第三章 【四】
迎えた、定期戦の当日。
俺は、先輩達を差し置いて、スタメンだった。
練習試合では、何度かそういうこともあったが、準公式戦と言える大事な試合にも関わらず。
体育館には、想像以上に観客もいた。
「本当にいいんでしょうか?俺なんかをスタートから使っても…。先輩達を差し置いて…。」
ビビっていた俺は、高木さんに、聞いてしまう。
「何だよ、お前、ビビってるのか?たかが定期戦だぞ!お前って、そんなチキン野郎だったか?」
「そういうわけじゃなくて…。」
「お前がスタメンなことに、誰も文句はねぇと思うぞ。お前は、体力さえ続けば、うちの学校じゃ一番上手いし。」
「体力がないことが、一番の問題なんですけど…。」
「それより、神崎の姿が、見えねぇんだけど。お前を、応援しに来てるんじゃねぇの?」
そう言って、観客席を見回す高木さん。
(何を言ってんだよ、瑞希さんなら、観客席の最前列にいるじゃん!)
(…って、そうか!高木さんは知らないんだ!瑞希さんが、中学時代から変わってること。)
高木さんとバカな話をしていたら、緊張も溶けてきた。
試合直前、観客席の瑞希さんと目が合うと、彼女が小さく手を振る。
隣にいた友人らしき女生徒に冷やかされ、彼女は顔を赤くしていた。
その笑顔を見た俺は、やる気レベルが一段上がった。
試合は、見事、東高の勝利に終わる。
俺は、そこそこやれたが、試合終盤に足がつってしまった。
「マサ君、超格好良かった!惚れ直しちゃった!」
瑞希さんお手製の弁当を食べながら、体育館の裏で話をしている俺達。
「でも、足がつっちゃって…。」
(格好悪いところを見せちゃった…。)
「私、マサ君がシュート決めた時、喜び過ぎて、うちの学校の生徒に、白い目で見られちゃった。」
「東高を応援する生徒なんて、西高には、他にいないですからね。」
二人で食べたお弁当は、とても美味しかった。
しばらく、二人で話していると、
「水野くん、ここにいた…んだ…。」
マネージャーの滝本さんが、俺を呼びに来た。
そして、怖い顔をして俺を睨む。
「何か用…ですか?」
(俺、何か悪いことしたか?)
「西高の文化祭、見てっていいって…。…一緒に…回れば…、その彼女と…。」
「分かりました。わざわざ、すいませんでした。」
俺に伝言を伝えると、滝本さんは走り去ってしまった。
(怒られるかと思った…。)
「今の娘、マサ君のこと好きだよ…、絶対…。」
「まさか!そんなわけないですよ!」
「だって、物凄い顔で睨まれちゃったよ、私。でも、私も睨み返したけどね。にらめっこなら自信あるし。」
(そういう問題じゃない気が…。)
瑞希さんは、滝本さんが睨んでいたのは、『マサ君ではなく私だ』と、言い張っていたが…。
「あの人、二年生ですよ。俺なんか、眼中にないですよ。」
「私だって二年生だよ。」
「それはそうですけど…。」
「マサ君は、年上にモテるんだね…。背が高いから…かな?それとも…。」
(瑞希さんの考え過ぎだと思うけど…。)
予想外に時間が出来たことにより、瑞希さんと文化祭を見て回ることが出来た。
「俺なんかの相手をしてて、いいんですか?」
と聞いたが、
「平気だよ!『彼氏が来てる』って言ったら、みんな融通してくれたから。でも、明日は、私が融通してあげないといけないけどね。」
と笑っていた。
瑞希さんと一緒に校内を歩いていると、彼女の友人達に声を掛けられる。
「あっ、瑞希ちゃん。ふーん、その人が噂の『彼氏』?」
その女生徒は、俺の頭の先から爪先までを、吟味するように視線を動かす。
「そうなの!格好いいでしょ!」
「確かに、想像してたより、いい男かも…。」
(俺は、瑞希さんの友達に、どんな風に伝わってるんだ?)
「私の『彼氏』だから、あげないよ!」
「そういうつもりじゃないよ!」
(俺は、物じゃないんだけど…。)
「さっき、バスケの試合に出てた人だよね?」
今度は、別の女生徒にも吟味される。
「そうだよ!東高で一番目立ってた選手!」
「一年生の女子が騒いでたよ。『東高のバスケ部に格好いい子がいる』って。多分、瑞希ちゃんの『彼氏』のことじゃないかなぁ。」
「それじゃあ、一年生の教室の方に、行かなきゃ!『これは私の彼氏です』って、知らしめないと!」
(俺は、見世物でもないんだけど…。)
その日は、瑞希さんが終わるのを待って、一緒に帰った。
自転車を並べ、話をしながら帰る。
いつもとは違う状況が、新鮮だった。
(こうやって帰るのも、いいかも…。)
東高に進学したことを、ほんの少しだけ後悔した。
瑞希さんの家に着き、家の前で、彼女に別れを告げようとしたが、
「今日も上がって行きなよ!」
彼女に引き留められる。
「今日は止めときますよ。」
「ちょっとだけでいいから、上がってってよ!」
半ば強引に、家の中まで引っ張って行かれた。
この日は、少し疲れていたこともあり、そんなつもりは全くなかったが…。
欲望に逆らえず、体を重ねてしまう…。
この日は、俺が彼女を押し倒したのではなく、彼女が俺を押し倒した…と思う。
「こうしてると、幸せな気持ちになれるね!」
裸で抱き合っている最中、彼女が言った。
この言葉で、俺の中で、何かのタガが外れた…、気がした…。
俺は、彼女が発した小さなサインに、気付いてあげることが出来なかった。