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【悲報】伝説の勇者、中身はただのスケベなサラリーマン。〜魔王を倒すことより、異世界にキャバクラを作ることに情熱を燃やした結果〜02


「最悪だ……」

それが、光の渦から放り出された俺の、最初の感想だった。

尻に伝わる感触は、安アパートの煎餅布団でも、ソファのクッションでもない。冷たくて硬い、立派な石畳だ。


「……ッ、は!? ここどこだ!?」

慌てて立ち上がろうとして、自分の格好を思い出し、血の気が引いた。


よかった、ズボンは履いてる。だが、ベルトは緩めっぱなしで、ワイシャツははだけ、片手にはさっきまで握っていたマウスの感触が残っている気がする。



「おお……! ついに、ついに成功いたしましたぞ!」

「救世の勇者様だ! 伝説は真実だったのだ!」

周囲から沸き起こる地鳴りのような歓声。


目をこすりながら辺りを見渡すと、そこは巨大な神殿のような場所だった。


目の前には、絵画から抜け出してきたような煌びやかな衣装の老人――王様だろうか。


そして、その隣には、信じられないほどスタイルが良く、清らかな瞳をした金髪の美少女が、祈るように胸の前で手を組んで俺を見つめている。


「ようこそ、異世界よりの救い主様。私は聖女リステアと申します」

聖女。その響きに、俺の煩悩がわずかに反応する。

だが、それ以上に状況が飲み込めない。


周りを見れば、銀色の鎧に身を包んだ騎士たちが、ずらりと並んで俺に敬礼を送っている。


「……勇者? 俺が?」

俺は思わず、自分の突き出た腹をさすった。

ラグビー時代の面影を必死に探しているような、中年太りのサラリーマン。


手には、コンビニの袋(さっき買ったばかりのタバコと、飲みかけのストロング缶が入っている)がなぜか一緒に転移している。


王様らしき老人が、期待に満ちた目で一歩前に出た。

「勇者坂下よ! 魔王の軍勢に脅かされるこの世界を、その強靭な肉体と聖なる力で救ってほしい!」

強靭な肉体。



騎士たちの視線が、俺のワイシャツのボタンを弾き飛ばさんばかりの「腹」に集中した。

静まり返る神殿。

(……おい、これ、完全に人選ミスだろ)

俺は震える手で、ポケットからクシャクシャになったタバコの箱を取り出した。


もう、やってられない。とりあえず一服して、これが夢かどうか確かめさせてくれ。


「……悪い。マッチか、火を出す魔法かなんか持ってる奴、いないか?」

俺が放った第一声に、聖女リステアがポカンと口を開けた。



「……火だ。火をくれ」

俺の言葉に、神殿内は凍り付いたような静寂に包まれた。

王も、重臣たちも、並み居る騎士たちも、何が起きたのか理解できないといった顔で固まっている。


そんな中、戸惑いながらも一歩前に出たのは、聖女リステアだった。

「……あ、あの、救世主様? 火、でございますか?」

「ああ。ライターを向こうに置いてきちゃってな」

リステアは困惑したように細い指先を俺のタバコに向け、小さく呪文を唱えた。


シュボッ、と小さな火花が指先に宿る。

俺は迷わず、その神聖な残り火にタバコの先端を押し付けた。

「ふぅぅぅ……ッ」

肺の奥までニコチンを吸い込み、ゆっくりと紫煙を吐き出す。


安タバコの安っぽい香りが、厳かな神殿の空気を一瞬で汚していく。

リステアは思わず顔をしかめ、鼻を抑えた。

「な、なんなんですか……この煙! 臭い、ですよ……!?」

それを皮切りに、周囲の騎士たちがざわつき始めた。

彼らの視線は、敬意から明らかに「失望」と「不快感」へと変わっていく。


「おい、見ろよ。あの突き出た腹……」

「勇者どころか、ただの中年オヤジじゃないか」

「臭いし、マナーもなってない。聖なる召喚の場で葉巻だなんて……」

ひそひそ声が、次第に大きな罵倒へと変わっていく。

特に若い女騎士たちは、あからさまに軽蔑の眼差しを向けてきた。


「もっと、こう……キラキラしたイケメンを想像してたのに」

「あんなのが世界を救う? 冗談でしょ。魔王に食われるのがオチよ」

俺はその喧騒を、他人事のように眺めていた。

正直、まだ現実味がなさすぎて、これが誰かのタチの悪いドッキリか、あるいはさっきの動画を見ている最中に見た、質の悪い夢だと思っている。



「……だいたい、こんな奴が勇者なわけないだろ!」

誰かが叫んだその言葉は、俺の胸に痛いほど突き刺さった。


ああ、全くだ。俺だってそう思う。

鏡に映る中年太りの体。酒にタバコに、えろい動画が趣味のしがないサラリーマン。

世界を救うなんて高尚なこと、誰よりも俺自身が一番信じちゃいねえ。


「救い主、坂下様……」

リステアが不安げに俺を見つめている。

彼女の純粋な瞳が眩しすぎて、俺は思わずタバコを深く吸い込み、視線を逸らした。



「おい、いい加減にしろよ!」

俺は、吸いかけのタバコを石畳に叩きつけた。

周囲のヤジと、汚物を見るような女騎士どもの視線。会社で嫌味な上司に頭を下げ続けてきた俺の、堪忍袋の緒がぷつりと切れた。



「腹が出てるだの、臭いだの……好き勝手ぬかしやがって。俺だって、好き好んでこんなとこに来たんじゃねえんだよ! そんなに文句があるなら、今すぐ俺を元の世界に返しやがれ!」

俺の怒声が神殿の天井に響き渡った。

一瞬、騎士たちが怯んだように黙る。


だが、玉座に座る王は苦渋に満ちた顔で首を振った。

「……勇者よ、それは不可能だ。この召喚の儀式は、膨大な魔力と一生に一度の奇跡を使い果たして行われるもの。帰還の術など、この世界のどこにも存在せぬ」


「は……? 二度と、帰れない……?」



耳の奥でキーンと嫌な音がした。

頭に血が上っていたのが、一気に氷水をぶっかけられたように冷めていく。

帰れない?


