大切な
…
……
………
どこだ、ここ。
何もない。何もない、空間。
俺はどこに、どこに、行けばいいんだろう。
どこに…?
「あらあんた、ずいぶん大きくなったわねえ」
?誰だ。俺に話しかけるのは…。
「逞しくなって!お父さんに似たのかしらね」
うるせえ、声だなあ…。
「ごめんね。私の言葉が、ずっとあんたを縛り付けてたのね」
何、言ってやがる。
「あんたは昔から、村の人とはどこか違ってた。でもそれを一生懸命隠そうとしてたの、知ってるよ」
…………。
「あんたはね、好きな場所に行きなさい。好きに生きていいの」
ー……あんた……。
「楽しく生きること。それが何よりの、親孝行なんだから」
ああ、もしかして…
「さあ、お友だちが待ってるよ。早く行きなさい」
もしかして、あんたは…
「………、……」
「……さ……」
「え………さん……」
ああ、聞こえる。
俺を、呼ぶ声だ。
「ほら。早く行きな」
……あなたは…………。
「…、元気でね」
あなたは、俺の……!
「母さん…!」
「Aさん!Aさん…!」
Aが消滅する。勇者はただ、Aの名を呼び続けていた。
「Aさん!戻ってきてください!Aさん!」
その時。
ーミィーー!
「!」
聞き慣れた声がした。
「き…君は…」
「ミー!」
「…コロ!」
「ミィーーー!」
コロはAの上を旋回すると、一際高く鳴いた。
キラキラ、と青い尾羽が輝きだす。
「…!ああ…!」
すると、Aの体がすう、と元に戻り始めた。
「まさか……!」
「ミィー」
「Aさん!Aさん!」
Aが、ゆっくりと目を覚ました。
「Aさん!」
「……」
「Aさん!Aさん!」
「…あ?」
「ああ…!よかった!Aさんが戻ってきた…!」
Aの無事を確かめ、勇者は泣いて喜んだ。
「Aさん。コロ、コロが、Aさんを戻してくれたんですよ」
「コロが…?」
「はい。状態回復魔法をかけて…」
Aはコロを見た。
あの頃より体も大きく、尾には青い飾り羽根をたくわえている。
コロはしっかりと成長した。そして、戻ってきてくれたのだ。
自分達を、救うために…。
「…勇者」
「はい?」
「俺たちも、やろう」
Aは痛む体を無理矢理起こすと、袋からつるぎを取り出した。
「ほら」
「Aさん…これは…」
「取れ」
Aが差し出したもの。それは、勇者のつるぎだった。
「でも、僕は…」
勇者は躊躇った。
このつるぎは、かつて自分を拒んだ。
自分の存在を、否定したのだ。
「勇者」
「……っ」
「このままじゃ、お前も俺も、コロも。世界が、滅びるぞ」
「!」
「俺たち、たくさん守ってもらっただろ。だから、今度は俺たちが、やろう」
Aは勇者の手をとると、つるぎを握らせた。
「勇者。信じろ」
「……」
「お前は、勇者なんだ」
「!」
勇者のつるぎが、光りだした。
「こ、これは…!」
錆びてボロボロだったつるぎが、美しい刀身を現した。
「Aさん…僕、僕…!」
つるぎは勇者の手を弾かない。
勇者のつるぎが、勇者を認めたのだ。
『ふふ……勇者の、つるぎか…』
魔王は勇者をぎろりと睨みつけた。
『ちょこざいな…貴様らコバエ共がもがこうとも、決してそのつるぎは私には届かない!この世界は、闇に包まれる運命なのだ!』
魔王は闇の力を解放させた。
闇の壁が魔王を包み込む。
「…!こ、これでは…」
『ふっふっふ…』
闇の波動が迸る。
「ーーっ!!」
「勇者」
「!」
「怯むな」
ーキィィィィィ……ン……
『!』
魔王の闇に、歪みが生じた。
『何…!?』
「道なら俺が、作ってやる」
Aの手から、光の球が現れる。
ゆっくりと大きくなっていくそれを。
Aは力一杯、投げつけた。
『…!そ、それは…!?』
「…おらあっ!!」
光の球は、魔王の闇の壁を突き抜け、穴を開けた。
「勇者!今だ!」
「!はい!」
勇者が走り出す。
「…大丈夫。今のお前なら、いける」
Aは見ていた。勇者の瞳に、確かな正義の炎が燃え出したのを。
「そうだ。僕が、守るんだ。Aさんや、コロ。今まで出会った人々。この世界の大切な人たちを、僕が……!」
勇者がつるぎを振りかぶる。
「勇者あー!」
Aが叫んだ。勇者に力が漲る。勇気が湧いてくる。
「僕がこの世界の、勇者だー!!」