表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/28

ピンチ

「コロ、大丈夫かい?」

勇者は二人の横をよちよちと歩くコロを心配そうに見た。

「山を抜ければすぐ町があるからね。そこで傷に効く薬草を探そう」

「ミー」

勇者はにっこり笑うと、コロの頭を撫でた。

その時ー

ブゥンッ…!

風を切る、嫌な羽音が勇者の耳元をすり抜けた。

ブブブブブッ!

「ーー…っ!!ひえっ…!」

再び、羽音。勇者は小さく悲鳴を上げると身を屈めた。

「どうした?勇者」

異変に気付いたAが声をかけた。勇者は硬直したまま、ギギギ、と音がしそうなぎこちなさでAを振り返った。

「い、いえ、なんでも…」

勇者はガタガタと小刻みに震える体をなんとか抑え平成を装っている。

しかしその顔色は、悪い。

「…なあ、勇者。なんかおかしいぞ。お前」

「やだなあ何も無いです…か、ら…」

心なしか、右の肩のあたりがザワザワした気がした。そう。気がした。

気のせいた気のせいだと言い聞かせながら勇者はぎぎ、と顔を右に向けた。

「…」

大きな、甲虫と目があった。

「…!!…!!」

声にならない声をあげた。

甲虫の鎧が割れ、中から薄い羽が飛び出してくる。気味の悪い振動。そして。

ブブブ…ブンッ!

