第二章 【一】
中学三年の夏休み明け。
俺と瑞希さんが、『彼氏』と『彼女』になってからの、記念すべき最初のデートの日。
「あーあ…、行きたかったなぁ、遊園地…。」
「仕方ないですよ、こんな雨じゃ!」
大雨により、予定していた遊園地行きがダメになる。
仕方なく、ファミレスで雨宿りをしつつ、ご飯を食べている俺達。
(瑞希さんが、『遊園地に行きたかった』と言ったのは、これで何度目だ?)
「やっぱり、マサ君が雨男なんじゃないの?」
「絶対に違いますー!瑞希さんが雨女なんですー!」
(この会話も、一体、何度目だ?)
遊園地に行けなかったのは残念だったが、瑞希さんと話しているのは楽しかった。
時間を忘れてしまう程に…。
(店員に、『あのカップル、ドリンクバーで、いつまで粘るんだ!』って、思われただろうな…。)
「今年の夏の大会は、どうだったの?」
「何の?」
「『何の』って、バスケットの大会!マサ君、バスケ部でしょ?」
「あ、あー…。今年は、市の大会のベスト8で、負けちゃいました…。」
(もし、県大会まで行ってたら、瑞希さんには再会してないはずだけどね。)
(あの、にわか雨の日は、普通に部活だったと思うから。)
「凄いじゃん、ベスト8なんて!うちの中学の他の運動部なんて、初戦敗退ばかりでしょ?」
「凄くないですよ…。去年は市の大会では優勝して、県大会まで行きましたから…。」
「マサ君、去年の大会も大活躍だったもんね!」
「…?何だか、見てたような、口振りですけど?」
「…!えーと…、実は…、去年、こっそり見に行ってたの、バスケ部の試合…。」
「はぁ?何で?」
「『何で』って…、応援に…。」
「生徒会長だったから?」
「違う…。マサ君の応援に…。」
「えっ…、どういうこと?」
「だからー、あの頃から、マサ君が好きだったから!」
「はいーっ?」
(あの頃って…。俺も、もう好きだったじゃん!瑞希さんが…。)
「もー、恥ずかしいこと言わせないでよ!罰として、マサ君も言いなさいよ!いつ、私のことが好きになったか!」
「『いつ』って…。」
(正直に言うべきか、否か…。)
「もしかして、雨に濡れて、下着が透けて見えてた私に惚れたとか?マサ君、エッチだからなぁ。」
「違います!断じて、違います!」
「じゃあ、私の水着姿に惚れちゃったとか?」
「それも、違います!」
「じゃあ、いつよ?」
「えーと…、去年の春頃…、瑞希さんにぶつかった時…。一目惚れしました…。」
「やっぱり、マサ君も…。」
「『やっぱり』って…。」
(気付かれてたのー!)
(うわっ、めっちゃ恥ずかしい!)
(ん?『マサ君も』って言わなかった?)
「だって、最近、好きになったんじゃなければ、それ以外に考えられないもん!その時しか、接点がなかったからね、中学時代の私達。あの当時の私に一目惚れするなんて、変わってるね、マサ君。」
(自分で言うなよ…。)
「もう止めましょう、この話は!逃げ出したいくらい、恥ずかしいので…。」
「実は私も…、あの時、マサ君に一目惚れしたんだけど…。」
「はぁー?だってあの時、めっちゃ怒ってたじゃん、瑞希さん!」
「怒ってないよ、めちゃくちゃ恥ずかしかったけど…。だってマサ君、もの凄く心配そうな顔で、当たり前のように、手を差し出すんだもん…。」
「…。」
(だって、女の子を吹っ飛ばしちゃったから…。)
「背が高くて、格好良くて、優しい王子様が現れた!…って思ったの。漫画みたいな展開って、ホントにあるんだ!…って思った。しかも、私に惚れてくれたみたいだし。」
(薄々、感じてはいたが、この人、ちょっとズレてる…。)
「一つ疑問点があるんですが…。」
「何?」
「あの時、俺が瑞希さんを好きになったのは確かですが、何でそれを瑞希さんが気付いたんですか?」
(毎日、目で追ってたのが、バレてたのか?)
「高木くんに聞いたから。」
「…!」
(そっちか!口止めしたのに!)
