悲しきギャンブラー
「さあ食え!」
道中の食事係を、勇者に代わってAが担当した。
「俺だってずっとひとりで生活してたんだからよ。多少は作れるんだぜ」
「……」
勇者は答えない。
「ほら、この魚!綺麗に捌けてるだろー?」
「……」
「昔から得意なんだぜー。魚捌かせたら俺に敵うやつはいないね!」
「……」
勇者はまだ、コロとの別れから立ち直れていなかった。
「……ほら、勇者。食べてみろよ」
「……」
「……そりゃ、見た目はちょっと悪いけどよ。田舎もんの料理なんてそんなもんだぜ?」
「……」
「食欲なくても、ちゃんと食べないと。体がもたないんだからな」
「……」
「勇者」
「…、はい」
「よし。ほら、食べろ」
ようやく食事に口をつけた勇者を確認してから、Aは自分の分を食べ始めた。
「もぐ…もぐ…」
「もぐもぐ」
「…Aさん」
「ん?」
「これ、生煮えです」
「……あ、そう?お前のだけじゃねえかな?」
「…あと全体的に味が濃いです」
「そんなことねえよ!ったく……」
Aはスプーンを乱暴に自分の口に突っ込んだ。
「これだから都会育ちの坊っちゃんは……。いいか?汗水垂らして働いてる大人にはなあ、このくらいがちょうどいいんだよ。人生の塩っ辛さってやつ!ま、お前にはまだわかんねーかな!この味がさ!」
「…………」
「これが男の料理ってやつだ。武骨な男の武骨な味!なあ、お前もそう思うだろ?コ…」
言いかけて、ぴた、とAの動きが止まる。
「…Aさん」
Aの唇が、ぶるぶる震えだした。
勇者にはわかっている。今、Aが何と言おうとしたのか。
「ああ…いや、何でもねえ…」
Aは、無意識にコロの名前を呼ぼうとした自分に、動揺していた。
早くに親を無くし、ずっとひとりで生きてきたAにとって、コロは確かに、家族の一人だったのだ。
「ごめんなさい。Aさんもつらいんですよね」
「…違えよ」
「Aさん…」
「だから、ちょっと間違えただけだって!…いいから、早く食えよ」
「……」
「ちゃんと食って、強くなってくれよ。んで、さっさと魔王のやつを倒してくれ」
「……」
「そしたら、モンスターも戦わなくてよくなる。コロだって、平和に、暮らせる」
「Aさん…うう…」
「料理、まずくて悪かったな。明日からはまた、お前に任せ…」
「Aさあああん!」
「!?や、やめろ、べたべたすんな!」
「泣いていいんですよお!一緒に泣きましょう!」
「うるさい!!早く食え!!」
一通り騒いで、どうにか勇者もAも、寂しさを乗り越える用意ができたようだった。
一行は次の街、ザタの街に着いた。
「大きな街ですねえ…」
勇者がキョロキョロと見回す。
派手な建物。ギラギラ光るネオン。喧しい音、音、音…。
ザタの街は、冒険ルート内では一、二を誇る大きな繁華街なのだ。
「行くぞ勇者」
「どこにですか?」
Aはにかっと笑った。
「カジノだ!」
そう。このザタの街には巨大なカジノがあり、それを目当てに世界中から人が集まってくるのだ。
「!僕達、遊んでいる場合では…」
「違えよ!目的は景品だ!」
「?」
「魔王の本拠地にはモンスターが大勢いるだろ?普通に行ったら人間は城に入る前に殺されちまう。だから、モンスターの振りをして行くんだ。ここの景品、変化のマントでな」
「!そ、そんなものが…」
