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【書籍化】無華の花嫁〜蔵に囚われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される〜  作者: 木風
終章:春の名残

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第二十四話 あなたと春を③

挿絵(By みてみん)

「あ……あの……五条様、このお部屋は……」


お屋敷に戻ると、いつも滞在させていただいている部屋とは全然違う、広く重厚な部屋へ案内された。

窓際の書机、磨かれた木の艶、整然と並ぶ書籍。

どれもが静かでいて——そして、踏み入れた瞬間にわかる。

ここが五条様のお部屋だ。

五条様の香りが、壁も調度も、空気の隅々にまで染みていて、胸の内へ招かれたみたいに息を呑む。


「晴れて正式な婚約者になった。……やっと、部屋に入れられる」


そう言って、五条様は私をソファへ座らせると、すぐに手を取る。

最初は触れているだけだった指先が、いつしか繋がれ、絡み合い、解けない形になっていく。

手の平に伝わる熱は、もうどちらのものかわからないほどで——

この手を離すなんて、未来永劫できる気がしない。


五条様は、私がいいと言ってくださった。

『無華』だと罵られ、親にすら捨てられた、この私を。


信じたい。信じさせてほしい。

五条様のために、私も変わりたい。


「五条様に、何の痛みもなく触れられるのは……私だけなんですよね?」

「……ああ」

「……私に、こんなふうに優しく触れてくださるのも、五条様だけなんです」


きっと、五条様も私と同じように、深い寂しさを抱えていらしたのかもしれない。

触れたい。触れてほしい。触れ合いたい。

その渇望を抱えたまま、やっと互いの渇きを癒せる相手を見つけた——そんな気がした。


生まれた場所も、身分も、境遇も、何もかも違う。

それでも私なら、五条様の孤独な日々に、寄り添えるかもしれない。


ずっと、何をお返しできるのか考えていた。

けれど、どう考えても、私なんかにお返しできるものはなくて……。

それなら、せめて——この優しさに、この気持ちに、応えられる自分になれたなら。

今よりほんの少しだけ、五条様の隣に立つ自信が持てるかもしれない。


「すみれ。そろそろ『五条様』はやめようか」

「え……?」

「同じ苗字になるんだ。いつまでも他人行儀だと、おかしいだろう」


!!!!!

そこまで……深く、未来のことまで、考えたことがなかった。

まさか、私なんかが……け、結婚をして、名字が変わる未来があるだなんて。


「俺の名前は、知っているな」


顔を寄せられ、耳もとで甘く囁かれる。

もちろん……知らないわけがない……。

知らないわけがないのに、恥ずかしさで顔が熱くなり、思わず振袖の裾で覆って小さく頷いた。


言葉にできずにいると、背中へ手が回り、引き寄せられるように抱きしめられる。


「呼ばないと……止められなくなるが」

「……っ!?」


背筋をぞくりと撫でるような指先。

そして、私が覆った手の上から——

頭に、額に、耳に、首筋に……熱を帯びた唇が、雨粒みたいに次々降ってくる。


「え……?え……?え……?」


名前を呼ぶどころじゃない。

離れようとしても、絡んだ指は熱に溶かされたみたいにほどくこともできない。

私を映し出す、熱を帯びた瞳が、ゆっくり近づいてくる。


「……ぁ、あきおみ、さま……!」


よ……呼んでしまった……下のお名前で……!


「残念だな。もう少しだったのに」


もう少しって……残念……って、何が……?

息も絶え絶えで、反射的にごじょ……暁臣様の胸へ顔を埋めてしまう。

暁臣様の香りが近すぎて、息をするだけで頭がふわりと痺れる。


だめだ……。

こんな状態なのに、慰み者としてお相手を……

なんて、あの時の私はなんて大胆なことを考えてしまったんだろう。

お勤めを果たす、とまで自分から口にしたことがある。

どうしてあんな恥ずかしいことを言ってしまったんだろう。

とてもじゃないけれど、もう、そんな覚悟を持って、この方に向き合える気がしない。


顔を上げられない私を、暁臣様は宥めるように、頭も背中もゆっくり撫でてくれる。

——こんな扱いに慣れてしまったら、きっと私は、もう離れられなくなる。


「……暁臣様……」


確かめるように、もう一度だけ小さく呼んだ瞬間——抱き寄せる腕に、強い力がこもった。


「……二回は、反則だな。それは、俺のすべてを許すって意味だ」

「え……?」


そう告げられて、顎に触れられる。

次に来るものが何か理解するより早く——熱い唇が、私の唇に触れた。


柔らかくて、震えるほど慎重で、それでも確かに優しい熱を持った。

それは、静かな夜に一輪の花がほころぶような、透明な音のない衝撃だった。

触れた場所から、私の中の冷たさがほどけていくみたいで、息の仕方さえ忘れてしまう。

唇に残る温もりが、『ここにいていい』と言われている気がした。


「……っ、あ……」


唇が離れた瞬間、銀糸のような吐息がこぼれた。

視界が白く霞むなか、暁臣様の瞳だけが、宝物を慈しむ子供のように私を射抜いている。


目を閉じることもできず、瞬きすらできない。

頭がのぼせて、身体の芯がほどけ——へなへなと暁臣様へ倒れ込んだ。


「すみれ!?大丈夫か!」


抱き留められた胸の中は、これ以上ないほど居心地がよくて。

名前を呼ばれるたび、胸が苦しいほど幸せになる。


この腕の中で——私は初めて、自分の居場所を見つけられた気がした。


『無華』の私には、ずっと『色』も『名前』もなかった。

けれど今、私の名前を呼ぶ声がある。

その声が落ちるたび、私の内側にあった真っ白な空白が、暁臣様の色に、少しずつ満たされていく。

それだけで、世界は変わる。


「……暁臣様」

「なんだ?」

「……ずっと、おそばに置いていただけますか……?」


一瞬の沈黙。 それから——腕に込められた力が、さらに強くなった。

凍てついた蔵の隅で、一人震えていた幼い私を、暁臣様の熱が迎えに来てくれた。


「俺が、そうしてほしい」


たったそれだけの言葉が、今まで受け取ったどんな言葉よりも重くて、温かくて。 私は静かに目を閉じた。

暁臣様の胸の中で、私はゆっくり息を吐いた。

居心地の良さに、泣きたくなる。

この腕の中で、私の世界に初めて花が咲いた。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

寄り添うように始まった二人の恋。

今後も見守ってもらえると嬉しいです。

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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― 新着の感想 ―
ずっと一緒にいていいですかという言えずにいたことをやっと言えて、許されて。 二人がこの先も幸せになるよう祈ることしかできません。 こういうシンデレラストーリーって私好きだったんですね。 読んでて気づい…
Xからです! 虐げられヒロインものの王道でありつつ、二人の関係が丁寧に着実に積み上がっていく中で、ドキドキソワソワとさせられ、とても良き恋愛話でした… 恋愛ものの一人称視点、素晴らしいです。 ご紹介い…
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