4-recur-再発-
私の通っている文学部はあの日先輩と行った第一食堂のある校舎とはかなり離れている。
なので私は普段第三食堂を使っていた。
ここなら先輩と顔を合わせる事も無いだろう。
あの日一方的に帰ってきてしまって、正直もう会わせる顔が無い。
もう二度と―――先輩とお昼をする事なんて無いだろう。
私は完全に失恋した。
あの時先輩と一緒に居た女の人の事を思い出す。
髪の長い、綺麗な人だった。
それに先輩と凄く仲が良い様に見えた。とてもお似合いだった。
当たり前だ……彼女さん、なんだから…。
混み合った食堂で悩んだ末に結局いつものパスタを頼んだ。
パスタをフォークに巻き付けて何度か噛んで飲み込む。
今日はちゃんと味がする。
私の好きなミートソースパスタの味だ。
私はパスタのフォークを一旦お皿に添えるように置くと盛大なため息を吐いた。
先輩が居る筈の教育学部は正門を入ってすぐに広がる中央広場を挟んで真反対の場所にある。
教育学部の生徒がこちらに来ることはまず無いし、文学部の生徒があちらに行く事も無い。
―――いつか先輩の事を忘れられる時が来るだろう。
今はまだ難しいけど、長い間の片思いに比べたらこんなのまだ傷が浅い方だ。
先輩には凄く素敵な彼女が居る。
私なんか足元にも及ばないような、ステキで、綺麗で……
「……居た。」
ぎゅっと目を瞑り自分に言い聞かせる様にしていた私に頭の上から降り注ぐ声。
慌てて見上げると―――――そこには三島先輩が立っていた。
もう、会う事は無いと思っていた。
こっちに教育学部の生徒が来ることは無い。
無い―――と、思っていたのに、どうして?
「なっなっなっなん」
「ん。」
動揺して上手く言葉の出せない私に先輩が差し出したのは学生証。
そこには私の名前と一緒に、冴えない顔写真が載っている。
「この前落としてったろ。取りに来るのかと思ったら来ねーから届けに来た。」
「えっ、わざわざっ?!す、すみません、何か本当にすみません…!!」
大事な学生証を落とした事なんて全然気が付かなかった。
この数日、私はどれだけ先輩の事で悩んでいたんだろう。
悩んだところで何かが変わる訳ではないのに、その上私の為にこんな所までご足労させてしまった。
恥ずかしさと罪悪感で顔が熱くなるのが解る。
私はそれを隠すために俯いた。
座って居たテーブルの下から目の前に立っている先輩の足が見える。
すらりと伸びた長い足が私のすぐ近くに立っている。
今顔を上げれば先輩を見る事が出来る。
でも私にこの顔を上げる事は出来ない。
「座っていいか?」
テーブルの越しに先輩が私の目の前に座るのが見える。
顔を…上げてもいいだろうか。
でもどういう顔をしたらいいんだろう。
「ここ来たの初めてだけど、文学部の奴らはだいたいここ使ってんの?」
先輩にそう話しかけられたのを切っ掛けに私は反射的に顔を上げた。
先輩はいつもと変わらない表情で私を見ていた。
「あ、はい。そうだと思います。食堂によってメニュー違うんで色んな所使ってる人も居るって聞きました。」
思ったよりもちゃんと話せた事に驚いた。
きっと先輩が優しく話しかけてくれたからだろう。
私が勝手に持ってる罪悪感も、恥ずかしさも、そんな事関係ないって言ってくれてるみたいで。
あぁ、そっか。この空気だ。
全然話した事なんか無かった高校時代から、先輩のこの優しい空気が私は好きだったんだ。
どんなに女の子達に取り囲まれてても絶対に無下に扱わない人だった。
だから皆先輩の事が大好きだったんだ。
「へー。じゃぁ俺もここ使おうかな。」
「…え。」
―――駄目。それは駄目。
先輩には彼女さんが居るのに。
会わなければ諦められるかもって思ってたのに、先輩がここに来るようになったら私とも頻繁に顔を合わせてしまうだろう。
……今はこの先輩の優しさが、痛いだけだ。
「…良いんですか?」
「何が」
「彼女さん放って置いて…」
どうして。どうして私に優しくするんですか。
私が後輩だから?
先輩は一瞬困った表情を見せる。
そして「彼女…?」と呟くと、あぁ。と興味なさげに呟いた。
「アイツの事?」
「アイツって…彼女さんをアイツ呼ばわりとか」
私がどんなに頑張っても届かない人。
私の憧れの人。
先輩の隣に誰よりも一緒に居られる人、それが彼女さん。
しかし先輩はいやいや、と首を傾げると困った様に笑った。
「アイツ別に彼女とかじゃねーし。ただの友達…つーか、同じこと勉強してる仲間?」
――――――え?友達?仲間?彼女じゃない?
一瞬全ての機能が停止したように固まる。
ゆっくり、ゆっくり熱くなっていた頭が冷えて行く。
それとは逆に消えかけていた私の心の炎がふつふつと燃え出す。
何も言えないまま先輩の表情を伺う。
しかし先輩は私の奥にあるキッチンカウンターを見ていて、もうこの話題には興味が無いらしかった。
「俺もなんか食う。ここ離れんなよ。」
先輩がその場を離れるとゆっくりと私の機能が動きを再開する。
かろうじて動いた手の平で自分の顔を覆った。
涙が溢れそうだった。
あの人は彼女さんじゃなかった。
私まだ好きで居ていいんだ。
私まだ先輩の事思っててもいいんだ。
嬉しくて足が震えた。
しかしすぐに速足で戻って来た先輩を目の前に、私は言葉が思い浮かばなかった。
しかし先輩は私に気を使うでもなくお盆の上に乗ったカツカレーを食べ始める。
男の人らしい、豪快な食べ方。
腕まくりしたカットソーから見える腕にうっすらと乗った筋肉。
いつかあの腕に抱きしめられてみたい…。
―――あ、何か私ヘンタイっぽい?
「これ美味いな。」
「は?!あ…そうですね!」
私は食べたことも無いカツカレーに適当にそう答えると、明日のランチはカツカレーにしようと心に決めた。