あのボロアパートに? キャバクラのいつもの席に?

明日も仕事だと思って渋々セットしたアラームも、冷蔵庫に余っているつまみの残りも、PCの秘密のフォルダも……全部、もう触ることもできないのか。



「冗談じゃねえぞ……。勝手に連れてきといて、片道切符かよ……」

絶望が、じわじわと腹の底からせり上がってくる。



俺は力なくその場に座り込んだ。コンビニ袋の中のストロング缶が、カランと虚しい音を立てる。

「……そもそも、なんだよこれ」

ふと、一つの違和感に気づいた。



「なんで俺は、あんたらの言葉がわかるんだ? 英語でもねえし、聞いたこともない言語のはずだろ。なんで、普通に会話が成立してんだよ……」

パニックになりそうな頭で、俺は目の前の聖女リステアを睨みつけた。



「それは、召喚された勇者様に備わる『言語理解』の加護でございます……」

リステアが申し訳なさそうに、俺の傍らに膝をついた。

彼女の体からは、酒とタバコにまみれた俺とは正反対の、花のようないい香りが漂ってくる。


「勇者様は、この世界のあらゆる言葉を、ご自身の母国語として聞き、話すことができるのです。……それは、この世界の人々と心を 通わせるための、神様からの贈り物……」

「心を通わせる、だと?」

鼻で笑ってやった。



こんな、デブだの何だのと罵倒してくる連中と、今さら仲良くしろってか?

俺はポケットをまさぐり、もう一本タバコを口に咥えた。



二度と帰れない。ここは知らない世界。

唯一の救いは、言葉が通じることと、目の前の聖女がとんでもなく美人だということくらいだ。


「……ふぅ。リステア、だったか。悪いがもう一回、火を貸してくれ。……絶望すぎて、肺を真っ黒に汚さねえとやってらんねえ」


俺の情けない要求に、リステアは困ったような、それでいてどこか放っておけないものを見るような目で、再び指先を差し出した。




「あ、あの、あまり吸いすぎは体に毒ですよ……」

リステアは戸惑いながらも、再び小さな火を灯してくれた。


俺はそれを合図に、二本目のタバコを深く、深く吸い込んだ。紫煙がリステアの綺麗な金髪をかすめて神殿の天井へ昇っていく。

「救い主様……まずは、あなたの『お力』を確認させていただけませんか?」

リステアが促すと、王が脇に控えていた魔導師に合図を送った。



出てきたのは、禍々しい装飾が施された大きな水晶球だ。

「ここに手をかざしてください。あなたの魂に刻まれたスキル、能力値ステータスが全て明らかになります」

「……あー、はいはい。やればいいんだろ、やれば」

俺は投げやりに立ち上がると、片手に飲みかけのストロング缶を下げたまま、だらしなく歩いて水晶に手を乗せた。



正直、どうでもよかった。会社での人事評価と同じだ。どうせ期待なんかされてない。

だが、水晶に触れた瞬間――。

神殿全体が、不気味なほどの**「漆黒」**に染まった。

「な、なんだ!? 闇属性の魔法か!?」

「いや、違う! これは……」

水晶の表面に、おどろおどろしい文字が浮かび上がる。



【氏名】サカシタ・シンジ

【職業】救世の勇者(自称・不本意)

【固有スキル】

• 『不屈の肝臓アイアン・レバー』:毒、呪い、アルコールによるバフ効果を倍増させる。

• 『煩悩の化身デザイア・マスター』:エロい妄想をすればするほど、身体能力(主に筋力)が全盛期へと回帰する。

• 『煙幕の加護スモーキー・シールド』:タバコの煙により、物理・魔法攻撃の回避率が大幅に上昇する。



「……なんだこれ」

魔導師が震える声で読み上げる内容を聞いて、騎士たちが再びざわめき出した。

「アイアン・レバー? 酒に強いだけじゃないか!」

「煩悩の化身って……あんなスケベそうな顔で何を考えてるんだ!」



「うるせえな、俺の勝手だろ」

俺はストロング缶を煽り、最後の一口を飲み干した。

だが、リステアだけは目を見開いて、俺の「腕」を凝視していた。



「……勇者様、見てください。あなたの腕……」

言われて袖をまくると、そこにはかつてラグビー場で戦っていた頃のような、はち切れんばかりの筋肉が、黒い紋章と共に浮き上がっていた。



腹は相変わらず緩んでいる。だが、その下に眠っていた「力」が、この世界の理不尽なシステムによって無理やり叩き起こされたような感覚だ。



「おい、王様。帰れないなら仕方ねえ。腹をくくってやるよ」



俺は空き缶を床に転がすと、リステアの腰に手を回し、不敵に笑ってやった。



「その代わり、この世界で一番旨い酒と、最高の女……それから、とびきり強いタバコを用意しろ。話はそれからだ」

リステアが顔を真っ赤にして固まる中、俺の異世界生活が、最悪の形で幕を開けた。




 

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