第四章 【三】
高校二年生の冬。
クリスマスイブの日。
俺は、遠征先の駅の売店で、ある携帯ストラップに目が止まった。
それは、二つが対になっているタイプのもの。
二つに割れたハート型の飾りを、それぞれのキャラクターが片方ずつ持っており、二つを合わせるとハートの形になるものだった。
(クリスマスプレゼントは、いらないって言ってたけど…。)
俺は、その携帯ストラップを一組、買う。
二つ合わせても、二千円もしないものだった。
その日、家に着いたのは予定より早く、まだ六時前。
家に着き、着替え終わると、早く、プレゼントを渡したくて、ウズウズして来る。
そして、居ても立ってもいられなくなり、俺は家を飛び出した。
一組の携帯ストラップを握りしめ…。
(瑞希さん、喜ぶかな?)
瑞希さんの笑顔が、早く見たいだけだった。
一度、電話してから行こうとも思ったが…。
(急に行って、びっくりさせてやろう!)
瑞希さんの驚く顔が、見たいだけだった。
俺は、自転車に飛び乗り、十分と掛からない道程を急いだ。
彼女の家に着き、チャイムを鳴らすが、応答はない。
(何だ…、留守か…。)
(何処に行ったんだ?今日、バイトは休みだろ?)
すぐに帰って来るものだと思い、家の前で待つことにした。
それから、どれぐらい待っていただろうか?
恐らく、二時間近く経っていただろう。
さすがに、寒さに耐えられなくなり、今日は諦めて帰ろうとした時、こちらに向かって来る人影を見つけた。
話し声や笑い声が聞こえてくる。
段々と近付いて来た人影を見て、俺は茫然としていた。
その人影は、瑞希さんだったが、一人ではなかった…。
俺達と同年代らしき男と、一緒だった…。
彼女は一人っ子だから、兄弟であるはずがない。
従兄弟でもないはずだ。
俺は、その場に立ち尽くして、動けなかった…。
「あっ、えっ…、マサ君!」
俺に気付いた彼女が、驚きの声を上げる。
この日、彼女は、一年前に俺があげたクリスマスプレゼントを、付けて…いなかった…。
「…。」
声が出ない。
何も考えられない。
「マサ君、違うの!あのね、この人は…。」
この時点で俺は、彼女に背を向け、自転車に乗り、走り去ろうとした。
「マサ君、待って!お願い、話を聞いて!」
「…。」
俺は何も言わず、自転車のペダルを漕ぎ始めた。
「待ってってば!お願い、待ってよ!」
俺の背中に向かって叫ぶ彼女の声は、涙声だった。
自転車を漕ぐ俺の顔に、冷たいものが当たる。
雪がチラつき始めていた。
(どおりで、寒いわけだ…。)
その日、瑞希さんから、何度も着信があった。
言いたいことや、聞きたいことは山ほどあったが、俺は、一度も電話に出なかった。
とてもじゃないが、冷静に話せそうもない。
そして、煩わしくなった俺は、携帯電話の電源を切った…。
その日は、色々なことが、頭の中を駆け巡り、中々、寝付けなかった。
何を考えていたかは、思い出せない。
思い出したくもない。
翌朝、習慣というものは恐ろしいもので、寝付けなかった割りには、いつも通りの時間に目が覚める。
携帯電話の電源を入れ、履歴を確認する。
着信履歴六件、留守番メッセージ一件、メール受信二件。
全て、瑞希さんからだった。
留守番メッセージを確認する。
『お願い…、マサ君…、電話に出てよ…。』
涙声の瑞希さんだった。
メールを確認してみる。
一件目『許して欲しいとは言わない。話だけでも聞いて欲しい。』
二件目『電話がイヤなら、メールでもいい。言いたいことがあるなら、言って欲しい。私はどんなことでも聞く準備があるから。』
彼女の悲痛な叫びに、俺は、返信しなかった…。
その日、落ち着いて家に居ることが出来ず、近所のバスケットコートで体を動かした。
俺の心とは裏腹に、外は雲ひとつない、いい天気だった。
お昼頃、さすがに腹が減ってくる。
(そういえば、昨日の夜から何も食べてないんだっけ…。)
重い足を引きずり、家に戻ることにする。
マンションの前に辿り着くと、入口に人影を見つけた。
俺は、その人影に、心当たりがあった。
メガネを掛け、肩まで伸びた黒髪を二つに縛っているおさげ髪の女の子。
「おかえり…、マサ君…。」
俺のことを、『マサ君』と呼ぶのは、一人しかいない。
その娘の目は、メガネに隠れてはいたが、明らかに充血しており、目の周りが腫れているのが分かった。
「…。」
俺は、立ち止まることなく、振り返ることもなく、無言でマンションの中に入って行った。
「お願い…、待って…。」
彼女は、俺の背中に、力なく呼び掛けた…。
家の中に入ると、携帯電話を取り出し、メールを打つ。
宛先『神崎瑞希』
本文『今まで、ありがとうございました。とても楽しかったです。そして、さようなら。』
メールを送信し、携帯電話のメモリーから『神崎瑞希』を削除する。
しばらく、部屋の窓から外をボーッと眺めていた。
数分後、高校生ぐらいの女の子が、自転車を押しながら歩いて行くのが見えた。
遠目に見ても、泣いているのが分かった。
彼女の声を聞いたのも、姿を見たのも、この日が最後だった。