第三章 【一】
高校の入学式の日は、桜を散らしそうな雨だった。
この日も、瑞希さんに会う約束をしていた。
受験は終わったのだから、月一回である必要はない。
毎日でも会いたいぐらいだった。
しかし、その日、帰ろうとすると、下駄箱の所に、背の高い上級生の男を見つける。
(やべぇ!見つからないように、こっそり行こう…。)
俺は、この人を知っていた。
俺は、この人が嫌いではなく、むしろ、尊敬していると言っていい。
ただ、今は会いたくない理由があった。
何とかやり過ごせたと思った瞬間、
「みーずーのーくん!一年経ったら、お世話になった先輩の顔を、忘れちゃったのかな?冷たい奴だなぁー。」
見つかってしまった。
「ど、どうも…。お久し振りです、高木さん…。」
「お前、バスケ部に入るだろ?みんなに紹介するから来いよ。」
「あっ、いや、その…。」
肩を掴まれ、有無を言わさず、体育館に連れて行かれてしまう。
(今日は大事な約束が!)
そんな言い訳が、通用するはずはないが…。
「コイツが、噂の新人で、水野正宏。今年のドラフト一位。」
俺をバスケ部員達に紹介する高木さん。
「そんな大袈裟な…。俺なんか、平凡な奴ですよ。」
バスケ部に入るにしても、過大評価は非常に困る。
「またまた、ご謙遜を!ここにいる奴ら全員、お前のこと知ってたぜ!よっ、有名人!」
部員の中には、同じ中学の先輩もいた。
実際に、対戦したことがある気がする人もいた。
「しばらく、ボールに触ってなかったんで、期待ハズレになると思うんですが…。」
(何とか、切り抜けられないだろうか?)
「何だよ、お前!女のケツばっかり追い掛けてたのか?図体はデカくても、ヘタレで童貞のくせに!」
(前言撤回!俺は高木さんは尊敬していない!)
(むしろ、ちょっとした恨みさえある。それを確信した!)
(それから、訂正したいところがある!ヘタレなのは認めるが、童貞では…。)
高木さんの発言で、部員全員に笑われてしまった。
しかも、可愛い女子マネージャーにまで…。
この日は、何とか切り抜けられたが、バスケ部入りは断れそうもなかった…。
この日、瑞希さんとはファーストフード店で待ち合わせをしていた。
メールで、少し遅くなる旨は伝えたが…。
その店に入ると、すぐに彼女を見つけることは出来た。
俺のクリスマスプレゼントは、この日も、彼女は付けていた。
彼女は窓際の席で、不機嫌そうに、雨が降り続く窓の外を眺めていた。
「すいません、遅くなって!」
「遅いよ、雨男!」
俺に気付いた彼女は、笑顔を見せる。
その笑顔は、いつもと変わりがないように見える。
『雨男』と言われた件に関しては否定せず、聞き流しておいた。
俺は彼女に、遅れた理由と、バスケ部に入らざるを得ないことを伝えた。
特に表情を変えるわけではなく、黙って聞いていた彼女だったが…。
「つまり、今日、遅くなったのは、高木くんに捕まったからだと。」
「はい、そうです…。」
「それでマサ君は、可愛いマネージャーに惹かれて、バスケ部に入ることにしたというわけなんだね。」
「えーと、一つ訂正したいことが…。可愛いマネージャーに惹かれたわけではなく、高木さんが強引だったから…です…。」
(やっぱり、少し怒ってるのか?)
「似たようなもんだよ…。」
(イヤイヤ、全然、違うだろ!)
「瑞希さん…、怒ってます?」
「怒ってないよ。マサ君は、バスケを続けるべきだとは、思ってたから…。」
彼女は、何とも言えない、複雑な表情を見せた。
悲しそうではなく、勿論、嬉しそうでもない表情だった。
「高校生になれば、瑞希さんと、たくさん遊べると思ってたんですが…。」
「気にしないでいいよ…。こうなることは、何となく予想出来てたし…。」
「でも、あんまり会えないわけだし…。」
「最初の約束…。『月一回は必ず会う』っていう約束…、守ってくれればいい…よ…。」
「勿論です!一回と言わず二回でも三回でも!」
「浮気したら…、許さないからね…。」
「するわけないですよ!俺は瑞希さんが大好きだし。それに、俺はモテませんから。」
「マサ君、自分自身のことは、よく分かっていないんだね。」
「どういう意味ですか?」
「マサ君は、実は凄くモテるってこと!」
「そんなはずないですよ!告白とかされたことないですし。」
「それは、マサ君が鈍感なだけ。マサ君を見ている女の子の視線に、気付いていないだけ。私、『マサ君が好き』って言ってた娘、何人か知ってるよ…。中学時代の私の視線にも、気付かなかったでしょ?」
「…。」
(中学時代、彼女も俺を見てたってことか?)
「でも、今更、そういう視線に敏感になられても困るけどね。マサ君には、私だけを見ていて欲しいから…。」
「それは大丈夫です!これからも、瑞希さんだけを見てますから!」
「ふふっ、ありがとう!そういえば、さっき、聞き流しちゃったけど、マサ君、私のことはどう思ってるんだっけ?」
いたずらっぽい笑みの彼女。
ようやく、いつもの瑞希さんっぽくなってきた。
「大好き…です…。」
「ふふっ、私も!」
笑顔の彼女は、やっぱり可愛い!
彼女は、中学時代よりも大人っぽくなったが、その笑顔は、中学時代と何ら変わりがなかった。
「今日、これからどうしましょうか?俺、あんまりお金ないんですけど。」
春休み、瑞希さんと遊び過ぎて、小遣いは底を尽きそうだった。
(バイトは出来そうもないし、小遣いの値上げ交渉をしないと…。)
「うーん、雨だからね…。…私の家…、来る?」
「えーと…、行きたいのは山々なんですが…。理性が飛んでしまいそうで…。」
「いいよ…、飛んでも…。」
「ホントですかー!」
「あーっ、やっぱりマサ君、エッチだー!」
「すいません…。調子に乗りました…。なるべく理性を保てるよう、努力します…。」
結局、彼女の家で、理性を保つことは出来ず、俺達は二度目のセックスをした。
この日、彼女は拒まなかった。
図らずも、月一回のデートを続けることになった俺達。
少しずつ、何かが変わっていることにも気付かずに…。