仲間入り
「ふんふんふー♪ふふー♪♪」
「………」
「ふふふんふー♪ふー♪」
「……おい」
「ふふふー……はい?」
「鼻歌やめろ」
「あ、はい」
Aは憎々しげに舌打ちをした。
「ビブラートまできかせやがって……。ちょっと上手いのがまた腹立つな 」
「すみません。つい……」
勇者はばつが悪そうにこめかみを掻いた。
「まったく……。緊張感のねえやつだ。ほら、あそこ見ろよ」
「?」
Aが指さした先には、他の旅の一行がいた。
「とれない……とれない……」
ブツブツとうわ言のようなものを呟きながら、剣を洗っている彼が、見たところその一行を率いる勇者のようだ。
「とれない……血が……血が……とれない……」
彼は何度も何度も、川の水で剣を洗っていた。
しかしその剣には血どころか汚れひとつ無い。
他の一行のメンバーもそれがわかっているのか、しかし勇者の剣幕に戦いているのか。
皆、口をつぐんでただじっとそれを見守っていた。
「うわあ……」
その光景に、呑気だったこちらの勇者もさすがにちょっと引いていた。
「何があったんでしょう……あの人たちに……」
「あのなあ、俺、色んな旅人を見てきたけど。魔王討伐の旅ってのは普通、あのくらい殺伐としてるもんなんだぜ」
「ええ!?」
「そりゃそうだろ。世界を救うってんだからよ。おっかねえ目には遭うだろうな」
「そうだったんですか。なんか、すみません……」
一応、口では謝る勇者だが……。やはりどこか、楽しげな風だ。
「……僕、城を出てからずっと、一人だったもので……その、誰かと歩くのが、なんだか楽しいんです」
「へえー」
「久しぶりなんです。こういう風に、誰かと話しながら、歩くって」
勇者は益々ニコニコと笑った。
「ずっと、ひとりぼっちでしたから。話し相手が居るってすごく……嬉しいんですよ」
「そうかい。ま、次の街までだけどな」
「……!そう、でしたね……」
村人の冷静な一言に、勇者の気が目に見えるほどに萎んだ。
「……ま、まあ。シジの街には、酒場があるって言うしよ」
萎むも何も、最初からその予定だったのだが。なんとなく、良心が咎める村人であった。
「酒場じゃあ、旅の仲間を募るやつらが集まってるって話だ」
「へえー」
「だからな、お前もそこで、一緒に旅をしてくれる仲間を募って、パーティを作りゃあいいんだよ」
「!おおー!」
「そしたら、お前はもう道に迷うこともないし、冒険ももっとスムーズに進むだろう」
「なるほど……!」
勇者の声に張りが戻ってきた。
「うわあ……。どんな人たちがいるんだろう……楽しみだなあ……!」
勇者は瞳をキラキラさせて、歩く足を早めた。
Aの的確な道選びの甲斐もあり、二人はすぐに、街に辿り着くことができた。
「結構大きな街ですねー。人も多いみたいだ」
「ああ。そうだな」
ついて早々、Aは街の中で一際派手な建物である酒場を見つけた。旅のものと思われる人たちが続々と中へ入っていく。
「あそこが酒場みたいだな」
Aは指をさして言った。
「じゃ、ここで俺はお別れってことで。頑張れよ。じゃあな」
そう言って今来た道を戻ろうとするAの手を、勇者が掴んだ。
「!なんだよ」
「ま、待ってください」
「あ?」
「あの……酒場まで、ついてきて欲しい、です……」
「……は?」
「あの……ぼ、僕、そういうの苦手で……その、知らない人にひとりで話しかけるの、む、無理、なんです……」
「…………」
もじもじと、吃りながらそう、言い放った勇者。
Aは口をあんぐり開けて勇者を見た。
どこまで人に頼れば気が済むんだよ。こいつ……。
Aは心底呆れながら、そして、ゆっくりと、まるで子供に言い聞かせるみたいに、勇者に語りかけた。
「……いいか、お前のコミュニケーション能力の有無なんか、俺の知ったことじゃないんだよ。俺の仕事はここまで。そういう約束だったろ?大体な、お前、勇者だろ?大丈夫。人類はなあ、みんな勇者さまには優しいはずなんだよ。だって勇者は世界を救おうって人だからな。自分達を助けてくれようとする人に、冷たく当たるはずないだろ?うん。よし、ということで、俺は帰る」
Aは腕に力を入れ、勇者を振り払おうとした。
が、思いの外勇者は本気のようだった。掴まれた手は、Aの力ではビクともしない。
「このっ……離せよ!」
「嫌です……!死んでも、離しません……!」
「な……!?」
勇者は力をためている!
Aのうごきが3さがった!