「おう。お前の代わりに町で情報を集めといたんだ。感謝しろよな」
「Aさん!すごい!」
「ふっふっふ。さあ、行こうぜ!男の戦場に…!」
若干テンションがおかしいAに押されるようにして、勇者は男の戦場に足を踏み入れた。
「うわっ、うるさい…」
入るなり騒音に勇者は耳を塞いだ。
「あーお前こういうところ初めてか」
「え、ええ…曲がりなりにも勇者ですので…」
「ま、すぐ慣れるさ。まずは金をコインに換えてもらおう」
「はい?なんです?」
「ギャンブルをするには、ここの通貨であるコインを買うんだ。コインじゃないと賭けはできないし、景品とも換えられないんだ」
「あ、だったら景品に必要な分のコインを買ってしまえばいいのでは。わざわざギャンブルしなくたって…」
Aは黙って景品のリストを勇者に見せた。
「変化のマントは3等だ。本日のレートを参考にいくらかかるか計算してみろ」
「え、えーと、レートがコイン一枚30Gですから…三万枚だと…90、万G…!ですか…」
「な?買えねーだろ?」
「…ですね」
勇者がしょんぼりと肩を落とす。
「まあ、せっかくだしよ。楽しもうぜ。たまにはいいだろ」
「あ、でも僕、ルールとか知りませんよ」
「ああ。じゃあほら、あそこのスロットマシンにしようぜ。あれならレバー引くだけだ」
「は、はい!じゃあ、それで…」
二人はコインを買い、マシンの前に並んで座った。
「コインはここに?」
「そうだ。そんでレバー引け」
「これですか?」
「違えー。そりゃ隣のマシンのだ」
「あ、こっちですね」
ーガシャン!
「おお!なんか回りました!」
「うん。そのマークが揃ったら当たりだ」
「これだけですか?」
「おう。時間はかかるがとりあえずこれでいこう。多分、勇者一行用に緩めに設定されているはずだからな」
「はい!頑張ります!」
ーガシャン
ピロピロピロ
ーガシャン
ピロピロピロ
ーガシャン
ピロピロピロ…
「……」
「……」
「…なんか、暇ですね。手持ち無沙汰というか…」
「そうだなあ…」
ーガシャン
「じゃあなんか話でもするか」
「話?」
「好きな女のタイプとかどうだ」
「た、タイプ、ですか」
「おお。何かあるだろ。勇者さまでもよ」
ーガシャン
「そう、ですねえ…。えっと、僕は…あまり派手じゃない人がいいかな」
「ほう」
「こう…明るくて、素朴で…一生懸命な人がいいです」
「うんうん」
ーガシャン
「あ、あと、ちょっと不器用だったり、変に抜けてるところがあったりすると、いい、なあ、とか…」
「あーはいはい」
ーガシャン
「お前あれだろ。歯磨き粉のこと、『ねり』っていうような女、好きだろ」
「あ、わかりますか!」
「わかる」
ーガシャン
「Aさんは、どういう人が好きなんですか?」
「俺はな、綺麗な女がいい」
「へえ」
「ちょっと気の強い感じで。近寄りがたいっつーかよお」
「ふむふむ」
ーガシャン
「パッと見完璧なんだけど。でも、実は音痴、みたいなのがいい」
「ああー、なるほど。あの、とても綺麗なのに、致命的にリズム感がない、みたいな感じですよね」
「わかるか!」
「わかります」
ーガシャン
「そんで、人知れず恥ずかしそうにしてると、尚、いいな」
「わかります!」
「わかるか!」
ーガシャン
リリリリリリリ…!
