レプリカ
「吾輩はロボである」
…なんて特に笑えもしない独り言を呟きながら買い物袋を持っている自分の手のひらを見る。
見た目こそ人の手のように見える「ワタシの手」を動かす。
その手はなんの不自由もなく動いたが本来の人の手とは似ても似つかないほど、機械的に動いた。
そう、私は人間ではない…。
人間に近い姿で造られた所謂「人造人間」なのです。
ただ、マンガなんかのように火器を好き勝手にブチかますようなスーパーロボではなく、
防水、防火に特化した強化ボディを有した最新の試作型災害救助用人造人間で
火事や水害事故、地震や人災などに出動し、活動していました。
ロボット開発が急成長を遂げた今の時代、人型の災害用ロボットは珍しくもありません。
そんな中で、なぜワタシが最新試作型なのかというと人間の思考に限りなく近くした「人工知能」を有したロボットだったからです。
人間に近い思考で、より人命優先の効率的な救助を目的として造られた訳ですが・・・
そんなワタシは、今、災害救助の前線からは身を引いて、今は子育てをしているのです。
なぜ、買い物袋を持って家路に向かって歩いているのかという、そんなお話。
「ただいま〜」
ドアを開きながら、誰もいない空間に呼びかける。
「お〜か〜え〜り〜」
遠くから幼く可愛らしい声が返ってくる。
奥からパタパタという音が聞こえ、声の主のご登場だ。
「ママ〜!!」
太陽のような笑顔で飛び込んで来たその少女。ワタシの娘。
勘違いのないよう補足しておくとワタシはロボットだけど、この娘は人間です。
勿論、血は繋がっていません。ワタシには血が通っていませんから。
ワタシは娘を抱き上げ、笑うことのできない造り物の顔で精いっぱいの明るい声で
「ただいま。あかり。」
娘の名前を呼んだ。
ワタシはこの娘と出会ったのは、2年前。
その時、あかりは死にかけていました。
出会ったとき、ワタシは仕事中で、救助活動していました。
マンション丸ごと全焼するような大変な火事で、生存者は一人。
奇跡的にこの娘を救助できたのです。
「君がこの娘を育ててあげてはどうだろう?」
「…ワタシが、ですか?」
最初の感想は…正直、面倒だと思った。
両親を失い、身寄りもなく、どこにも帰れなくなった女の子。
そんな心に傷を負った少女の面倒を見なければならないと思うと気が重くなります。
それに、人間ではないワタシには避けることの出来ない大きな問題があります。
「でもワタシの見た目は人間には程遠いですよ」
そう…今のワタシの見た目は人間には程遠い。
母の面影を追い、他人に心を開けない少女が、明らかに人ではないワタシに心を開く訳がなかった。
「勿論、そのリスクは承知している、入って来たまえ。」
そう言って自動扉が開くと暗く俯いた少女が現れた。
その何もかもに絶望した顔がこちらを向きます。
すると、先ほどの顔が嘘のように明るくなり、大きな声で
「ま…ママ!!」
そう言ってワタシに飛びついて来たのです。
「これは…一体??」
「実この子にはあらかじめある薬を飲んでもらったんだ。」
そう言ってカプセル状の薬をみせた。
「これは一種の幻覚剤だと思ってくれ。これで今のこの子には君がお母さんと同じ姿に見えている。」
「データ状では人体に影響はなく、長期的に服用が可能だ。その臨床実験だよ。」
それでようやくワタシが母親役に選ばれた意図が理解出来たのです。
「やってくれるね?」
こうしてワタシの子育ては始まったのです。
勿論、それから薬は定時に毎日必ず飲ませています。
人体に影響はなく、毎年の健康診断も問題なく通過しています。
これがある限り、ワタシはあの娘の母親であり続けられるのです。
それから、数年の月日をかけて娘は成長していきました。
小学校、中学校と少しずつ背も伸びていって、身体も心も変化していきます。
そうした成長を観ていくうちに今までの私には無かった楽しいや嬉しいなど感情。
そして愛情というものも芽生えました。
成長した今でも娘は、ワタシのこと「お母さん」と呼んでくれている。