「……っ、お、俺はもうお前とは関係ないんだよ!他人にどこまで甘える気だ!」
「そんな寂しいことをーー!僕とあなたの仲じゃないですかあーー」
「どんな仲だよ!」
「お願いです!Aさあん!」
「やめろ!この手を放せええええ」
「だってえーー!だって僕、Aさんが居ないと何もできないんですー!」
「うるせええええ!!」
「お願いですうううう!!捨てないでえええ!!」
「!?おまっ……!」
ふと、何かを察したAは辺りを見回した。
いつの間にか、二人の周りには小さく人だかりができていた。
ーねえ、ちょっとアレって……
ーもしかして……
ざわつく周辺。
それもそうだろう。そこそこ大きめの街の入り口で、放せ、捨てないで、と大声で言い合う、男二人。
しかも勇者は去ろうとするAの腕にまるで抱きつくようにしがみついている。
刺すような視線。
これはどうみても。
痴話喧嘩ですありがとう。
「…………」
「Aさあん、どうか……」
「…………」
「仲間さえ見つかれば、それで………」
「……はあーーー…………」
Aは大きくため息をついた。
「仲間が入るまで、だからな!はあ……」
周囲の目と勇者の押しに、Aは白旗を挙げざるを得なかった。
「ありがとうございますAさん!」
「うるせえ!こっちくんな!」
そして渋々、Aは勇者と供に、酒場へと足を踏み入れたのだった。
さすが、噂通り。
中は出番待ちの戦士たちでごった返していた。
「うわあー……すごいですねー」
勇者が小さく感嘆の声をあげる。
「ああ……みんな旅慣れてるって感じだ。メンバーにできたら、今までよりずっと戦いが有利になりそうだ」
「心強いですねー!」
ワクワクと心を踊らせる勇者。
二人は店のカウンターへ向かった。
「……あのー、すみませーん」
「……あいよ」
無愛想な男がタバコを吹かしながら、勇者を見た。彼が店のマスターなのだろう。
「えっと、僕、勇者なんですけど、旅の仲間を探しているのですが」
「仲間?」
「はい。パーティを、組みたくて。仲間になってくれる人を探してるんです」
「……仲間、ねえ……」
マスターは頬杖をつきながら、じろ、と勇者の後ろにいるAを見た。
「あの農夫はなんだい」
「農夫?あ、Aさんのことですね。僕の仲間です!」
「…………」
ニコニコ顔の勇者とは対照的に、マスターは顔を顰めた。
「悪いことは言わねえ。すぐに店を出た方がいい」
ボソボソと、早口でマスターは言った。
「農夫しか連れてねえだなんて、よっぽど難アリのパーティだと思われても仕方ないぜ」
「そ、そんな……!」
「ここには荒くれた者らもたくさん来る。早くしないと……」
「おいおい。なんだこの貧相なやつはよおー」
その時。
突然現れた、数人の厳つい男。
「細っこいやつと……おおっと、こいつ、百姓なんか連れてらあ」
「あんだあ?冷やかしか?」
彼らは人混みを押し退け、二人の前に割り込んできた。
「こんなとこに農夫なんか引き連れてのこのこ来ちまってよお。ああ?お前らまさか、魔王の城で畑でも作るつもりか?」
店内に、どっと笑いが起こった。
「どこの田舎から出てきたんだか知らねえが、素人は引っ込んでな」
「なあに。心配しなくても俺たちが魔王倒してやるからよ。百姓はお家に帰って、黙って土でも耕してな」
ゲラゲラと下卑た笑いを浮かべながら、男たちはそう言った。
すると。
「……貴様ら……!」
勇者が、男たちを睨み付けた。
「なんという……なんという……!」
「!お、おい、勇者……」
「許せん!」
勇者が声を荒げた。
怒りも顕に、今にも飛びかかりそうだ。
「なんという!侮辱!!貴様ら……Aさんを馬鹿にするなんて!」
「……えっ」
いや、それ俺だけじゃなくてお前も間接的に悪く言われてんだよ。
Aはひっそりと突っ込んだが、生憎勇者の耳には届かなかった。
「Aさんに謝れ!貴様ら、僕と勝負しろ!」
「百姓が戦士に喧嘩売っていいと思ってんのか?ああ?」
勇者は剣に手をかけた。店中の血気盛んな男たちがけしきばむ。
「あちゃー……」
このままでは、まずいことになる。
そう考えたAは、勇者が剣を引き抜くその前に、勇者の襟首を掴みぐいっと力任せに引っ張った。
「……ぐえっ!」
「やめろ!バカ!」
まだ暴れようともがく勇者に、Aは勇者の首根っこを締め上げた。
「ーーーー!!……………」
勇者はきぜつした!