「お!」
突然、Aのマシンがけたたましく鳴った。
「おおおー!こいつはまさかの…!」
じゃらじゃらとコインが流れ出てくる。
「当たった!」
「やった!これでマントがもらえますね!」
「だな!」
ーお客さま。
「!」
突然現れた胡散臭いボーイ。
彼はAにわざとらしいくらい恭しく、礼をした。
「大当たり、おめでとうございます」
「おう。どーも」
「実は本日、サービスデイでございまして。本日限りの特別な景品がございますが…」
「?いや、俺は…」
「どうぞご覧ください」
ボーイがパチンと指をならすと、ステージにぱっとスポットライトが当たった。
「ご紹介致しましょう!スペシャル景品の、ピンクバニーちゃんです!」
派手な音楽と共に、セクシーなバニーガールが現れた。
「うおー!バニーちゃーん!」
「バニー!」
他の客がわいわいと騒ぎ出す。
ボーイはAに耳打ちした。
「お客さま。スペシャル景品とは、今日一日あの子を自由にできる権利でございます」
「何!」
「2万コインで、あの子を好きにできますが」
Aの目の色が変わった。
「ちょ!ちょっと、Aさん!」
「いかがでしょう?」
「うーむむ…」
Aは悩んでいる!
「Aさん!ダメですよ!僕達には目的が!」
「あ、ああ…」
ボーイがちらっと目で合図をした。
バニーガールは、ステージを下りてAのもとへと近寄ってくる。
「おお…」
「いかがです?」
間近で見ると更に迫力のあるボディだ。
バニーガールは色っぽく髪をかきあげた。
「ねえ、おにーさん…。私と、…しない?」
ピンクバニーの投げキッス!
「え、Aさん…」
「頂きます」
Aには効果ばつぐんだ!
「据え膳食わねばなんとやらだ!俺は食うぜ!」
「ちょ、Aさん!」
「何故なら俺は男だからだ!太く生きるぜ!」
「はい、確かに2万、頂きましたー」
「うわあああ!Aさん!Aさーん!」
Aはピンクバニーと共に、奥のピンク色の部屋へと消えていってしまった!
「Aさん…!多分、その人は… 」
Aはベッドの前でバニーガールに対峙した。
「い、いいんだよな?」
「やだ、お客さまったら。堅いのね」
「ま、まあ、1度痛い目見てるからな…」
「?」
「一応、確認はしておかないと。いいんだな?な?」
「ええ。あなたのしたいこと、なんでもしちゃってっ」
「よっしゃあああ!」
Aはバニーに抱きついた。
「バニーちゃん!」
「いやあん」
「バニーちゃ…んん?」
盛り上がってきたところで…。
Aは太股のあたりに違和感を覚えた。
何か、固いものが当たっているような気がする。
「?」
気を取り直して、Aはバニーの胸元に手を差し込んだ。
ーブニョ
「っ…!なんだ…?」
妙な感触!
Aは服の中から手を引き抜いた。
バニーの胸からスライムが現れた!
「!?な、なんなんなん、なんじゃ!こりゃあ!」
「あーら、気付いちゃったのォ?」
野太い声。
Aは恐る恐るバニーの股間に目をやる。
「!こ、これはまた、ビッグな…」
マグナムがあらわれた!
Aのよりも強そうだ!
「まさか…おま、お、おおお、男…?」
「そうだけど?」
最早ただのオッサンの声である。
「続き、する?」
「結構です!」
Aは逃げ出した!
しかしまわりこまれてしまった!
「待ちなさいよ」
「い、いやいやいや!もう帰る!帰るから!」
「イイじゃない。新しい扉、開けてアゲルからさァ」
「イヤーーーー!!!!」
「あ、Aさん。おかえりなさい」
Aが宿に戻ると、勇者は笑顔で出迎えてくれた。
「早かったですね。楽しかったですか?」
「……いいえ」
勇者はわざとらしく首をかしげた。
「え?女装した男に2万コインも使って、楽しくなかったんですか?」
「!?なんで…知って…」
「そりゃわかりますよ。あの胸、明らかに人工物だったじゃないですか」
「……怖かったよー!オカマ怖かったよー!わーん!」
「Aさん、太く生きるって楽しいですか」
「全然!もうしない!!」
「はい、こちら景品の変化のマントでございます」
その後、二人はコツコツコインを稼ぎ続け、三日かけてどうにかマントを手に入れた。




