旅の前に治しておけよな!」

ぎゃいぎゃいと言い合いを始めた二人をまあまあ、と宥めながら、町人は話を続けた。

「お二人共、せっかくですから、もう少しこの町を楽しんでいかれても」

「そうですよ。たった二三日のことではないですか。まだ私達も礼をしたりないのです」

「うーん…」

「ここの名産は金細工なのですが、それはもうご覧になりましたか?」

「巷でもなかなかの評判なのですよ。ぜひ、一度お手にとってみて…」

そんな彼らとのやりとりを勇者に任せて、Aはこっそりと席を立った。


「ふう…」

塀にもたれ掛かり、一息ついた。夜風が火照った体に心地よい。

ふと上を見れば、ひどく美しい月がぽっかりと浮かんでいた。

「いい月夜だなあ…」

「本当ですね」

「!?だ、誰だ?」

なんとはなしに呟いた独り言に相槌が帰ってきて、Aはビクリと肩を揺らし、あたりを見回した。

すると、女が一人、門のほうから顔を出した。

「私です。ごめんなさい。驚かせてしまいましたか?」

メイの姉、エリィだった。

「君か…」

知っている顔に、Aはほーっと息をついた。

「なんでこんなとこに?」

「ここ、私の家なんです」

「あ…そうだったのか。ごめん。勝手に塀を背もたれに使っちまった」

エリィは口元に手を添えくすくすと笑った。

「窓から見える月が、あまりにも綺麗だったものですから…つい、ふらっと出てきてしまって。そうしたら、あなたの声がしたので」

「そうか。…うん。今夜はすごく、月が綺麗だ」

二人は並んで空を見上げた。

「よかったら、少し、一緒に歩きませんか?」

エリィがAを誘った。

「もう夜も遅いけど…」

「せっかくの月夜ですから。少しだけ。ね?」

それなら、とAは了承した。



「具合はもう、いいのか?」

「ええ。薬を飲んだので、すっかり」

二人は、町の側を流れる川のほとりをゆるゆると歩いていた。

「旅は大変だったでしょう?しかも、こんな辺鄙な町まで…」

「いやいや。そんなに大したことはなかったよ。結構、楽しくやれたし…ま、メイに怪我させちまったわけだけど…」

「あの子を、ずっと背負ってきてくださったんですってね。メイから聞きました。こんなお優しい方を見つけるだなんて、メイは人を見る目があるのね」

先程から褒められっぱなしで、なれないAはなんだかむず痒く感じた。

「本当に、人との出会いとは、不思議なものですわ。私、メイを置いていった馬車に感謝しなければ」

「馬車に?」

「だって、メイが馬車においていかれなければ、あなたにも会えなかったんですから」

「!」

エリィはAをまっすぐに見つめた。

街灯が無くともAには彼女の顔がはっきりと見える。それほど、今日の月は明るい。

「エリィ…」

「あ…ご、ごめんなさい。なんだか、月のせいかしら。私、お喋りになってしまったみたい。恥ずかしい…。今の言葉は、どうか忘れてくださ…」

その時。

小石にでも躓いたのか、突然、エリィがふらっとよろけた。

「きゃっ…」

「!あ、危ない…!」

咄嗟に、Aは彼女の手を掴み、自分の方へと引き寄せた。

「……」

「あ…」

Aの腕の中にすっぽりと収まった華奢な身体。

じんわりと、二人の熱が重なる。

「エリィ…?大丈夫か?」

「…」

「エリィ…?」

エリィは身動きひとつせず、Aの腕の中で、身を任せている。

エリィは何も答えない代わりに、ゆっくりとAの背中に手を回した。

「!」

Aの心臓が跳ねる。

血管の透ける白い首筋が、月の光に照らされて、Aの目を眩ませた。

「エリィ…」

もう一度名前を呼ぶと、ようやく、エリィは顔を上げた。

潤んだ瞳がAを射抜く。長い睫がふるふると揺れていた。

「…いいのか?」

「はい…」

エリィの薄桃色の唇が、遠慮がちに開かれる。

「一目見た時から、私、あなたのことが…」

それだけで、充分だった。

Aは何も言わずに、彼女の唇を自分の唇で塞いでやった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