6-supporter-協力者-
ぽかぽかした春の陽気の中、私の頭の中も春の陽気だった。
高校時代から片思いしていた先輩と、お昼を一緒にする事が増えた。
まさかこんな奇跡的な事が起こるだなんて昔の私なら想像すら出来なかっただろう。
足取り軽く廊下を歩きながら、文学部の校舎内にある大学内最大級の図書館に入ると、ぽかぽかした私の頭をほどよく冷やす冷気が頬を撫でる。
人はそれほど多くは無い。
ぽつ、ぽつ、と見える人影の中に、後姿でも一目で解る人が見えた。
「あ」
私の片思いの人―――三島先輩。
明るく染めすっきりした短髪と、他の人より頭一つ分大きい背格好。
ずっとずっと見て来たその姿を私が見間違える筈がない。
話しかけようかどうか悩んでいると、先輩と一緒に居た見慣れない男の人が私に気づいたのか先輩に話しかける。
すると先輩がこちらを振り返った。
「…ん?あぁ、お前か。」
「あ…こんにちは…!」
偶然を装い先輩に近づく。
本当は入った時から気づいてたんだけど、少しわざとらしかったかな。
しかし先輩は嫌な顔ひとつせずに私に挨拶を返してくれる。
その上少し薄着の私に「寒くないのか?」と気遣いの言葉まで。
…こういうさりげない優しさが本当に格好いいんだよなー。
「へぇー!もしかしてこの子がコノハが言ってた後輩チャン?」
図書室には似つかわしくない大声で私と先輩の間に入って来るその人は、さっき私がもたもたしていた時に私に気が付いて先輩に話しかけていた人だ。
爽やかな先輩とは真逆な感じの、少しチャライ感じの人。
先入観で申し訳ないが私はこういう類の人が苦手だ。
緊張で私がきゅっと身を縮めると先輩がその男の人を私から引き離す。
男の人は少し不服そうだったが、すぐにニヤニヤとした表情を先輩に対して浮かべた。
「ふむふむ。まぁちょっと地味だけど可愛いじゃん?磨けば光るってカンジ。トシキ見る目あるね~。」
「何の話してんだ?」
「え?だってこの子トシキの事好きなんじゃないの?」
……シン。
元々静かな図書館に異様に響いていたその人の声。
迷惑そうに見ていた周りの学生も全員、時が止まったかのように静まり返る。
私はと言えば、まさか先輩の目の前でそんな事言われると思わず――――。
「はァ?何言ってんのお前。」
「いやいや、まさか高校時代ファンクラブ会員数地元最大記録を更新したエースストライカー三島トシキが普通に後輩と仲良しとかありえないっしょー?」
―――なに。何を言ってるんだろうこの人は。
確かに。確かに私は先輩の事が好き。それは認める。認めるけど!!
どーしてこんな静かな図書館の中でそんな大声で暴露されなきゃいけないの?
「……おい。」
静まり返った図書館に響くチャラ男の口を塞ぐように先輩が手で男の口を塞ぐ。
その表情は心底迷惑そうに歪んでいて、その表情の余韻を残したまま私へ視線を向ける。
「悪い。ちょっと待ってて。こいつ黙らせてくるわ。」
先輩に引きずられるようにして、男の人は図書室を出て行く。
後に残された私は周りからの少しの視線を感じながら、何事も無かったかのように目的の本のある図書館に奥に逃げるように隠れた。
――――――数分後。
いつもの落ち着きを取り戻した図書館の自習スペースでレポートを書いていた私の目の前に、誰かが座るのが見えた。
それは他でもない、三島先輩。
一緒に居たあのチャライ男の人の姿は無い。
「悪かったな。」
すまなそうに顔を歪める先輩に私はなんとなく苦笑いを浮かべるしかなくて、出来たらもうさっきの事は忘れたかったし、忘れて欲しかった。
私はまだ先輩と「お知り合い」になっただけに過ぎないのだから、まだ告白とか考えてない。
だから今私が先輩を好きであることを知られるのは、今後に関わるのだ。
「アイツ、悪い奴じゃないんだけどさ。ちょっと口が過ぎるっつーか…」
「大丈夫ですよ。気にしてないです。」
それなら良かった、と心底ホッとした先輩の様子からあの人が先輩にとって大切な友達である事が解る。
先輩の友達さんかぁ……見た目も、言動も凄く苦手だけど…悪い人じゃないのかな。
まぁおそらくもう会う事も無いだろうと思っていた彼に再開したのはその日の夕方だった。
彼は文学部の校舎のある中庭に居て、私を見つけると我先にと駆け寄って来た。
「あ、米良ちゃん。良かった会えた~」
さっき図書室であった時に名前は教えて居なかった筈だが、先輩から聞いたのだろう。
いきなり名前を「ちゃん」付けで呼ばれて無意識に身構えると、今度はうって変って丁寧に私に頭を下げて来る。
「昼間はゴメンナサイ!!俺、トシキと同じ学部の篠原アヤっていーます!」
…あ、あれ??
何か昼間とは雰囲気違うかも??
本当に先輩の言う通り悪い人じゃないのかな…。
私が気にしていない事を伝えると、ぱぁっと明るく笑う。
それは昼間先輩に見せていたニヤついた表情では無く、印象の良い人懐っこい笑顔だった。
「トシキにすっごい剣幕で怒られてさー。すげー怖かった!」
篠原さんにどうしてもとせがまれ私は校内にあるカフェテリアに来ていた。
校内でもおしゃれな学生が集う場所…私には卒業まで縁のない場所だと思っていたので緊張した。
コーヒーを奢ってもらい席に座ると篠原さんは私の顔をじっと見つめる。
「……あ、あの、何か?」
「んー?いやぁ、トシキは米良ちゃんの事ただのコーハイって言ってたけどさぁ…」
そうだ。私はただの後輩。
先輩にとって私はそれ以上でも以下でもない。
「トシキ、結構大学内で高校ん時のコーハイに話しかけられてるけど、実際ちゃんと話してるの米良ちゃんだけだったから、何か特別なのかなーと思ってたんだけどなー。」
え。そんな事初めて聞いた。
先輩が学校で誰かに囲まれてるなんて見た事ないし、私が見かける時はいつも一人だ。
……特別?私が…特別…。
頭の中がくるくると回りはじめる。
私は…後輩…ただの…お知り合い……でも…特別…?
そんな私の様子に気づいてか、篠原さんが少し意地悪そうな笑みを浮かべたのを私は気が付かなかった。
「でも、米良ちゃんはショージキ、トシキの事好きでしょ?」
ニコニコと―――嫌今度は「ニヤニヤ」と笑う篠原さんに私は何も言えなかった。
何も言わない――それは案に「YES」と言っているようなもの。
「じゃぁさ俺、協力してあげよっか?」
どういう、意味だろう。
協力?それってつまり―――
「俺さコノハ…あ、トシキとたまに一緒に歩いてる髪の長い美人いるじゃん?俺さ、彼女狙ってんだよねー。」
あぁ、そうか。そういう事か。
つまり私に協力する代わりにそっちも自分に協力しろと、そういう事だろう。
「トシキはコノハの事何とも思ってないって言ってるけどさ、俺としては時間の問題だと思うんだよね。」
時間の問題―――本当にそうかもしれない。
このまま何のアクションもなければ、あの二人は自然にくっついてしまう。そんな気がする。
「つまり、共同戦線。どう?悪くないと思うけど?」
篠原さんの目がにっこりと湾曲を描き、その奥に私の心を見透かすような目が見えた。




