9-mission-作戦-(2)
その後、先輩達がよく使っていると言う居酒屋で打ち上げをする事になった。
篠原さんの計らいで私はどうにか三島先輩の右隣に座る事が出来たが、当然左側にはコノハさんが座っており、先程から二人の会話は弾んでいる。
「トシは飲まないの?」
「明日授業早いからいい。お前も一限から授業だろーが。」
三島先輩はそう言いながらウーロン茶を片手にひたすら箸を動かすばかりで、周りにいくら薦められてもアルコールを摂取するつもりは無いらしい。
そういう私もジュースで乾杯したが、コノハさんはほろ酔い気分でいつもより猫なで声で先輩に絡んでいる。
……これはずるい。こんな声だされたら誰だってコロっと行っちゃうよ。
周りの人達ももうすっかり出来上がっているが、篠原さんだけは飲みながらも私達の様子を伺っている。
そして先輩にべったりくっついているコノハさんを見ながら不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
しかしすぐに表情を変えるとニッコリと笑顔を作り、三島先輩にアルコールのメニューを差し出した。
「そうだよトシキ、お前も飲めよ!米良ちゃんの歓迎会も兼ねてるんだしさ~お前が飲まなくてどーするよ?」
私の歓迎会。
そう聞いて先輩が一瞬私に視線を向ける。
さっきまで夢中に動かしていた箸を置いて、考え込むように顔をしかめた。
おそらく私に気を使ってくれているのだろう。
「あ…私なら大丈夫ですから…先輩無理しないでくださいね?」
明日授業が早いからとセーブしてる先輩に、私の歓迎会だと言って無理矢理飲ませる訳にはいかない。
「…そうだ、米良ちゃんも飲みなよ。」
少し間を置いて篠原さんのターゲットが私になる。
しかしまだ未成年の私がお酒を飲む訳にはいかない。
「篠原。コイツ未成年。」
先輩がそう釘をさすと篠原さんは気が付かなかった~とおどけてみせたが多分わざとだろう。
私にお酒を飲ませてどうしたかったのかは解らないが、助かった。
「じゃぁ米良ちゃんの変わりにトシキが飲む!」
どうしてそうなるのか解らないが、先輩が諦めたようにアルコールメニューを受け取ると、コノハさんが真っ赤な顔で口を尖らせた。
「あーずるいんだーー!私が言っても聞かなかったのに、キョーコちゃんの名前出た途端それ!トシ米良ちゃんに甘すぎるよぉ~!もー!!」
ぐりぐりと三島先輩の腕に頭を押し付けて、甘えるように言うコノハさん。
…羨ましいなぁ、いいなぁ…私もあんな風に先輩にくっついてみたいなぁ…。
「コノハ、飲み過ぎ。弱いくせにガバガバ飲んでんじゃねーよ。」
くっついてくるコノハさんを引き離そうと先輩が身体を傾けると、自然と先輩の身体が私に密着してくる。
先輩は気にしていない様だったが、私は嬉しさと動揺で身体が縮こまる。
「悪い。コイツちょっと外出して来る。」
「あ、もう~別に酔ってないってばー」
「うるせーし」
そんな嬉しさもつかの間、酔っぱらったコノハさんを連れて先輩が出て行ってしまうと、篠原さんが私の隣にやって来た。
「見てらんないね、アレ。」
確かに…あんなのもうカップルがいちゃついてる様にしか見えない。
普段から結構ベタベタしてるけど、酔っぱらったコノハさんは最強だ。
やっぱり、私なんかが叶う訳がない…。
おそらく酷く暗い表情をしたのだと思う。
篠原さんはそれを見てニコリ―――ニヤリと笑った。
「まほうのジュースあるよ。」
「え?」
ま――まほうのジュース??
おとぎ話の様な不思議な言葉に目を丸くすると、篠原さんは自分の座って居た席に置かれた綺麗なグラスを引き寄せて私に差し出した。
「口はつけてないから。」
「…あの、これって。」
これって、もしかしてカクテルって奴だろうか。
お酒、だよね?
「お酒はちょっと…」
「大丈夫だよこれ、お酒じゃないから。ノンアルコールってやつ?でもお酒飲んでる気にはなれるから。一口飲んでみてよ。トシキに甘えられるだけの度胸つくかもよ~?」
ノンアルコールなら構わないだろう。
でもこのジュース一つで本当にコノハさんみたいに先輩に甘える事が出来るのだろうか。
――コノハさんみたいにとまではいかなくても、少しだけ…少しだけでも…。
甘い匂いのするそのジュースを、私は一気に飲み干した。
…。
……。
………。
…………ん?
