番外編【四】 雨男と晴女
(どうしよう…。)
(彼に何て言おう…。)
彼と出会ってから、二度目の春を迎えた頃。
その日、私は自宅のトイレで頭を抱えていた。
手に持った妊娠検査薬は、陽性を示していた…。
心当たりはある。
『酔った勢いで』ってやつだ。
間違いなく彼の子供なのだが、私は素直に喜べないでいた…。
「大事な話って、何ですか?」
彼は、いつもと何ら変わりが無い。
私は、心中穏やかではないが、出来るだけ表に出さないようにしていた。
「マー君…、女性恐怖症とやらは治った?」
「今更、何を言ってるんですか!治ってなきゃ、美咲さんと付き合ってないですよ!それに、あれは、俺がびびってただけです。」
「何でびびってたの?」
「うーん…、それは言わないとダメですか?」
「言いたくないなら、無理には聞かない…。」
表面上は、問題ないように見える彼だが、『トラウマ』は、結構、根深いものかも知れない。
「美咲さんのことは、ちゃんと好きです…。結婚だって…。」
最後は、言葉を濁した彼だが、その言葉に勇気を貰った。
「実はね…、大事な話っていうのは…。…出来た…かも知れない…。」
「何がですか?」
「赤ちゃん…。まだ、確定したわけじゃないけど…。」
「…。ホントですかー!!!!」
一瞬、間を置いた後の彼の反応は、私の想像と少し違った。
彼は、何だか嬉しそうだった。
「どうしよう…か?」
「『どうしよう』って…。結婚しましょう!」
「結婚…してくれるの?」
「当たり前じゃないですか!美咲さんの両親に、挨拶しに行かないといけないですね!それに、住む所を探さないと!後は、もっと頑張らないと!」
興奮気味の彼だったが…。
「マー君…、うちの父親に殴られるかもよ…。」
「それぐらい大丈夫ですよ!死ぬわけじゃないし。それより、好きな人と結婚出来る方が嬉しくて!」
彼は、涙を流しそうな勢いだった。
「嬉しそうだね、マー君…。」
「嬉しいに決まってるじゃないですか!美咲さんが、俺の奥さんになるんですよ!」
「ふふっ…。」
私は、喜ぶタイミングを逃し、苦笑いを返すことしか出来なかった。
「…?もしかして…、美咲さんは、あんまり嬉しくないんですか?」
「そんなことはないけど…。」
「仕事を辞めたくないとか?それだったら、産休を取ってから復帰すればいいじゃないですか!」
「イヤ、結婚したら、仕事は辞めるけど…。」
後日、産婦人科に行き、私の妊娠は確定した。
その時、私は、『一人で大丈夫』と言ったのだが、彼は、強引に付いて来た。
彼は、そこでも大喜びし、周りの失笑を買っていた…。
彼と出会う前は、想像もしていなかった形で、私に家族が増えることになった。
しかも、一気に二人も…。
いつかの私の予感は当たり、上司の策略通り、私達は結婚することになった。
そしてその後、大した騒動も無く、私達は一足先に一緒に暮らし始めた。
私のお腹が、少しだけ目立ち始めた頃、ささやかな結婚式を上げる。
その前日。
「明日、晴れますかね?」
天気を気にする彼。
「明日は、いい天気らしいよ。」
「美咲さんって、『晴女』ですか?」
「さぁ、どうだろう?気にしたことないからなぁ。」
「俺は、『雨男』らしいですけど…。」
彼はそう言って、少しだけ悲しそうな顔をした。
『雨男』かどうかなんて、気の持ちようだと思うのだが…。
(もしかして、女性恐怖症気味だったことと、関係があるのかな?)
彼の『トラウマ』について、結局、私は聞いていない。
彼が話す気になれば、いつか話してくれるだろう。
それまでは、聞くつもりもない。
何故なら、私にとっては、さして重要なことではないからだ。
(でも、どっちかが死ぬ前には、聞いてみたいかな?)
〜番外編 完〜




