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【書籍化】無華の花嫁〜蔵に囚われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される〜  作者: 木風
第一章:山茶花

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第三話 五条暁臣との邂逅①

その日は早朝から、屋敷全体が異様な熱気と緊張感に包まれ、慌ただしかった。

廊下を行き交う足音は普段より速く、声は低く抑えられ、空気だけが妙に浮き立っている。

まるで「今日」という日が、屋敷の骨組みごと震えているみたいだった。


それも当然だろう。

今日の会食が、百合の今後——ひいては朝霞家が皇族の宮家に名を連ねるという、途方もない栄誉へ繋がる可能性を秘めているのだから。

この家の運命を決定づける日にすらなるのかもしれない。

……私だけが、その『運命』の輪から最初から外されている。


私は継母と百合、そして父に絶対に姿を見られないよう、存在を最小限に抑える。

肩をすぼめ、背を丸め、息さえ浅くする。

『これでもか』というほど念入りに床板の一枚一枚を磨き上げた。

磨けば磨くほど、板に映る自分の影が薄くなる気がして——それが少し、安心だった。


窓を拭き上げる。

外は凍えるような雪景色なのに、母屋の中は炭の香りがして、かすかに暖かい。

暖かい場所で働けることが、ありがたいとすら思う自分が、少し哀しい。


やがて食堂には、料理人が用意した見たこともない豪華な食材が、彩り豊かに並び始めた。

艶のある肉、照りを帯びた魚、宝石みたいな果物。

どれも、私の蔵での生活とは縁遠く、味を想像することすらできない。

空腹が、喉の奥で静かに唸る。


ほんの一瞬だけ視線を向けただけで、華やかに着飾った継母と、艶やかな『赤薔薇』の着物に身を包んだ百合の笑い声が耳に刺さった。


「あの眼ときたら。気味が悪いだけでなく、本当に卑しいこと」

「クスクス。お母様、本当のことだけど仕方ないですわ。あんな『無華』なんだもの」


父は、その会話が聞こえていても私に目線すら向けない。

まるで椅子の脚か、床の染みか——最初から『見えないもの』のように。

他の使用人たちの居心地の悪そうな気まずい空気だけが、肌にまとわりついた。


最後に玄関の掃き掃除を済ませ、早くこの息苦しい母屋から逃げ出そうとした、その時。


「待ちなさい。忘れ物よ」


継母の鋭い声が背中を刺す。

何を忘れたのだろう、と振り返った——次の瞬間。


バシャァ!


真冬の井戸水みたいに冷たい液体が、頭のてっぺんから容赦なく、全身を一気に伝って流れ落ちた。

息が止まる。皮膚が一斉に縮こまり、指先まで冷えが走った。


継母の手には、空になった優雅な花瓶が握られている。


……あぁ。花瓶の中の、生け花に使うはずの冷たい水をかけられたのか。

危なかった。驚きで思わず継母の顔を見上げてしまうところだった。

水を浴びせられたことよりも、この忌まわしい瞳を継母と合わせずに済んだことに、私は安堵する。

——それが、どれほど歪んだ感覚か、わかっているのに。


継母は、濡れて薄汚れた私を汚物を見るような目で蔑み、冷たく言い放つ。


「絶対に表に出てくるんじゃないわよ。

まあ、その濡れた雑巾みたいな服しか着るものがないでしょうから、

出てきたくても出てこれないでしょうけどね」

「……はい。失礼します」


短く返すと、一刻も早くその場から逃げるように玄関を出た。

外は朝から変わらず、すべてを覆い隠すように静かに降り続ける雪。

濡れた髪が凍え、頬が痛い。


……私のこの歪な瞳すら、この雪が真っ白に覆い隠してくれたらいいのに。


雪がしんしんと降る中、足もとがおぼつかない。

転ばないように白い息を吐き、身を縮めて、ゆっくりと——自分の居場所である蔵へ向かった。

濡れた着物が重く、歩くたびに雪に残る足跡が『ここにいる』と主張するようで、嫌になる。

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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