第一章 【四】
そして、中学三年の夏休み。
瑞希さんとの初デート。
その日は、台風が近付いていて風が強かったが、真夏日を記録する程の暑さだった。
待ち合わせ場所は、俺のマンションの入口。
行き先は、市民プール。
本当は、もっと大きな所に行きたかったが、いかんせん、中学生にはこれが限界。
いつかのように、自転車に乗ってやって来た彼女の格好は、ヒラヒラミニスカートのワンピース。
むき出しになっている彼女の腕や足は、俺には刺激が強過ぎた。
(女の子の腕や足って、あんなに細かったっけ?)
(あんなヒラヒラのスカートじゃ、捲れちゃうかも知れないじゃん!)
「今日は風が強いのに、そんな格好で大丈夫ですか?」
「もーっ、相変わらずエッチなことばっかり考えてるんだから、この中学生男子は!」
「ハイハイ、すいませんでした。」
(この人は俺を、どうしても、『エッチな男子』にしたいらしいな…。)
いちいち反応するのも、馬鹿らしかった。
「あーっ、何か可愛くない反応!ご心配には及ばず、下に水着を着てるから大丈夫だよ。ほらっ!」
「んがっ!」
スカートを捲り上げる彼女。
変な声を出してしまった俺。
「『んがっ』だって!何て声、出してんのよ!」
どうやら、ツボに入ったみたいで、彼女はしばらく大笑いしていた。
プールに着くと、俺は先に着替え終わる。
俺は男だから、プールサイドで着替えたって問題はないぐらいだが、年頃の女の子はそうはいかない。
更衣室の近くで、彼女が出て来るのを待っていると…。
「ごめん、お待たせ!」
「…!!!」
彼女の水着姿に、言葉を失う。
彼女の水着姿は、同級生の女子達のそれとはあまりに違っており、言葉が出て来ない。
スクール水着なわけはない、という想定だけはしていたが…。
大人の女性を思わせるその姿は、夢にまで出てきそうな光景だった。
「ちょっとー、私のこの格好を見て、何か言うことあるでしょ!」
「か、可愛い…です…。」
(想像以上に…。)
(それに、谷間がちゃんとあるじゃないですか!)
「ホントにー、ありがとう!でも、この谷間は偽物だけどね。寄せて上げて、パットを詰めて、だから。」
「…。」
(余計なことは、言わなくていいのに…。)
「夜、私の水着姿を思い出して、一人でするの?」
「だ、だから、何を!」
(何てことを言うんだ、この人は!)
楽しい時間は、あっという間に過ぎ、そろそろ帰ろうという時間になる。
名残惜しかったが、人も少なくなってきたし、時間も時間だったから…。
「ねぇ、ねぇ、水野くん!あそこに何かあるよ!」
プールの中を指差す彼女。
「えー、どこですか?」
プールサイドにしゃがみ込み、水面を覗き込む。
トン!
「うわーっ!」
ドボン!
背中を押され、プールに落ちる。
不覚をとった…。
この人に、背中を見せるなんて…。
「ごめん、ごめん!あまりにも狙い通りの反応だったから、つい手が出ちゃった!」
そう言いながら、ゲラゲラ笑う彼女。
(ったく!この人は、大人なんだか、子供なんだか…。)
「危ないじゃないですか!」
「だから、ごめんって言ってるじゃん!はいっ!」
そう言って、手を差し出す彼女。
ドキッとして、一瞬、その手を取ること躊躇する。
そして、ドキドキに気付かれないように、彼女の手を取り…。
グイッと引っ張る。
「きゃっ!」
ドボン!
彼女もプールに落ちる。
(ざまあみろ!仕返しだ!)
「ちょっとー、何すんのよー!子供みたいなことしないでよ!」
「どっちが子供だよ!」
憎まれ口を叩いたが、俺は彼女の手の感触を思い出していた。
初めて握った、女性の手…。
初めて握った、瑞希さんの手…。
改めて、彼女のことが好きだと自覚した。
「今日は楽しかった!また遊んでね!ってダメだよね…、受験生だもんね…。」
別れ際、彼女は悲しそうな顔をする。
『あの日』、見た顔だった。
「大丈夫ですよ、また遊んで下さい。…じゃなくて…。」
「…?」
(何を言おうとしてるんだ俺は!)
「俺はまだ中学生だし…、受験生だし…、高校生の瑞希さんから見れば、子供に見えるかも知れないんだけど…。」
「…?」
(やべぇ、止まらない!)
「俺と…、付き合って下さい!」
(言っちゃった…。どうしよう…。)
「う…そ…。」
「嘘じゃないです!本気です!俺、瑞希さんが好きなんです!」
(『あの日』から、ずっと…。)
「私なんかでいいの?それに…、水野くん、受験生だし…。」
「問題はそこなんですけど…。毎日、会うのは、さすがに無理ですけど、出来るだけ時間は作りますから。」
「それじゃあ、一ヶ月に一回は、必ず会うってことでどう?今日みたいに長い時間じゃなくても、ほんの数分でもいいから。」
「瑞希さんが、それで良ければ…。」
「じゃあ、それで決まり!」
「えーと…、それで…、告白の返事は?」
「はぁ?何を言ってんのよ!『はい』に決まってるじゃん!私で良ければ…。」
中学生最後の夏休み。
俺に初めての彼女が出来た。
偶然に、偶然を重ねて…。