表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/28

不器用なひと

闇に覆われた城に、獣たちの声が咆哮する。

「機は、熟した」

玉座から響きわたる恐ろしい声色。ついに、闇の魔王が動き始めたのだ。

「行け!下僕たちよ。世界を、我が手中に…!」

夥しい数の魔物たち。

暗い暗い闇の奥から、魔王の手によって次々に野に放たれた。


世界は今、魔の力に支配されようとしていた―




ここは、カザの村。

緑に囲まれた穏やかな村である。

「おい、そこのお前」

旅人が、村人に声をかけた。

一目でわかるその身なり。

彼らは、魔王討伐のためそれぞれの城から派遣された勇者御一行であった。

「ああ たいへんだ!」

井戸の前に居る村人は、彼らを見て、こう答えた。

「どうしよう だいじなカギを おとしてしまった!」

会話になっていないのだが、これでいいのである。

この村を訪れる勇者たちに、情報をさりげなく与えるのが、この、"村人"としての仕事なのである。

「こまった なあ・・・」

そう言って、村人は思わせぶりに、井戸の方を見遣った。

勇者たちがその視線を追い、井戸に気がついた。


そう。

それでいい。


勇者たちに井戸の中を覗かせ、村の宝物庫のカギを見付けさせる。

それがこの村人に課せられた全てなのだ。

「よし。おいお前。井戸の中をしらべろ」

勇者は従えていたまほうつかいに言いつけた。

「勇者さま!鍵がありました!」

「よし!」

無事、カギを見つけることができた御一行は、宝物庫へと向かっていった。


「任務、成功と……」

村人はホッと息をつくと、勇者たちの行く末を見ることもなく、クワを振り上げ、農作業の続きを始めた。

彼は農夫の傍ら、この、村人という職に付いている。

勇者が来たら、決められたセリフを答え、井戸の中を覗かせる。

簡単な仕事だ。毎日同じことの繰り返し。求めていた安定した生活がここにあった。


彼は、満足していた。



「あのぉ……」

「…………」

「あの、す、すみません…」

村人の元にまた、別の勇者が訪ねてきた。

「ああ たいへんだ! だいじなカギを おとしてしまった!」

そして彼はまた、マニュアル通りのセリフを口にする。

「こまった なあ……」

しかし、目の前の勇者は不思議そうな顔をして、そこから動こうとしなかった。

「………」

「………」

見つめ合う、二人。

少しの間の後、なんとこの勇者は、井戸を覗くことなく去っていってしまった。

「……あちゃー」

どうやら彼は井戸に気付かなかったようだ。

村人は反省した。ヒントが少し、わかりにくかったのかもしれない。

「……まあ、また来るだろ」

案の定、翌日、あの勇者は再び井戸の前へと来た。

「……あ、あのー……」

「ああ たいへんだ! だいじなカギを おとしてしまった!……井戸の あたりに」

遠慮がちに喋りかける勇者に、こう答える。最後のはわかりやすいようにと自ら考え付け足した言葉だった。

「! 」

それにピンときた顔をした勇者は、さっと井戸の周りを一周した。しかし彼は草むらをかき分けてうろうろするだけで、井戸を覗き込もうともしない。

しばし彷徨いた後、なんと彼は首を傾げて、また元来た道を戻っていってしまったのだ!

