強かに
「Aさーん!食事に行きませんかー」
サナユキの村に着いてから、Aは三日三晩宿に篭って静かに泣いていた。
「Aさーん。もう何日も食べてないじゃないですかー。ここ、お米とお酒がおいしいらしいですよー」
勇者はドンドンと部屋のドアを叩く。
「生きてますかー!扉、壊しちゃいますよー!」
「…やめてくれ」
ガチャ、とドアノブがまわり、目を落ち窪ませたAが顔を覗かせた。
「…ドアとか、そう簡単に壊すなよ…弁償しなきゃ、ならんだろ」
「Aさん…!よかった。返事がないから、死んじゃったのかと…」
Aは逃げてきた時の格好そのままで、のそのそと部屋から出てきた。
「Aさん、言いづらいんですけど、今のあなた、結構ひどいですよ」
「…わかってるよ。風呂、どこだ」
「いらっしゃいませー」
体を洗い、ひげを剃り、服を着替えてようやく人心地ついたAを連れ、勇者は飯屋へと向かった。
「お。うまいな」
「でしょう?」
三日ぶりのまともな食事。Aは出された料理をぺろりと平らげてしまった。
「ごちそうさん!うまかったー」
「お兄さん、いい食いっぷりだねえ。作る側としちゃあ嬉しい限りだよ」
空になった皿を片付けながら飯屋の主人が言った。
「本当に美味かったよ。おっさんの料理のおかげで、落ち込んでた気分が一気に晴れたぜ」
「そりゃあよかった。じゃあ褒められついでに代金もオマケしてやるよ」
「お!いいのか?ありがてー!」
自然豊かなこの村は食事も酒も美味で、そこに暮らす人々もまた、みな優しく暖かな性質を持っていた。
「ね。Aさん。ここはいいところでしょう?」
「ああ。土も水も、空気も綺麗だ。三日も閉じこもってもったいないことしたぜ」
二人は話しながら、のんびりと村の中を見て回った。
「ハハッ。でもそう言えるようになったってことは、もう大丈夫そうですね。」
「おう。俺も大人だし。いつまでも思春期みたいに湿っていられんからな。あと…その、悪かったな。殴ったこと」
「Aさん…!」
「はーあ…お、見ろよ」
Aは誤魔化すように深呼吸すると、不思議な形をした木々を指さした。
「あれ、マリメラの木だぜ。随分でけえなあ」
「マリメラ?」
「お前、マリメラ知らんのか。甘くてうまいんだぜー。」
「へえー」
「マリメラってのは難しい果樹でな、すぐに弱るし病気にもなりやすい。それをあんなに大きく育てられるってのは…ここの村の環境のおかげもあるんだろうが、育てる人間が手間暇を惜しまず、丁寧に仕事をしているからなんだろうな…」
「Aさん、随分詳しいですね」
「ずっと農業で食ってきたからな」
せっせと木の世話をする村人は、Aたちを見つけるとにっこり笑って、手を振った。
「よかったら食べてみなされ。とりたてはまた格別ですよ」
そう言って村人は、実ったマリメラの実をひとつずつ手渡した。
「やったあ!おおーうまそう!」
「いいんですか?」
「ああ。おいしく食べてくれると、私達も嬉しいからね」
二人は村人に礼を言い、その場を立ち去った。
「本当にいいとこだなー。ここは。うわ、すっげー甘い。うまー」
「ほんとだ!わあ、僕、果物で感動したの初めてですよ」
「だろー?」
Aの朗らかな様子に安心し、勇者はようやく本題を切り出すことにした。
「ところで…Aさん、これから、どうしますか」
「これから?」
「ええ。もし、よかったらですが。このまま僕と旅をする気はありませんか」
「…」
しかし、Aは勇者の申し出に、首を横に振った。
「俺、あすの朝、カザの村に帰るよ。やっぱ俺の居場所は彼処だけだ」
「…そう、ですか…」
「結構楽しかったぜ。最後に苦労かけて…ゴホン。悪かったな」
「Aさん…!」
Aの気持ちに、勇者は心中感激していた。
「いいえ、 僕の方こそ…!ねえ、Aさん。今夜は二人で、パーッと飲みましょうよ!お別れ会です。勿論、僕の奢りですから!」
「よっしゃ!今夜はがっつり飲むぜー!」
勇者もAも、寂しさに押しつぶされそうになるのを堪えて、努めて明るく振舞っていた。
酔い潰れた二人は酒場のテーブルに突っ伏してうつらうつらしていた。
その喧騒の中、外から、一際甲高い声が聞こえた。
すぐにそれが悲鳴だと気付いた。
「やつらがきたぞ!」
「モンスターだ!みんな早く逃げるんだ!」
さっきまで楽しく騒いでいた部屋が一変して阿鼻叫喚に変わる。人々は裏口や窓から、蜘蛛の娘を散らしたように逃げていった。
「…ん…なんだ…?」
「二人共!早く逃げないと!」
逃げていく男が二人に向かって叫んだ。
「モンスターが襲ってきたんです!殺される前にどこかに隠れて!」
「…!」
Aが起き上がったのと同時に、ドガン!と派手な音を立てて、酒場の壁が崩壊した。
「きゃああああ!」
「入ってきたぞ!」
モンスターの群れが現れた。
「ぐるるるるる…」
人々は恐れ戦き、泣き叫んだ。
Aは急いで隣で伸びている勇者を揺すり起こした。
「おい!勇者!」
「はひ…?」
「起きろ!モンスターだ!」
「もん…?うわっ…!」
事態に気付いた勇者はさっと武器を取り出すと、モンスターに切りかかった。
「このおっ…!」
かいしんの一撃。モンスターを倒した。
「ぐあああああ…」
屍が灰になって消えていく。
「どういうことだ…。なぜ、モンスターがこんなところに」
「勇者!外もだ!」
「なんですって!?」
勇者とAは外へ出た。
大量のモンスター達が、村を蹂躙している。
村人の悲鳴がこだまする。
「村の中にまで入ってくるなんて…」
大量のモンスターが次々になだれ込んでくる。
人も、家屋も、畑も。さっきまで穏やかにそこにあった日常が、次々に破壊されていく。
「てめえら…!」
Aは落ちていたクワを拾うと、ぎっと握りしめた。
モンスターの一匹が、あの、マリメラの木に手をかけた。その時。
「それに触んじゃねえー!」
Aは、クワを振り上げた。
Aのこうげき!