「……ふう。すみませんね、どうも……」
「…………」
「ご迷惑おかけしちゃって。さ、もう出ような」
ずるずると勇者を引きずっていくA。
しかし。
「おい!待てよてめえ!」
出口へ向かうAの背中に、男の一人が声をぶつけた。
「なんだ?俺をなめてんのか?ああ?」
「いやいや。だから俺たち、店を出るんで」
「喧嘩売ったのはそっちだろうがよお!」
どうやら男は酔っているらしい。
質が悪いな、とAは思った。
「何の力もねえくそが。俺たちゃ、てめえらみてえなのを守るために命懸けて戦ってんだぞ!ああ!?」
「…………」
「ふん……。ただの村人風情がよ」
そう、吐き捨てると。
男はカウンターの上のグラスを掴んだ。
「虫けらがいっちょ前に戦士さまに逆らうんじゃねえぞ!!」
そして、Aたちに向かって振り上げた。
しかし。
「……!?」
男の手は、空中で止まっていた。
「な……!?」
「…………」
Aが、男の手首を掴んで、動きを止めていたのだ。
「……、てめえ……」
「…………」
「……っ、な、何者、だ……」
「……ただの、村人だよ」
「!?」
小さな声で、囁く。
男が怯んだのを確認すると、Aはパッとその手を放した。
「……っ!」
「……お騒がせしました。すんません」
Aは深々と頭を下げた。
「お邪魔しました。さ、行くぞ!」
そう言ってAは勇者を引きずりながら、そそくさと店の外へ出て行った。
勇者の、パーティを組む計画は敢え無く失敗に終わった。
「…………」
「…………」
「…………なぜ、止めたんですか」
勇者が不機嫌そうに言った。酒場のマスターには出入り禁止を言い渡されてしまい、もう二人にはパーティを組む手立ては無くなってしまった。
「喧嘩したってお前じゃ勝てねーだろ。見たか?あいつらガチだったぞ」
「それでも!あんな馬鹿にされて……悔しくないのですか!怒らないのですか!」
「いや、だって別に、本当のことだし……」
「はあ!?」
勇者はふんっと鼻息を吐いた。
「あなた男でしょう!プライドとかはないのですか!」
「!いや、俺は……」
ー……あの!
「「!」」
二人を遮った、少女の声。
「お、お二人は、その……」
「…………」
「旅の方、でしょうか?」
十かそこらの愛らしい少女は、くりっとした丸い目で勇者とAの顔を見上げ、尋ねた。
「……え、ええ。そうですが」
「やっぱり!」
勇者が答えると、少女はぱあっと顔を明るくした。
「あの!お願いがあるんです!」
「お願い?」
「私と一緒に、旅をしてもらえませんか?」
「「はい!?」」
突然の少女の申し出に、勇者とAはひっくり返りそうになった。
「旅だと?」
「ど、どういうことですか?」
すると彼女はそろそろと、事情を話し始めた。
「あの、私、メイといいます。ターチの町から、お姉ちゃんの薬を買いに来たんですが……乗ってきた馬車に置いていかれて、町に帰れなくなっちゃったんです。ターチの町は、ここから東の山を越えたところで……だから、そこまで一緒に連れて行って欲しいんです」
「ターチの、町……?」
「えーと……」
Aが手持ちの地図をめくり、指で辿る。
「……あった。ターチの町……ああ、そりゃ冒険のルート外の町だな」
冒険の、ルート。
魔王討伐に駆り出された世界中の勇者たちのために、冒険のルートというものが予め、定められている。
ルートに含まれている村や町、城は、彼らのために武器屋や道具屋、教会など旅に役立つ設備が整えられ、Aのように、旅のヒントを与える"村人"が配備されているのだ。
つまり、この、少女の言うターチの町、とはそのルートから外れた町であり、冒険者である勇者にとって、立ち寄ることに、何の得もない。必要の無い、場所なのだ。
「どうすんだよ。行ったって何にもならねーぞ」
「うーん……。まあでも、そういうことなら仕方ありませんよね」
「…………」
「よし。お受けしましょう!」
Aの忠告も虚しく、お人好しの勇者はその申し出をあっさり受けてしまった。
「責任をもって、あなたをターチの町まで送り届けますよ。……あ、Aさんも、良いですよね?」
「……へ?」
なぜ俺に?
当然のように自分に聞いてきた勇者に、Aは驚いた。
「……いや、俺はもう、帰るから……。お前、連れて行きたきゃ、連れていけば」
「はあ!?」
くわっ!と勇者が般若のような顔でAを睨んだ。
「何言ってるんですか!ダメですよAさんも一緒じゃないと!」
「!なんでだよ!……あ!お前、まさか寂しいとか、そういう……」
「そうじゃなくて!」
僕ひとりで目的地にたどり着けるわけないじゃないですか!!
勇者は声高に叫んだ。
「言ったじゃないですか。僕、方向音痴なんですから」
「……あ」
そこでやっと、Aは自分がこの旅に同行させられたそもそもの理由を思い出した。
「だからAさんも来てください」
「……ええー……」
「ねえ、Aさん。彼女は病気の姉のためにここまで来たんですよ。こんなに幼いのに、たった一人で!」
「うっ……」
「あなた、こんな健気な少女を見捨てて帰るというのですか?僕といつ帰れるかも分からない旅をさせてもいいと?」
「ううっ……」
「あ、あの……早く、薬を届けないと……お姉ちゃんの病気が……」
「ほら!Aさん!」
「ーー……ああーもー!」
メイの言葉がトドメとなり。
「わかったよ!ターチの町までな!」
Aはとうとう、白旗をあげた。
「わーい!よかったですねー!メイさん!」
「は、はい!ありがとうございます!」
手に手をとってくるくる回る二人。
こうして、不本意ながらAの冒険はあともう少し、続くこととなった。
「Aさん!また一緒に頑張りましょうね!」
「うるせー!この勇者モドキが!」