「……!?」

村人は呆然とした。あそこまでヒントを出したのに、あの勇者は気付かなかったのだ。

「……もしかしてあの人、勇者じゃないんじゃないのか……?」



明くる日も、明くる日も。あの勇者はやってきた。

その度遠回しに、井戸の中をしらべるように促したが、勇者は井戸の周りをうろつくだけで中を見ようともしない。

一日中、村中を意味もなく行ったり来たりするだけであった。

「ああ たいへんだ! だいじなカギを おとしてしまった!」

今日で何回、彼にこのセリフを言っただろうか。

だのに勇者はまたしても井戸の周りを所在なげにうろうろとするだけだ。

いい加減イライラが頂点に差し掛かりそうな、そんな時だった。

「はあ……」

勇者が、深いため息をついた。

「……もう、わからないし……。嫌になってきちゃったな……」

勇者のその一言に。

村人は、キレた。

「このっ……ばかたれーっ!」

彼は勇者の頭を後ろから思いっきり叩いた。

「―!?」

勇者は驚き、頭を抑えながら振り向いた。そして怒りに燃えた村人を見て、怯えた顔をした。

「……?」

「井戸の中だっつってんだろ!なんでしらべてみねーんだよ!」

「は……」

「井戸の中!そこに宝物庫のカギが落ちてるの!散々ヒント出してただろ!気付けよ!」

「……あ、いや、その……」

「ちゃんと話聞いて!試せることはなんでも試せよ!こんな序盤の村でお前は一体何日潰す気だ!」

「す、すみません……」

とうとう、勇者は謝りだした。

そこで村人はハッとした。"村人"は旅人に決められたこと以外、話してはならないのだ。

彼は辺りを見回した。幸い、この場所は村のハズレに位置しており、誰にも気付かれて居ないようだ。

「……井戸の中をしらべて、カギをとれ」

「!」

「んで、それ持って宝物庫開けろ。じゃあな」

ボソボソと小声で一気にそれだけ言うと、彼は勇者に背を向けて、無言でクワを振り、いち村人としての態度に戻った。

勇者はやっと井戸の中を除き込み、カギを見つけると嬉しそうに去っていった。

「はあ……」

村人はやれやれ、と息をついた。

宝物庫のアイテムさえ取れば、奴はもうこの村に用はないはずだ。これで、あの勇者とも会うことはないだろう。

そう、思っていた。



「あ、あの、どうも…」

翌日。またあの勇者が、彼の前に現れた。

「えと、あの、すみません」

「………」


な ぜ だ。


混乱したが、とりあえずセリフだけ言ってスルーすることにした。

「……たいへんだ だいじなカギを おとしてしまったー」

「あ、それはもう大丈夫です。カギ、見つけたんで」

そう、いい笑顔で右手に持ったカギを出す勇者。

村人はその得意げな横っ面を、ひっ叩いた。

「あいたっ!ちょっと、何するんで……」

「てめえなあ……」

村人は、勇者の胸ぐらを掴んで引き寄せた。

「んなこたあ知ってるよ。で?なんでまだそれ持ってんだ?俺、宝物庫行けっつったよなぁ?」

使うと消滅するはずのカギをまだ持っているということは、奴は未だ宝物庫を開けていないということである。

「あ、えと……」

「ああん!?」

「あ、あの、宝物庫の、場所がわからなくて……」

「!?」


宝物庫の 場所が わからない



だと!?



「ちゃんと村人全員に話聞いたか?おい」

「聞いたんですけど、その、よくわからなくて」

勇者はおどおどと答えた。

「はあ……?それでまた俺んとこきたってのかてめえは」

村人はあきれ果てた。

なんだこいつは。おかしい。イレギュラーすぎる。

これ以上面倒なことになる前に、さっさと村から追い出したほうがいいかもしれない。

他のやつにバレたら、せっかく得たこの仕事を失う可能性がある。

「チッ……」

村人は勇者から手をはなすと、村の南を指さした。

「……あの、青い屋根の家」

「は」

「あれが村長の家だ。玄関から入って突き当りの本棚をしらべろ。階段が出てくるから」

「!え、人の家のものを勝手に触って怒られないですか」

「いいんだよ!そういうのは全部織り込み済みなの!……で、階段を降りると宝箱が置いてある部屋があるから、そのカギ使って中に入れ。回復アイテムと、次の街に入るための手形が入ってるから。いいな」

「なるほど!」

「わかったらさっさと行け。もう俺に話しかけるなよ」

シッシッと手で払う仕草をする村人に、勇者は丁寧に一礼すると、早速教わった村長の家へと走っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