第一章 【一】
中学三年の夏休み直前。
この日の空は、午後になると曇り始め、帰る頃には真っ黒になっていた。
先程までの、うだるような暑さは和らぎ、東風が強く吹いている。
俺は既に、部活は引退し、学校が終わると真っ直ぐ家に帰る。
(これは一雨来るな。家までもつかな…。)
(天気予報、チェックしてきて良かった。ちゃんと傘を持ってるし。)
案の定、途中で雨は降り始め、雨足もどんどん強くなる。
(傘さしてても、ずぶ濡れじゃねぇか!)
そして、自宅マンションに辿り着くと、入口に人影を見つける。
制服姿の女の子だ。
傍らには自転車があり、傘は持っていないようだった。
(見たこと無い娘だな。雨宿りでもしてるのか?高校生か?)
俺が通ってる中学の制服とは、明らかに違う。
近付いて行くと、背はそんなに高くないが、その娘はかなり大人っぽく見えた。
そして、肩まで伸びた黒髪は、雨に濡れて妙に色っぽい。
顔は…。
(やべぇ、可愛い…。)
「傘、ないんですか?」
「…?あっ!う、うん…。」
思わず声を掛けてしまったが、警戒されてしまったようだった。
「良かったら、これ、どうぞ。」
「えっ、でも…。」
「俺の家、このマンションだから、今日はもう、必要ないし。」
「あ、ありがとう…。」
少し、警戒は解かれたようだった。
(うわっ、透けてるじゃん!)
彼女の制服は、雨に濡れ、ピンク色の下着が透けて見える。
思春期の男子には、刺激が強過ぎる光景。
「あっ、そうだ!ちょっと待ってて貰えますか?」
「…?」
急いで、階段を駆け上がり、家に戻る。
家の中で、雨合羽を探すも見つからない。
仕方なく、ジャージの上着を取り出し、もう一度、家を出る。
階段を駆け降り、マンションの入口に戻ると、彼女はまだ、そこにいてくれた。
「良かったら、これ着て行って下さい!俺のだから、ちょっと大きいかも知れませんが、ちゃんと洗ってありますから。」
「何でジャージ?」
「えーと…、そのー…。」
彼女は、俺の視線をたどり…。
「きゃーっ!エッチー!」
「あっ、えっ、違っ!」
「ふふっ、冗談だよ!赤くなっちゃって、可愛いねぇ、少年!」
「…。」
(そんなに、歳、違わねぇはずなのに、子供扱いしやがって!)
「キミ、水野正宏くんでしょ?」
「何で名前、知って…。」
「私、キミの中学の先輩だよ!今年の春に、卒業したんだけど。」
(だからと言って、何で俺の名前まで知ってるんだ?)
「俺と面識、ありましたか?」
「えっ!さ、さぁ、どうでしょう?」
思わせ振りな言葉。
「…。」
(一個上に、こんなに可愛い女の知り合いなんて、いないはずなんだが…。)
「これ、また此処に持って来ればいい?」
「はい、いつでも構わないんで。」
「それじゃあ、明後日に持って来るよ。ジャージを、ちゃんと洗濯して返したいから。」
「洗濯なんかしなくても、大丈夫ですけど…。」
(むしろ、そのまま返してくれたほうが…、って俺は変態か!)
「ダメだよ!私の匂いが付いちゃうから。それで、変なことするでしょ、キミ?」
「…!し、し、しません!」
(何でバレたんだー!)
「動揺するところが怪しい。」
そう言って、俺をからかうように笑う彼女。
「明後日も、俺は同じぐらいの時間に帰って来るんで。」
「了解!じゃあ、雨も小降りになって来たから、私、行くね。」
「気を付けて。」
「ありがとう!じゃあね!」
満面の笑みで俺に手を振り、彼女は行ってしまった。
当初の警戒心は、何処へやら…。
(しかし、可愛い人だったなぁ…。)
(一体、誰なんだろう…、って名前聞くの忘れた!)
中学三年の七月、俺は彼女に出会った。
正確には、再会した。