「背の高い二年生だったから、バスケ部かバレー部だと思って、バスケ部の高木くんに聞いてみたら、ビンゴだったわけ。」
「じゃあ、瑞希さんは、俺達が両想いだったって、知ってたんですね…。」
「うん、知ってた。」
(何で、言ってくれないんだよ、高木さん!)
「何で…、告ってくれなかったんですか?」
「それはこっちのセリフ!高木くんに、『告白しないのか?』って、言われたことなかった?」
「言われて…ました…。」
(あれは、そういう意味だったのか!)
「私が、高木くんにお願いしたの。マサ君が、私に告白するように、それとなく仕向けて欲しいって。だって、こういうことは、男の子がするものでしょ?」
「…。」
(瑞希さんから、言ってくれても…。イヤ、俺が言うべきだった…。)
「私…、ずっと待ってたのに…。卒業式の日まで…。」
「…。」
(瑞希さんは、俺のこと知らないって、思ってたから…。)
「マサ君が何も言ってくれなかったのは、私に魅力が足りないからだ…と思って…。高校生になったら、変わってみようと思ったの…。」
「魅力が足りなかったわけじゃ…。」
(当時の瑞希さんでも、俺的には、充分、魅力的だったわけで…。)
(俺が、ヘタレだっただけで…。)
「でも、もういいの!今は、マサ君と付き合うことが出来たから!初恋の…。」
「初恋…、だったんですか?」
「それまでも、何となくいいなって思った人はいたけど…。この人が好きって思った人は、マサ君が初めて。だから、有り難く思いなさいよ!」
「はぁ…。」
(何が、有り難いんだか…。)
俺達は、どれくらいファミレスで粘ったんだっけ?
その日は、雨が小降りになった夕方頃に帰った。
当然、『彼氏』としては、『彼女』を家まで送って行く。
この時、二人とも傘をさしており、微妙な距離が空く。
俺は、手を繋ぎたかったが、この状態では無理だった。
並んで歩く俺達の会話は、一向に途切れない。
(それにしても、瑞希さん、よく喋るな。それに、よく笑う…。)
(第一印象とは、だいぶ違うけど、こっちの瑞希さんの方が好きだな…。)
「遊園地は残念だったけど、今日は楽しかった!マサ君のことも、たくさん分かったし。」
「俺もです!」
彼女も、俺と同じ気持ちで、何だかホッとした。
「来月は、何しよっか?」
「えーと…、来月は…。」
(ちょっと言いづらいな…。)
「遊園地にリベンジする?」
「えーと…、来月からは、休みの日も塾があって…。」
「そ、そっか…。仕方ないよ…、受験生だもん…。」
傘で顔は見えなかったが、声のトーンで、がっかりしているのが伝わってくる。
「すいません…。」
謝ることしか出来ない。
「謝る必要、ないって!そういう約束だし…。それじゃあ、来月は、『放課後デート』だね。それはそれで楽しみ!」
「…。」
彼女は、無理やり明るい声を出しているように聞こえた。
今にして思えば、『放課後デート』なら、月一回じゃなくても良かったのだが、俺達は、律儀にその約束を守っていた。
「マサ君、携帯はまだ学校に持って行ってないの?」
「持って行ってませんけど?」
「持って行きなよ!」
「だからそれは、瑞希さん達が…。」
(瑞希さんが生徒会長だった時に、決めたルールだろ!)
「見つからなければ大丈夫だよ。多分、女の子達は、内緒で持って行ってる子が多いと思うよ。」
「でも、先生に見つかったら、取り上げられますよ。」
「生活指導の先生じゃなければ、取り上げられないよ。注意はされるかも知れないけど。」
「何で、そう言い切れるんですか?」
「だって私が、先生達に根回ししたから。」
「はぁ?」
「そもそも、あのルールは、生活指導の先生に、無理やり押し付けられたものだし。先生達の中には、『禁止にしなくても』っていう人も、沢山いたよ。」
「…。」
(この人は、凄いんだか、凄くないんだか…。)
「だから、こっそり持って行っちゃいなよ。」
「でも…。」
「そうすれば、学校にいる間も、メールとか出来るし…。」
「うん…。」
(ホントに、いいのかな…。)
最初は、どうなることかと思ったデートは、総合的には楽しかったと言っていい。
恐らく、彼女も同じだったはず。
帰り道での、彼女の淋しそうな様子が、気にはなったが…。