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あなたの名前

そして、翌日。

「……あの」

あの勇者が、再び現れた。

「どうも………」

「…………」

「……すみません……。言われたとおり、次の街に行こうかと思ったんですけど……」

村人はそそくさと帰り支度をはじめた。

「い……いや!ちょっと!待ってください!」

勇者は村人にしがみついた!

「話を!話を聞いてください!」

「うるさい!もう話すことなんてないんだよ!俺の仕事は終わったの!」

「お願いします!聞いてくださいい」

「離せえええええ」

「あなたしか!あなたしか頼る人がいないんですうううう」

ひっぺはがそうとする村人に離れまいと必死でふんばる勇者。

ぐだぐだとしたやり取りが続く。

「お前勇者だろ!村人に何言ってんだ!」

「だって僕ひとりじゃどうにもならないんですうぅぅー」

「そんなんでこの先どうやってやっていくつもりだ!少しは自分で考えろよ!」

「それなんです!」

「あ?」

「街に向かおうとしたんですけど、モンスターが強すぎてちっとも先に進めないんです!」

「…………!」

ぴた、と村人はもがく手を止めた。

「……そういえば……」

「?」

まじまじと、勇者の体を見る。

「な、なんですか……」

「……お前、なんでそんな安……質素なんだ?」

一応、言葉は選んだ。

「は……質素、ですか?」

「だってよ……」



勇者のそうび


ひのきの棒

皮のよろい

なべのふた


である。


村人の思い返す限り、ここを通った他の勇者たちは誰もみな、この勇者よりももっとしっかりとした装備だった。

「お前のそれ、どう見ても勇者っぽくないっつーか……ほぼ、普段着じゃねーか?」

「ああ。これは冒険の初めに僕の城から支給されたものでして……」

「?なんで新しいの装備しないの?」

「?え、お金が無くて」

「前の街でカジノの主人と話さなかったか?」

「かっ!カジノ!?そ、そんなの、勇者の行くところではありません!」

ふしだらな!と憤る勇者に、村人は拳骨を落した。

「ばか!みんなそこではがねのつるぎ貰うんだよ!」

「あいたた……。ええ!?そ、そうだったんですか……」

「そんな棒キレが役に立つわけねーだろうが」

「ああ……な、なるほどそういう……」

「ったく……」

村人ははあ、とため息をついた。

「……まあ、過ぎちまったもんは、仕方ない。この村の武器屋で装備を整えればいい。ちなみに、お前、今どんくらい金あるんだ?」

「お金?えっと……」

勇者は鞄から小銭入れを取り出した。その時点で、村人は嫌な予感しかしなかった。

「えー……、にじゅう、さんじゅうの……に。32Gです!」

「はあ!?32!?」

村人は驚愕した。

「たった32Gしかないのか!?」

「は、はい……」

「なんで!」

「えと……薬草を、たくさん買ったので……」

「薬草!」

「それももう、昨日モンスターに会ってしまった時に全部使い切ってしまったのですが……」

「…………」

村人は頭を抱えた。

「……お前、レベルいくつ?」

「3です」

「3!」

この村に来る旅人のレベルは、誰も大体15くらいまでは上げてきている。勇者のレベルでは低すぎる。

「お前、レベル上げしてないのか?ここに来るまでに」

「は、レベル上げ、とは?」

「敵と戦って戦闘の経験を積むんだよ」

「!」

勇者は目からうろこ、という顔をした。

「知らなかった……そうか……そんな方法が……」

「そんなことも知らないで、よくここまで辿り着いたな。逆に感心するわ」

村人は脱力した。

こいつに言いたいことは、たくさんある。

が、説教をしたところで、こいつの旅は進まないだろう。この冒険に関しての鈍感さと不器用は直りそうもない。きっとこいつは旅に詰まるたびに何度でも自分のところへ来るだろう。

ならば。

「……いいか。お前、俺の言うとおりにしろ」

村人は、結論を出した。

「まずはレベル上げだ。この村の周りをぐるぐる回って、モンスター達と戦うんだ。それで金と経験値が手に入る」

「は、はい!」

「無駄に薬草を消費するな。死にそうになったら宿に泊まれ。宿泊料以上の額を稼げれば収支はプラスだ」

「なるほど……!」

村人は、このあまりにも要領の悪い勇者に、いや、勇者モドキに、自分の知っているだけの、旅の知識を授けることにした。

やり方さえ覚えればあとは一人でどうにかするだろう。

そしてこいつをこの村から出してしまえば、その後こいつがどうなろうと、こちらの知ったことではない。

「んで、ある程度金がたまったらそれで武器と防具を買え。そうすりゃだいぶ戦闘が楽になる」

「はい!」

「この村で一番高い武器と防具を揃えて、レベルが20まで上がったらまた来い。次の街までの行き方を教えてやる」

「わかりました!では、早速、行ってきます!」

やる気いっぱい、勇者は村の外へと走り出していった。



ーそれから。

最初は村の外に出ても、すぐにボロボロになって戻って来ていた勇者だが、回数を重ねるにつれて、徐々に外に居る時間が長くなり、並行して装備もしっかりしたものになっていった。

一週間で、彼は村人の出したノルマをこなし終えた。

「おお。だいぶ様になったな」

すっかり逞しくなった勇者を見て、村人は言った。

「もう旅に戻っても大丈夫そうだな」

「はい。……本当に、あなたにはなんとお礼を言ったら良いか……」

勇者は村人に、頭を下げた。

「……よせよ。照れるじゃねーか」

村人は勇者の肩をばしんと叩くと、手に持っていた、小包を手渡した。

「ほれ」

「?なんですか?」

「ほんの餞別だ。持っていけ」

「!これは……薬草……!」

小包のなかは、薬草の束だった。

「街まで、まあ、ちょっと距離あるからな。一応余分に持ってたほうがいい」

「……!!」

勇者はひどく感激した様子で、大事そうにその小包を自分の鞄に仕舞い込んだ。

「いいか。ここから南に行くと岩場に出る。それに沿って西にしばらく進んだところに、次の街…シジの街があるからな」

「……、はい」

「気を付けて、行けよ」

村の門の方へと、勇者の背中を押す。

彼は歩き出す。が、二三歩進んだところで、くるりと振りかえった。

「あの……!」

「ん?」

「あなたの名前を、教えていただけませんか……?」

「……俺の?」

「はい。僕に道標を下さった、あなたの名前を、覚えておきたいのです」

「…………」

村人は面食らってしまった。

そして、少し考えた後で、こう答えた。

「俺は……俺は、ただの村人Aだよ」

「村人……A……?」

「ああ」

不思議そうに聞き返す勇者に、村人は頷き返す。

「俺はただのいち、"村人"だ。お前は"勇者さま"だろう。俺のことなんて、覚えておく必要はないんだよ。さ!魔王の城まで、先はまだまだ長い。早く、行けよ……」

「……、はい」


勇者は今度こそ村を出ていった。

その後ろ姿を見ながら、村人は、少しだけ、変な気持ちになった。


あいつを見るのも、これで最後だ。


村人は空を見上げた。雲ひとつない、抜けるような青空だった。

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