甲虫が、飛んだ。

「ーーっ!あびゃひえいあああ!!」

勇者は奇声を上げた。虫はグロテスクな腹を見せながら、勇者の顔に目掛けて飛んでくる。

「あわわわわはあー!」

「な、なんだ!?」

「うぎゃああああ!はほああああ」

突然のことに驚くAをよそに彼はめちゃくちゃに走り出した。

「ああああ!いやああああ!」

「勇者!何してんだ落ち着け!」

「むっ、むし!むしいい!ひええええっ!」

叫びながら、今度はぐるぐる回りながら自分の頭や体を必死に叩きだした。

Aは、とうとう彼がイカれたのかと思った。

「勇者…お前、心が弱そうだと思ってはいたが…とうとう…」

「おあああうわああ…痛…あ?」

一通り暴れた後、勇者が電池の切れた人形のように、ぱたりとその場に倒れ込んだ。

「…?勇者?」

Aは駆け寄り、恐る恐る彼を見た。首の所に毒々しい、極彩色の芋虫がくっついていた。

「…!まさか…」

Aは細い木の枝を二本折って、芋虫をそっとつまみ上げた。頭に長いトゲが生えている。

勇者の首筋には、赤く腫れた跡が残っていた。

「こいつ…!」

毒虫に刺されたのだ、とAは気付いた。

Aは直ちに勇者を担ぎ上げ、急いで山を下った。

コロも必死に追いかける。

「町に行けば毒消しがあるはずだ!それまでこらえろよ!勇者!」

「……」


町に着いたAはすぐに店を回って毒消しを探した。

しかし、勇者を刺した虫の毒は特殊で、それに効く薬は希少で貴重品らしく、手持ちの金ではとても足りないほどに高価なものだった。

「なんとかならないか!金は、後で必ず返すから!」

「そう言って以前ひどい目にあったもんでね」

「必ず返すから!どうか頼むよ!死にそうなんだ!」

「しつこいな。おい!誰かこいつ、追い出してくれ!」

店の主人は取り付くしまもなく、Aは店からつまみ出されてしまった。


Aはとりあえず宿をとり、ベッドに勇者を寝かせた。

顔色がどんどん悪くなっている。熱も出てきたようだ。

傍らでコロも心配そうに見ている。

Aは気休めにしかならないとわかっていながらも、買ってきた薬草を煎じて勇者に飲ませた。

しかし、毒自体を消さない限り、勇者の体力は奪われ続けるだろう。Aは愛用のクワを握って立ち上がった。

「…モンスターを、狩りに行く。勇者、待ってろよ。すぐに毒消しを持ってきてやるからな。それまで堪えてくれよ…」

そう言って、Aは勇者の見張りをコロに任せて宿を出た。


一晩、死にものぐるいでモンスターと戦った。

しかし戦果は、目標額の半分にも満たなかった。

「全然足りない…でも、もう俺の体力が限界だ…少し休んで回復させたら、また戦おう…」

ボロボロの体を引きずるようにして、Aは宿に戻った。

「コロ。勇者の様子は?」

「ミー…」

勇者の顔色は相変わらず悪い。熱も上がり続けているようだ。

Aは水で濡らした布で勇者の首元を拭いてやった。

「…これ、気持ちいいだろ?少しは体、ましになるか?」

幼い頃、まだ母親が生きていた時、具合の悪い自分にしてくれたように。

「…」

勇者は何も答えない。ただ、苦しそうに顔を歪めている。

「勇者…」

その、苦しむ勇者の顔が。

自分の母親の死に顔と重なったような気がした。Aの手がぴたりと止まる。濡れた布がべしゃっと重たい音を立てて床に落ちた。

「!…くっ…!」

たまらずAは、頭を抱えた。

色々なものがこみ上げてくる。

「くそったれ…」

勇者は目に見えて弱ってきていた。このままでは、彼がどんな結末を迎えるかは明白だった。

「もっと、金を稼がなきゃ…。毒消しが必要なんだ…。早く毒を消さないと、勇者が死んじまう…」

「ミー…」

心配そうに、コロがAの顔を覗き込む。 

「…大丈夫…なんとか、する…俺が絶対に、助ける、からな…」

そのまま、Aは気絶するように眠った。


数時間後、Aは再びモンスターを狩りに発った。

「ミー!」

するとコロがAのあとをついてくる。

「なんだ?」

「ミー!ミー!」

「おいおい、お前は勇者を見ててくれよ。って…」

コロはAのズボンの裾を噛むと、ぐいぐいと引っ張った。

「なにすんだよ。破れちまうだろ」

「ミー!」

コロは引っ張るのを止めない。まるで、Aをどこかに連れて行こうとしているようだ。

「なんだ…?」

もしかしたらモンスターの巣でもあるのかもしれない。

半信半疑だが、Aはコロに従うことにした。


コロは町を出て、裏の森のほうへ入っていく。

「なんだよ…こんなところに…」

「ミー!」

コロが一層高い声で鳴いた。

Aは急いで駆け寄る。

「…あ!こ、これは…!」

草むらの中にひっそりと生い茂っていたもの。ムジナ茸、エリ草、トト笹…それらはどれも、薬にも使われる、大変希少価値の高い山菜だった。

「す、すげー!超高級品が、こんなにたくさん…」

田舎育ちでその価値をよく知っているAは、その光景に思わず息を呑んだ。

「…でも、コロ。これじゃだめだ」

「ミー?」

「これは、あの虫の毒には効かないんだ。特別な薬じゃないと…」

「ミー!ミー!」

違う違う!というように、コロが激しく首を振った。

「なんだ…?あ!そういうことか!」

ピンときたAが手を打った。

「これを旅の商人に売れば、毒消しが買える!」

「ミー!」

コロが嬉しそうに鳴いた。

Aは山菜を穫ると、急いで山を降りた。

そして、流れ者の商人を探し回り、それら全てを売りつけた。

予想通り、山菜は、驚くほどの金額で売れた。

見たこともないような大金の重さに怯む余裕もなく、Aはその足で道具屋に直行して、代金を叩きつけるように払い、毒消しを購入した。


宿屋に戻り、勇者に薬を飲ませると、毒はすぐに浄化された。

勇者はその日のうちに起き上がり、自力で物を食べられるまでに回復した。

「顔色がいいな」

「ええ。体がすごく楽になりました。」

Aの作ったスープをゆっくり啜りながら勇者は笑顔を見せた。

「本当に、ご面倒をおかけして…ありがとうございました」

「礼ならコロに言え。これは全部、コロのおかげだからな」

Aは事のあらましを勇者に説明した。

「そんなことが?」

「おお。俺も驚いたぜ。こいつ、ちゃんと事態を把握してたんだ。勇者を助けるにはどうしたらいいか、自分で考え、行動したんだ」

「すごい…!コロ、ありがとう。君のおかげで僕は一命を取り留めたよ」

勇者がコロの頭を撫でると、コロは誇らしげな顔をして鳴いた。


「さあ、では出発しますか!」

大事を取って2日休み、勇者の体力は完全に元通りになった。

「そうだな。おっと、忘れるとこだった。おい、コロ」

「ミー?」

Aはコロの首にアクセサリーを付けた。

「防具屋でな、モンスター用のアイテムもあったからよ。」

「Aさん!」

勇者は目を丸くしてAを見た。

「ついでにな。金も余ってたし…一応、守備力も上がるみたいだしよ。ほら、付けときな」

「ミー!」

どうやらAは、この一件でコロの見方を変えることにしたらしかった。

「コロ、とても似合っているよ」

「ミー!」

コロは首に付けられた慣れない感触に戸惑いながらも、喜んでいるようだ。


こうして二人と一匹は、新たな町へ向かって歩き出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