まさかの再会
「ねえ、Aさん」
魔王の城への道の途中。短い休憩の時、勇者が言った。
「そういえば僕たち、今まであまり、自分のことを話してなかったですよね」
「…話?あー、そういえば、そうだな」
勇者の淹れた珈琲を啜りながら、Aは思い返した。
勇者が自分のことを話してくれたのは、以前、彼が作った料理を褒めた、あの時と…
「さっきの、お前の弱虫話くらいだな」
「あはは…先程は本当に、失礼しました」
今になって恥ずかしくなったのか、勇者は苦笑しながら言った。
「だから僕、今度はAさんの話を聞きたいんです。僕がAさんのことで知っているのは、農業を生業にしてきたということくらいですし…」
「うーん…つってもなあ…」
Aは頭をガシガシとかいた。
「大して面白い話はないが…。それでも、聞きたいか?」
勇者はにこにこ笑って頷いた
「じゃあ、まあ適当に聞いてくれや」
そう言って、Aはもう一口珈琲を飲んでから、話し始めた。
「前も少し触れたかもしれんが、俺の家は代々百姓でな。でも親父が早くに流行り病で死んじまって。それからは母さんが土地を継いで、畑を続けてたんだ」
「お母様が、おひとりで…?」
「そ。俺が手伝えるようになるまで、ひとりで全部やってた。だから俺の農業の知識は全部、母さんからもらったもんなんだ。母さんは親父から。親父は、たぶんそのまた親父からもらったんだろうな」
「まさに、代々続いてきた技術なんですね」
「そうそう」
勇者の相づちに、Aは嬉しそうに応えた。
「でな、少し前にその母さんも、死んじまってな」
「!そうでしたか…それは…」
「…ああ。苦労ばっかかけて、親孝行もしないまま、死なれちまったよ」
Aはすうっと、遠い目をした。
「母さんが…いよいよ危ないってときにさ。母さん、言ったんだ。この仕事は、誰かを腹一杯にしてやれる仕事だって。みんな腹一杯にしてやれば、きっと誰も、争いなんかしなくなる。農業は長い時間をかけて、いつかきっと、世界を救うよ、ってさ。土で真っ黒になった手で、俺の顔撫でながら…そう、言ったんだ」
「Aさん…」
「そんで、それからは俺があの土地を継いで、農夫やってたのさ」
「そう、だったんですね…」
勇者は俯いた。
「そうとは知らず、僕、今までAさんにとんだ無礼を…。それほどの大切なものを置いて、Aさんは僕との旅に、ついてきてくれたんですね」
「ははっ。まあな」
「…僕、情けないな。甘ったれだ…」
「まったくだぜ」
Aは丸くなった勇者の背中をスパンと叩いた。
「ま、お前は面倒なやつだが、悪いやつじゃない。みんないろんなことがあって、誰だって悩んだりするんだなって、お前のおかげでわかったしな」
「Aさん…」
「さて。無駄話はここまでにして。ほら、見えるか。あれが魔王の城だ」
「!あ、あれが…」
道の先。丘の上に見える、大きな城。
高い城壁で囲われたそれは、遠目からみてもわかるほどに、おどろおどろしい妖気を放っている。
ーウワアアアア!たすけてくれえー!
その時。
悲鳴をあげながら、門から人間たちが飛び出してきた。騒ぎながら、二人の居る方へ走ってくる。
「もうやめだ!なんだよあの門番!勝てるわけないよ!」
勇者と、女戦士と、魔法使いの三人パーティのようだ。全員、ズタズタである。
「勇者さま!もうアタシ嫌!ムリ!」
「帰りましょう!これは人間の手には負えませんよ!」
「ああ!よし!船に乗れ!」
一行は、ほうぼうの体で逃げ出していった。
「…やっべえ」
「やっばいですね…」
城への一歩は、果てしなく遠そうだった。
「さて。どう侵入するか」
城の前。物陰に隠れて、Aと勇者は様子を伺う。
「まずは塀の中へ入らなければなりませんよね…」
「しかし、さっきのやつら、門番がどうとか言ってたよなあ…」
あの勇者一行をボロボロにした、門番とやらはどれほどの力を持っているのだろうか。
普通に行ったら、あっという間に殺されてしまうかもしれない。
「…チラッと、顔だけ見てみます?」
「そうだな。ダメそうなら、すぐ逃げよう」
心を決め、二人は影からそっと覗き見た。
「…あれ?」
「あ!」
門の前に、立ちふさがるもの。
「あいつじゃん!」
それは間違いなく、以前祠にいたあの黒煙だった。
「あいつ、住むとこ無くなって城に就職したんか!」
「結構行動力ありますね!」
思わぬ再会に、少しテンションの上がる二人。
「お前、笛持ってる?」
「もちろんですよ」
勇者は袋から精霊の笛をとりだした。
「ここから吹いてみようぜ!効くかどうか」
Aは笛を吹いた!
