第四章 【四】
俺の人生で、最悪のクリスマスが過ぎた後…。
二、三日が経ち、冷静さを取り戻してくると、俺は後悔し始める。
(話ぐらいは聞いてあげても、良かったかも…。)
(単なる誤解だったかも…。)
(もう、瑞希さんの笑顔が見れなくなるのは…、辛いな…。)
しかし、今さら後悔しても、全てが遅かった。
仮に、仲直り出来たとしても、元通りには、きっと戻れない。
俺達の『約束』は、お互いの信頼関係の下に成り立っているものだったから…。
一度、壊れてしまったら、元に戻すことが出来ないほど、儚いものだったから…。
傍から見れば、馬鹿らしく思えることかも知れない。
しかし、『月一回のデートの約束』が、二人の間で成り立っていたのは、約束を守ろうとするお互いの強い意志と、お互いに対する信用があってこそ成立する。
その前提が崩れてしまったら、俺達にはどうすることも出来なかった。
その年の暮れ、俺宛ての小包が届く。
差出人は、『神崎瑞希』。
荷物の中身は、マフラーと一通の手紙だった。
『マサ君へ
本当は自分の口から直接、言いたかったけど、それは叶わないようなので、手紙を書きます。
伝えたいことは、たくさんあるけど、まず始めに、こうなっちゃった原因について、説明しないといけないよね。
あの日、高校の友達に、「カラオケ行かない?」って誘われたの。
もちろん、女の子の友達だよ!
ケーキの準備も終わって暇だったし、友達同士だから何の問題もないと思った。
でも、そこには、男の子達もいたの。
いわゆる、「合コン」ってやつ。
帰ろうとしたけど、強引に引き留められちゃって。
あの時、一緒にいた人は、帰る方向が一緒だったから、送ってもらっただけ。
もちろん、断ったけど、夜だったし。
あの人は、友達だったわけでもなくて、初めて会った人。
「私には彼氏がいる」って、ちゃんと伝えてあった。
高校は違うし、連絡先だって知らない、教えてもいない。
こうやって書いてて思うんだけど、私の行動は軽率すぎるよね。
全部、言い訳に聞こえるよね。
本当に、ごめんなさい。
マサ君は、私を信用してくれてたのに、それを裏切ってしまったのだから、許してくれなくて当然だよね。
去年の夏、私達が出会えたのは奇跡的だよね。
私なんか、運命を感じちゃった!
それからの日々は、本当に楽しかった。
全てが新鮮だった。
私は、マサ君をからかって、面白がってばかりいたけど、マサ君に愛想を尽かされなくて、本当に良かったよ(汗)。
私のワガママに、いっぱい付き合ってくれてありがとう。
でも、本音を言うとね、私は淋しかった。
月一回だけしか会えないなんて、淋し過ぎる。
だって、好きなんだから当然でしょ?
もっと、いっぱい会いたかった。
色んな所に、二人で遊びに行きたかった。
一緒の高校に来て欲しかった。
ずっと一緒にいたかった。
子供が出来てたら、ずっと一緒にいられたかなぁ。
こんなこと言うと、また、マサ君を困らせちゃうね。
私は、今でもマサ君が好き!
マサ君は、私に初めてをいっぱいくれたから、簡単に忘れることは出来ないよ。
初めての恋、初めてのデート、初めての彼氏、初めてのキス、初めてのエッチ。
初めての別れは、いらなかったけど。
今まで、本当にありがとう。
私も楽しかった。
また、どこかで、私が雨宿りをしていたら、傘を貸してね。
マサ君が雨宿りをしていたら、私が貸してあげるよ。
マサ君は雨男だから、意外と早く、その機会が訪れたりして!
その時は、友達として、また、いっぱい話そうね。
その時、マサ君はどんな風になっているのかな?
マサ君が、大人になって行くところを、傍で見ていることが出来ないのは、ちょっと淋しいけど。
バスケット、頑張ってね!
陰ながら、応援しています。
それじゃあ、さようなら。
瑞希より
P・S・
一緒に送ったマフラーは、クリスマスプレゼントです。
一応、手編みだったんだけど。
私には、捨てることが出来なかったから、マサ君が処分して下さい。』
その手紙は、所々、文字が震えており、滲んでいるところもあった。
彼女が、どんな状態でその手紙を書いていたのか、容易に想像することが出来た。
俺も、涙が止まらなかった。
机の上に置きっぱなしだったストラップと、瑞希さんからのその手紙は、引き出しの奥にしまった。
マフラーも、タンスの奥にしまい込んだ。
その時は、捨てることが出来なかった。
俺は、一体、彼女の何処を見ていたのだろう?
ちょっと天然で、よく喋り、よく笑う、彼女の表面しか見ていなかったのではないか?
彼女にしてやれることは、いくらでもあったはずなのに…。
彼女の本音に、気付いてあげることだって、出来たはずなのに…。
『早く会いたかったから、早退して来た。』
『一緒の高校に来て欲しい。』
『塾、サボってよ。』
『最初の約束、守ってよ。』
『ちょっとだけでいいから、家に上がってって!』
『もし、子供が出来たらどうする?』
『一回ぐらい、部活、サボってよ!』
数え上げたら、キリがない。
今さら後悔しても、全てが遅すぎる。
全てが終わってから気付いたって…。
今にして思えば、彼女から手紙が届いた時、彼女と一からやり直すチャンスだったかも知れない。
全てをリセットして、最初からやり直す、唯一のチャンス…。
彼女からの手紙、手編みのマフラー、一組の携帯ストラップを持って、彼女の下へ走って行けば…。
当時の俺は、それに気付いていなかったのか、それとも、気付いてはいたが、あえて、そうしなかったのか、思い出すことは出来ない。
瑞希さんとの思い出は、ここで終わり。
その後、偶然、再会することもなく、俺は大人になった。




