ひょんなことから
再び、村人の日常が戻ってきた。
あの後も、続々と勇者たちが村に訪れた。彼らはみな、定められた村人からのヒントだけできちんと井戸のカギを見つけることができ、宝物庫から必要なものを持ち出していった。
まさに、用意されたシナリオ通りの、展開。
誰も彼もアイテムを獲得するとすぐに村を出ていった。
この村に滞在したのは長くても3日ほど。
無駄のない、効率のよい冒険だ。
「……ふっ」
誰も"あいつ"のように、何日も無駄に浪費したりはしなかった。
当然だ。
"勇者"として。
世界を救うことを目的とするものとして、それは当然、元々、備わっていなければならないスキルだ。
こんな序盤の小さな村で、いつまでも留まっているわけにはいかない。
……けれど。
それを。
そんな彼らのことを。
どこか味気ない、と思ってしまうのは、果たして気のせいなのだろうか。
それとも。
不器用な"あいつ"のせい、だろうか……?
「……いかんいかん!毒されてるぞ、俺!」
村人は雑念を追い出すように頭を振り払った。そして、手にもったクワを振り上げると、ざく、っと畑の土に、突き刺した。
その時。
「……ふうー……。ようやく着いたか……」
「…………」
クワの音に混じって、声がした。
「あー、疲れた。結構遠かったなあ……」
村の、入り口のほうから聞こえた気がする。
また、新たな勇者が訪れたのだろうか。
「……あれ?なんだか、あまり街っぽくないなあ……」
村人は、ピタリとクワを振る手を止めた。
どうも、聞き覚えのある声だ……。
「……おや?あ!あそこに居るのは……」
そして。
「Aさん!Aさんじゃないですかー!」
その予感は、的中した。
「Aさーん!」
「…………」
「どうしてここに……うがッ!」
嬉しそうに、手を振りながら走り寄ってくる"あの"勇者に、村人は黙ってローキックをかました。
「いたっ!?痛いですよAさん!」
「……お前」
足の痛さに地面にへたり込みじたばたともがく勇者。
それを見下ろしながら、村人は冷静に尋ねた。
「なんでまだここにいんだよ」
「……は?」
「次の街に行くって行ってただろ。なんでここに居る」
勇者はきょとんとして村人を見た。
「……?えっと……」
「…………」
「ここは、シジの街では……」
「ああ!?」
村人は強めに突っ込んだ。
「っちっげーよ!」
「!?」
「ここはカザの村だ!」
「な……なんと!?」
「どう見たって街って規模じゃねーだろ!よく見ろ!」
「……?」
勇者は辺りを見回した。そして、言われてみれば……と、呟いた。
「何故……」
「なあ。俺、言ったよな?街への行き方、お前に教えたよな!?」
「あ……はあ……」
「南に行って!西に行ってって!それでどうやってまたここに戻ってきたんだよ!ああ!?」
「……す、すみません……」
勇者は項垂れた。
「どうも……どこかで何かを、間違えてしまったようです……」
どこをどうしたのかはわからないが、どうやら彼は、シジの街に行くつもりで途中方向を間違え、そして巡り巡って、また元の場所に戻ってきてしまったらしかった。
「じ、実は僕、すごく方向音痴みたいで……その、ここまでは他の旅の人たちに着いて、なんとなく来ることができたのですが……」
「…………」
「どう、しよう……」
途方にくれて、しゅん、と肩をすぼめる勇者。
村人はゴミ捨て場の端に落ちたみかんの皮を思い出していた。
何故かは本人にもわからない。
「…………」
「あ……、あの……」
「…………」
「…………うぅ……」
「……はあー……」
村人は、やれやれと大きなため息をついた。
「ちょっとお前、そこで待ってろよ」
「?はい?」
「いいから」
そう言うと村人は一旦家に戻り、大きめのリュックに幾らかの食べ物と、数着の着替えを詰め込み、勇者のところへ戻った。
「行くぞ」
「……へ?」
「シジの街。そこまで一緒に行ってやるっつってんだ」
「!?い、いいんですか……!」
「それ以外にお前がこの村から離れてくれる手立てはないようだからな」
「あ……あ……」
勇者の顔が、ぱああっと明るくなる。
「ありがとうございます!Aさん!」
勇者はニコニコと嬉しそうに礼を言った。
まったく。
妙なやつになつかれてしまった……。
しかしこいつを放置しては、下手をするとこのままこの村の住人に成ってしまいかねない。
こいつにうろちょろされてたら、おちおちクワを振ることもできないからな。
さっさと追い出すためだと、村人は自分に言い聞かせる。
収穫期に向けて、農夫にはやるべきことがたくさんあるのだから。
「うわー嬉しいな!本当にありがとうございます!Aさん!」
勇者は村人の手をとり、ブンブンと上下に振った。
「Aさんが一緒なら心強いです!」
「その、さっきから呼んでるのはなんなんだよ」
「え?」
「Aさんって」
「……?」
勇者は首をかしげた。
「Aさんが自分で言ったんじゃないですか」
「は?」
「名前を尋ねたら。『俺はただの村人Aだ』って」
「ちげーよ!」
「ええ!言ったじゃないですか」
「いや、言ったけど!確かにそう言ったけど!俺はただの村人Aだって意味で言ったんだよ!」
「はい?」
「だから、俺はただの村人Aなわけで!ただの村人、その名もA、みたいなことじゃねえって……!」
「……、はい?」
「……、もういいわ。それで……」
村人は、諦めた。
こうして、勇者と村人改め、Aの冒険が始まったのだった。