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箱貸屋

作者: oz

夏も過ぎ暦でも秋を迎える頃。終わりかけた残暑に出遅れたセミがどこか寂しく鳴く声が遠くに聞こえていた。

町の中心部から少し離れた所、そこには人が住む大きな箱がいくも積み重なった『アパート』という建物があった。その一室。畳が敷かれ簡素な机や布団などがあるが生活感は殆ど無い部屋だった。窓は暑さのためか開け放たれているが風はなく、室内は外と同じようにじっとりと蒸し暑い。そこには十四歳位の少女がいた。彼女は今では古風な紅い着物を着て鏡台の前に座っていた。手には櫛を持ち、乱れてしまった長い黒髪をゆっくり梳かしていた。ふと、少女は口を開いた。


「ねえ。三不(みふ)は、なんで箱貸屋なんて儲けにもならないことをしているの」


彼女の様子を少し離れた戸口に寄りかかって眺めていた三不という男は何も言わずに畳に座る彼女の傍らにゆっくりと立った。三不は白髪の20半ば頃の青年で瞳は珍しい灰色をしていた。出で立ちは灰色のスーツで、上着は脱いではいたがこの暑さのためか眉を少ししかめて気だるげな顔をしていた。彼は暫く鏡の中の少女を見つめていたが僅かな風が開いた窓から入ってくると、誘われるように窓の方に歩み寄って行った。

少女は鏡越しにを見ると仕方ないといった風に小さく笑って立ち上がった。彼女のほうが三不より頭二つ分程小さく、こうして立つとだいぶ年の離れた兄妹といった風にも見えなくもない。少女は己が身に付けた着物の乱れを鏡を見ながら直していく。大方直し、最後に緩みかけた襟元を直そうと手を伸ばした時に己の左の首元に赤い小さな痣を見つけて小さく声をあげた。三不は彼女の視線の先に気が付くと、少し足早に少女の傍に立つと彼女の頭を不意に力強く撫で始めた。


「ちょっと、三不やめて。髪が絡まるでしょう、ねえ」

「まあ、気にすんな」


暫く少女は嫌がる素振りを見せていたが終いには彼のしたいようにしておくつもりの様で大人しく撫でられていた。一通り少女の頭を撫でた男は満足したのか今度は少女の隣に座り、彼女の乱れた髪を丁寧に手で梳き始めた。少女は最初は不服そうな表情をしていたが髪を梳られる度に心地よさそうな顔をし、終いには眼を閉じて男に全てを任せうつらうつらと船を漕ぎ始めた。三不は髪を梳く手を止め、優しく少女の頭を撫でて小さく呟いた。


「お子さまには分からない大人のジジョーって奴だよ」

「……それって私がさっき言った、何で箱貸屋やってるのかっていうのの答え? 何がお子様よ。私、あなたより二つは確実に年上よ」


そう口をとがらせる彼女の様はそこらに居る子供にそっくりだった。三不は軽く笑いながら流すように応えると、整え終えた彼女の長い髪を手に取り器用にも編みだした。未だ不貞腐れる少女を彼は鏡越しにみると不敵に笑った。


「でも推測だろうが。それなら、もしかしての可能性で俺が年上の可能性もあるんだな?」


少女はそれを聞き、面白げに目を細める。


「まあ、見た目的には三不はオジサンだからね、可哀想に」

「言ってろ。綴螺(つづら)は、少女趣味の本物のオジサンにでも気を付けてろ」

「じゃあ、一番危険な三不オジサンから離れなきゃいけないわ。こんな少女に手を出す危険人物なんですもの」

「……バカか」


鏡越しに映る三不の何とも言えない表情に綴螺は声を立てて笑った。




この世界は一人一人が持って生まれる『時の速さ』が違う。例え同じ日に生まれた赤子が居ても彼らは同じようには育たない。一方は1年で5歳程の時が流れ、もう一方は半年程の時しか流れない事もあるのだ。

しかし、生を全うするころには其れなりの時の速さになり、何事も無ければ決まって120歳で終末を迎えるのがこの世界の不文律だった。

そして二人もこの規則に則り、違う時の流れの中を生き、今同じ時間を過ごしていた。




取り留めのないことを話している内に三不の手によって彼女の髪は綺麗に仕上げられた。終わりに髪を左側に垂らし、鏡台にあった小振りの銀の髪飾りを差す。

男は手を置き、少女に声をかけた。


「ほら。できたぞ」


綴螺は数度鏡で確認すると感心したように目を瞬いた。


「あら、上手に隠したわね。さすが前科持ちは経験が豊富でいらっしゃる」

「何言ってんだ、そんなにやってないだろうが」

「それ誇れるところじゃ無いから」


三不は怯んで何も言い返せない。それを見て綴螺はいたずらっ子の様な笑みを浮かべた。


「じゃあ三不、私帰るから。今度会う時はすんごい美女になってるかもよ。その時は、少女趣味の変態オジサンからただの変態オジサンに昇格ね」

「……オジサンじゃないから降格も昇格も無いって。じゃあ、また一週間後に」

「では、一週間後に」


彼女は綺麗に笑むとそっと立ち上がり、座る三不の額に軽い口づけを落として去って行った。

部屋に残ったのは三不だけ。


喚くセミもいつの間にか止み、遠くから子供たちの声が聞こえる。

よく聞けば、それは流行の悲恋を歌ったものだった。




「悲恋、ねえ……」



三不は額に手をやると小さな溜息を吐いた。



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