今の私にとってそれは何よりの幸せだった。
あかりはいつだってワタシのココロの在処を灯してくれる希望の光。
いつまでも一緒にいたい、そう想い続けるようになりました。
秋も過ぎ去ろうとしていた季節、ワタシに数年ぶりに災害出動の依頼が入ってきた。
娘を育て始めてから既に現場を離れて長いワタシは、その依頼要請に首を傾げました。
疑問を抱えたままのワタシに衝撃の通信が入ってきます。
なんと、火災が起きたのはワタシたちが住んでいるアパートでした。
時間は18:00頃、娘はすでに帰宅している時間。
ワタシは、買い物袋を投げ捨て、全速力で火災現場に向かいました。
炎は、すでに大きな火柱を上げて燃え盛っていました。
既に何人か救助されていたが、娘の姿はありません。
炎が強すぎて、救助が思うように行えないようでした。
ワタシに迷いはありませんでした。燃え盛る炎の中に飛び込んで行きました。
そしてワタシは、何とかワタシ達の住んでいた部屋に辿り着きました。
数時間前まで当たり前の風景だったそこは、目も当てられないほど様変わりしてしまっていた。
部屋を少し進むとそこに娘の姿を見つけました。
「あかりっ!!」
ワタシは駆け寄って、抱き上げます。
外傷は特になかったが熱と煙で既に意識はなく、呼吸も希薄だした。
早く助け出さないと命が危ないのは明白でした。
娘を担ぐ。
思ったよりも軽かったが、預かった日に担いで家路に着いた時には感じなかった娘の重さに
成長を感じて、胸が熱くなるのを感じました。
部屋の扉付近で出くわした救助隊に娘を預けて、現在の状況を確認します。
他にも救わなければならない人がいるらしいとのことです。
しかし、人間の彼らでは火が強すぎてこれ以上入っていけないようでした。
ワタシはいつもお世話になっている皆に恩返しがしたい。
ワタシは、意を決して再度炎の中に入っていったのです。
戻ってこれる保証はない。でも恐怖も苦しみもなかった。本来これが私の使命なのだから。
すべての部屋を回って、生存者の最後の一人であろう人を担いで出口へ向かますが、体が思うように動きません。
既にワタシの体のあちこちが熱で溶け、回路の一部も焼き切れていて、運動機能に障害が出ていました。
出口へたどり着き、救助隊に最後の一人を預けたその時。
「どごーん」と音を立て、ワタシの頭上の柱が音を立てて降ってきました。
すでに満身創痍のワタシは成す術もなく下敷きになりました。
意識が薄れていく、すでに殆どの回路が焼き切れ人工知能の意識をつかさどる回路ももう限界を迎えています。
助からない、そう直感しました。
「…あ、さん」
消えていく意識の中、ワタシを呼ぶ声が聴こえたのです。
「お母さんっ!!」
聞き慣れた声に薄れていた意識を叩き起こす。
ワタシの正面には灯が立っていました。
「お母さん…やだ…死んじゃやだよ…」
その言葉に違和感を覚えます。なぜなら今日は薬いつもの時間にを飲ませていない。
朝に飲ませた薬の効力は既に切れてしまっているはずなのです。
「あか、り…ワタ…シは…その…」
「私ね、実は知ってたんだ。お母さんが人間じゃないってこと」
そう言ってワタシの手をやさしく握ってきます。、
「でもね、私はそれでも良かったんだよ。人間じゃなくたってはお母さんはお母さんだよ」
そう話す娘の頬には涙が流れていました。
その娘の姿を視て、自分が最期にしなければならないことを思い出しました。
伝えなきゃ…、ワタシの最期の言葉を…
もうどこも限界で何もできないけど、最期の力を振り絞って言葉を紡いだ
「あ…い…シテ…る…、わ…タ…シは…ア…か…り…ガ…」
「ダ……イ…ス…キ……」
「私も、お母さんが大好き…」
そうしてワタシの意識は途切れた。
ワタシは体や脳は造り物だけど…この気持ちはレプリカじゃない、本物だったんだと思う。
それからあかりがどんな人生を送ったのかはワタシにはわからない。
でも、きっと幸せに生きているんだと思う。そう確信できる。
だって…ワタシの自慢の娘なのだから。