いつか、また
「ふう…。やっと着きましたね」
一行は緑が美しいケーラの町へとたどり着いた。
「ああ…さすがにこの辺りの敵は強いな」
「僕、そろそろ装備も古くなってきたことですし、武器屋さんを回ろうと思いますが…Aさんはどうします?」
「そうだなあ。俺は、その辺散歩してくるよ」
「そうですか。じゃあコロ、僕と…」
「ミー!ミー!」
「コロ?」
「何だ?お前、俺と一緒に行きたいのか?」
「ミー!」
「そうか。勇者、お前ひとりでも大丈夫か?」
「はい!大丈夫ですよ。では、後で宿で落ち合いましょうか」
「あいよ。迷子になるなよ!」
「頑張ります!」
勇者とわかれ、Aはコロを連れ、町の外の、森へと向かった。
「はあー、風が気持ちいいなあー」
Aはぐぐ、と背伸びした。
呪いの兜がようやく外れて、久し振りに素顔に浴びる外気は爽快であった。
「涼しくなってきたなあ…。あ、そろそろミウゴの苗を植える時期か…」
ふっと故郷に思いを馳せる。
草を刈って、鍬を入れ、耕し、新たな命を育む。
太陽と、水。土と、そこに暮らすたくさんの小さなものたちの手を借りて…。
そうして出来たものから、人は命を分けてもらって生きている。
「土の匂いが、恋しいなあ…」
「ミー?」
「いや、なんでもねえさ」
土で真っ黒に汚れていたAの指先。今ではすっかり綺麗なものだ。
「…ふ」
「ミィ?」
「さて。散歩とは言ったものの…せっかくだし、資金集めでもしておくか」
「ミー」
「教会でだいぶ使わせちまったからな…。よし、もっと森の奥に行ってみよう」
「ミー!」
冒険も終盤。魔王の城まであともう少しのところまで来ている。
「俺達、二人と一匹だけのパーティだから。魔王戦に備えて、準備はしっかり整えておかないとな」
「ミー!」
「おお…だいぶ稼げたぜ…」
ずっしりと重い巾着を持って、Aはホクホク顔だ。
「そろそろ帰るか?」
「ミィー…」
コロは名残惜しそうに森の奥を見ている。
「どうした?」
「ミー!ミー!」
「?」
コロが激しく鳴き出す。
「!」
遠くの木陰から、バサバサと大きな影が飛び立つのが見えた。
「!あれは…」
「ミー!ミー!」
「……」
薄暗い空にきらきらと青い尾羽を光らせて、それは飛んでいく。
コロはその姿をじっと見つめていた。
「Aさん。これを見てもらっても、いいですか?」
帰ってきた勇者が、Aに分厚い本を差し出した。
「なんだこれ?」
「図鑑です。僕、ちょっと道がわからなくなったので、誰かに聞こうと道具屋に入ったんですが…」
「結局迷子になったんじゃねえか!」
「それはいいんです!で、そこでこれを見つけたのですが…とにかく、えーと、ここ!ここを見てください」
勇者はページの端を指した。
「これ…」
「似てないですか?」
そこには、コロにそっくりな翼竜が載っていた。
違うのは体の大きさと、尾に生えた、青い飾り羽だけ。
それ以外は、コロの特徴とほぼ一致している。
「それ、このあたりに生息する、モンスターを載せた図鑑です」
「…つまり」
「ここが、コロの故郷なのでは、ないかと…」
「……」
勇者とAは、互いに顔を見合わせた。
「どうする?」
「…Aさんは、どう思います?」
「……」
Aはしばし、思案した。
そして森でのコロの様子を、勇者に話した。
「…あれが自分の仲間だって、わかったんだろうな…」
「……」
「…ここが、あいつの故郷だっていうのなら。俺は、返してやるべきだと思う。あいつの、ためにも」
勇者に視線を送ると、勇者はこくりと頷いた。
「…いいのか?」
「はい。…僕も、Aさんと同じ意見です」
「…よし」
答えは、出た。
「明日、コロを森に返そう」
翌朝。二人はコロを連れて、森の奥深くへと進んだ。
「ミー!ミー!」
コロが鳴き出す。しんと静まり返っていた森で、生き物の気配が一気に濃くなった。
「コロ。君は、ここで生まれ育ったんだね」
「ミー?」
「ここで、俺たちとはお別れだ」
「ミー!」
「ここが、君の居場所なんだ。お友達をたくさん作るんだよ。そして、いずれはパートナーを見つけて、子供を育てるんだ」
「ミー!ミー!」
「…今まで、ありがとな。お前には、たくさん世話になった」
「君は、僕の命の恩人だよ」
「…楽しかったぜ。コロ」
そして、二人はコロを置いて出口へと向かう。
「ミー、ミィー!」
コロが鳴く。二人を呼んでいるとわかる。
でも、二人は振り向かない。
「ミー!ミー!」
「くっ…!」
二人は出口に向かって走り出した。
「ミィ…」
コロの声が、遠くなる。
ちら、と振り返ると、他の翼竜がコロを仲間に迎えているのが見えた。
「よかった…もう、大丈夫だ」
ミー、ミーと、たくさんの翼竜の声に混じって、嬉しそうなコロの声が聞こえた。
「…さようなら。さようなら、コロ…」
森を出ると、勇者が立ち止まった。
「…勇者?」
「……」
「悲しい、か?」
「…コロは」
「ん?」
「…コロは元々、旅のお供とか、そういうつもりじゃ、なくて」
「うん」
「怪我をしていて、可哀想だと思ったから。だから、保護して…」
「うん」
「見知らぬ土地を、つれ回すよりは…」
「うん」
Aは勇者の肩を掴んだ。
「もう、泣くなよ」
「……………ううぅ」
ぐすぐす泣く勇者を支えながら、Aは歩いた。
次の町へ、向うために。