「!?」
「ぎゃおおおおお…!」
Aはモンスターを倒した!
「Aさん…!?」
「え…あれ…」
勇者も、A本人も驚いた。
戦闘能力のないはずの、ただの村人であるAが、モンスターを倒したのだ。
「お、俺にもできた…。よし!勇者、俺達でこいつら追い払うぞ!早くしろ!」
「は、はいっ!」
Aと勇者はひたすらにモンスターに攻撃した。この勢いづいた二人の反撃に、徐々に勢いは削がれ、モンスター達は退却していった。
「お二人共。ありがとうございました」
村人たちは手を合わせて二人に礼をした。
「あのモンスターの群れは、この辺りの村や街を順番に襲っては、物を奪い、破壊していくのです」
「なんてことだ…」
「知らせを受けて用心はしていたのですが…まさかあんなに大勢で来るとは…この村に来たことを、早く隣の町に知らせてやらなければなりません」
Aはあたりを見回した。
被害は甚大だ。
村人たちは変わり果てた村の惨状を見て、打ちひしがれ、ぼろぼろと涙を零していた。
Aは堪らなくなった。
「…勇者」
「わかっています。さっき逃げていったモンスターの一匹に、塗料をひっかけて起きました。これで足跡を辿れるはずです」
「!」
Aは勇者の肩を軽快に叩いた。
「Aさん。ほら、ここ」
勇者が指さした先には、蛍光ピンクの跡がくっきりと残っている。
「この先に、群れの巣、みたいなものがあるんでしょうか。どのくらいの数が…」
「雑魚には構うな。あのモンスターたち、妙に統制がとれてやがった。多分、この群れを率いる頭がいるはずだ」
「なるほど…司令塔を潰してしまえば、群れも解散するということですね!」
ピンク色は丘の上の洞窟の中へと続いている。
「よし、行くぞ勇者!」
二人は一気に洞窟の中を駆け抜けた。
最奥に固まり盾を作るモンスターたち。その中央に群れのボスはいた。
「雑魚は僕に任せて!Aさん!」
「おうよ!くらええー」
勇者が盾を蹴散らし、Aがボスに向かってクワを振りかぶる。
二人は力を合わせてボスを討ち取った。
「なんと…!あれを退治なさったとな!?」
帰ってきた二人を、村人は敬い、讃えた。
モンスターの群れは予想通り、統制を失い呆気なく解散した。
彼らはもう、怯えて暮らさなくてもよいのだ。
「お二人は村を救った英雄です」
「御恩は一生忘れません。お二人の名前を子々孫々語り継いでいきます」
Aは誇らしく思った。
自分は確かに、この村を、この人々の平和を取り戻せたのだ、と。
その夜、人々は勇者とAのために宴を開いた。
火を囲み、みなで笑い、歌い踊った。
「明日から家を立て直さなきゃなあ 」
「考えたんたが、シギの木を使ったらどうだろう。少し加工は大変だが、強度が上がるぞ」
「じゃあ、私達は班を作って壊された所からまだ使えそうなのをさらってみるわ」
「畑もなあ、せっかくだから区画を整備しなおそうかねえ」
彼らはもう次を見ている。その目には希望が宿っている。
「俺も、強くならなきゃな…」
Aはカバンから小さな箱を取り出した。
ブローチが手の上でキラキラと光っている。
「…なあ、勇者」
「はい?」
「俺、やってみようかな」
「何をですか?」
「お前との、旅」
勇者はグラスワインを落っことしそうになった。
「世界を救う旅、なんだろ。こうして、俺の知らない場所でも苦しんでいる人はたくさんいるんだ。だから、俺でも、何かできるなら…。行けるとこまで、行ってみようって…」
「Aさあーん!」
勇者はAに抱きついた。が、Aはさっと避けた。
「べたべたすんなよ。もう」
「Aさーん!嬉しいですー!まだ一緒に旅ができるなんて!」
宴とともに夜は更けていく。
「ところでAさん。そのブローチ、どうするつもりです?」
「ああ。思い出とともに、火にくべようかと…」
「そんな!」
「…いいんだよ、もう」
「いえいえ。もったいないですから、商人にでも売って旅費の足しにしましょう」
「…お、おう…」