第一章 【序】
仕事帰りの電車の中。
何気なく窓の外に目をやると、空は真っ黒い雲におおわれていた。
夏、真っ盛りのこの日。
先程まで、うだるような暑さだったこの日。
(これは一雨来るな。)
(しまった!今日、傘を持ってねぇぞ!家に着くまで、もつかな…。)
願いも虚しく、程なくして雨は降り出す。
改札を抜け、駅の出口に来ると、既に土砂降りの雨だった。
(クソー!今日、雨が降るって言ってたか?)
(にわか雨だろうから、すぐに止むかな…。)
(迎えでも呼ぶかな…。)
携帯を取り出し、電話を掛ける。
………………、出ない。
(何だよ、アイツ!何してるんだよ!)
家まで、徒歩十五分の道程。
ずぶ濡れ覚悟で、走って帰るか、アイツが着信に気付くのを待つか。
思案のしどころだった。
ふと周りを見渡す。
俺と同じように、迎えを呼ぼうとする者。
折り畳み式の傘を取り出し、帰って行く者。
覚悟を決め、傘なしで土砂降りの雨の中へ、駆け出して行く者。
仕事帰りのサラリーマンや、OLで溢れ返っている駅の出口は、かなり騒がしかった。
(そういえば、あの時もこんな天気だったよな…。)
懐かしい記憶が、よみがえってきた。
甘酸っぱくて、切ない記憶…。
楽しくて、悲しい記憶…。