「…しのはらさん、これ…あれ?」
篠原さんの顔が歪んで見えた。
その表情はまた意地悪そうな笑顔で私を見ていて、私は一瞬で理解した。
騙された。
これ、ジュースなんかじゃない。
かぁっと身体と顔に血が上っていく。
どうしよう。先輩達が戻ってくるまでになんとかしなきゃ―――。
「ったく、ちょっとは自重しろっての…」
「ごめん~あ~でもきもちい…」
嫌な予感程良く当たる。
私が篠原さんに飲まされた「まほうのジュース」が全身に回る頃、三島さんがコノハさんを連れて戻って来た。
コノハさんはまだ少し酔っているらしかったが少しは落ち着いたらしく、当然の様に先輩の腕を掴みながら歩いてくる。
瞬間―――私の中の何かが壊れた。
「…うっ…うっ…ううっ…!!」
おそらく真っ赤になっているであろう瞳から大量に溢れ出す涙。
なんだか無性に悲しかった。
三島先輩。
この人が好き。
この人の事がずっと好き。
それなのに何も言えない事がもどかしい。
何も出来ない自分が悔しくてじれったい。
本当に早く好きって言えたらいいのに。
私、いつまでこのままなんだろう…。
「……篠原。お前何した。」
先輩が泣き出す私を見てすぐに篠原さんの仕業と気が付いたらしい。
確かに篠原さんのせいと言ったらそうなんだけど、今の私には先輩の姿しか目に入らなかった。
「せんぱい…」
思わず先輩に手を伸ばす。
何をしたかったのか自分でも解らないがとにかくそうしたかった。
自分でも結構―――かなり大胆な事をしたと思う。
「せんぱい、こっち…」
こっちに来て欲しい。
コノハさんじゃなくて私の所に。
「…ハァ…なんだよ、本気で酔っぱらってんじゃねーか…」
先輩が呆れた顔をしながらも私の側に寄って来る。
あぁ、先輩やっぱり優しい。こんな時も。こんな時さえも。
「大丈夫か?水飲め。」
近くに置いてあった水の入ったグラスが私の手に握られる。
先輩の大きな手がぎゅっと私の手に重ねられて、そこからまたぽぉっと熱くなる。
その手を離したくなくて、離れようとする先輩の手を追った瞬間、手からグラスが離れそのまま自分のスカートの上に零れ落ちた。
普段なら大慌てでパニックになる所だが私は至って冷静にその状況を見る。
あーなんか冷たいなーぐらいにしか思わなかった。
「キョーコちゃん大丈夫!?スカート濡れちゃってるよ!」
さっきまで酔っていたコノハさんが目を覚ましたように私に駆け寄って来る。
私の濡れたスカートをおしぼりで拭いてくれているが、私はやはり三島先輩しか見えなかった。
「せんぱい…」
「酔ってんなー…どうせ篠原に騙されて飲まされたんだろーが…」
先輩が篠原さんをじろりと睨みつける。
篠原さんは飄々と笑っていたが、どうやら今のこの状況は篠原さんの「おもうつぼ」らしい。
「まほうのジュース」って、こういう事か。
酔いに任せて先輩にモーション掛けろって?
そんなの無理に決まってるよ。
だってあのコノハさんでさえ、先輩いつもと何も変わらなかったんだよ?
私みたいなのが先輩をどうにかできる訳がない。
出来る訳がない……!
そう思うとまた涙が溢れだす。
あぁ駄目だなぁ。これだから駄目なんだよ私って。
「顔、真っ赤だぞ。」
先輩の手が私の頬に触れる。
さっきまで外にいたせいかひんやりと冷たいその手にすがりついた。
先輩はそれを振り払おうとはせず、反対の手で私の頭を撫でる。
その優しい手つきが嬉しくて、嬉しくて堪らない。
今ここで好きだと言えたらどんなに楽だろう。
「目閉じて、寝てろ。そしたら楽になるだろ」
先輩に言われた通り私はその場に横になるとゆっくり目を瞑った。
すると何故か安心して、さっきまでの不安が嘘の様に薄れていく。
先輩はずっと私の手を握ってくれていた。
次、目を覚ました私が先輩達に深く深く頭を下げる事になるのはそれから30分後の事だった。