不思議な音色があたりに響く!
ーぐああああああ…!!
黒煙は苦しんでいる!
「効いてる効いてる!」
「いけそうですね!」
吹くのをやめると、黒煙も苦しむのをやめた。
黒煙はわけがわからず、不思議そうに辺りを見回している。
Aはもう一度笛を吹いた!
不思議な音色があたりに響く!
ーウワアアアア!
黒煙は苦しんでいる!
「…天気の悪い日の、偏頭痛持ちみたいだな」
「Aさん、さすがにちょっとかわいそうですよ…」
「うむ。よし、じゃあ交渉に移るか!」
そう言うと、Aは笛だけ持って、黒煙の前へ姿を現した。
ーグググ…オ、オ前ハ…!
「よお、久しぶり」
Aはおどけて言った。
ー何ノ、用ダ……
「ふふーん」
Aはスチャッ、と笛を出して見せた。
ー!マ、マタカ…!
黒煙はずず、と後ろにのけ反った。
よほどこの音色は効くのだろう。黒煙はすっかり縮こまってしまった。
「まあまあ。俺たち、今回は別にお前と戦うつもりはないんだよ」
ー……。
「それよりさ。聞きたいのは」
Aが一歩前に出る。
「…魔王のいるところなんだけど」
ー……。
「お前、知ってるか?」
勇者が笛をちらつかせる。
黒煙は渋々、頷いた。
「おお!で、どこなんだ?」
ー…火薬塔ノ、奥ノ、部屋…。
「敵は?どのくらい居る?」
ー中ボスガ、四人、イル…。
もはや脅迫である。
勇者はさすがに黒煙が気の毒になった。
「四人もか…。いちいち戦ってたら体力がもたねえよなあ…」
「ええ…」
「めんどくせえなあー。裏口とかねえの?」
ーアルゾ。
「あるのか!」
黒煙は城の裏側の扉を指差した。
ー…アレ、スタッフ専用通路…。登ッテ行ケバ、スグニ魔王様ニ、着ク…。
「よっしゃあ!」
Aはガッツポーズした。
「これで楽に行けるぜ!」
「ありがとうございます。すみません…せっかくお仕事、してらしたのに…」
ー別ニ…。
黒煙が、さみしそうに呟く。
ーコノ仕事モ、モウ飽キタシ…。ドコカ別ノトコロニ、行コウト思ッテタトコロダ。
「…そう、でしたか…」
ーアマリ、戦ウノハ好キジャナイシナ。
「…ごめんなさい」
勇者が、黒煙に頭を下げた。
「あの…、僕たちが祠を追い出したから、仕事を探さなくちゃいけなくなったんですよね…」
ー……イヤ。
黒煙は首を振った。
ー潮時ダッタンダ。イツマデモ彼処ニ居ラレナイノハ、ワカッテイタ。
「でも、ここを辞めて、他に行く当てはあるんですか…?」
ー……。
顔を曇らせる黒煙。
すると、Aが提案した。
「なあ。お前、行く当てないならさ、街に行ってみたら?」
ー……街?
「そこ、モンスター達が畑やりはじめたんだ。だから仕事は山ほどあるぜ」
「!それ、いいですね!」
勇者がぽん、と手を打った。
「農業なら戦うこともないですし。働きながら、他のモンスターとも仲良くなれますよ」
ー…仲、良ク…?
「そうです!」
黒煙は首を傾げた。
ー仲良クッテ、何ダ。仲良クナッタラ、何ガ起キル?
「仲間になるんですよ」
ー……ナカマ?
「はい。きっと、楽しいですよ」
勇者はにっこり笑った。
ー……、考エテ、ミル…。
そう言って、黒煙は裏口の扉の鍵を開け、二人を中に入れた。
ー…シッカリ考エタイカラ、我、暫クココニ、立ッテル。
「?」
ーダカラ、モシカシタラ、他ノモンスター、邪魔ダカラ、追イ払ッテシマウ、カモシレン。
「!」
彼の意図に気付き、勇者は礼を言った。
「ありがとう」
ー…別ニ。オ前ラノ為ジャ、ナイシ…。
黒煙はふい、とそっぽを向いた。
照れてやがる、とAは茶化した。




