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【書籍化】無華の花嫁〜蔵に囚われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される〜  作者: 木風
第六章:藤

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第二十三話 婚約の宣誓②

「すみれ。後ほど、会わせたい人が来る。それまで——少し話をしよう」


不思議そうに首を傾げるすみれを、御所の応接室へ案内する。

天井の高い静かな部屋。

障子越しの光は淡く、香は薄い。絹張りのソファと、低い卓。

湯気の立つ白磁の茶器が用意されていたが、すみれは手を伸ばす余裕もないらしく、膝の上で指を絡めている。


こういう場所は、彼女の息をいくらか楽にする。……そう思った。

けれど、すみれは入口で立ち止まり、どこに座ればいいのか迷っている。

困った子犬のように視線を泳がせ、遠慮が先に立つ。

場違いではないかと怯えるような気配が滲み、その仕草だけで胸が疼くのに、今はまだ深く触れない。


「……ここだ」


手を引き、俺の隣のソファへ座らせる。

指先が触れただけで、すみれの肩が小さく跳ねた。

怯えの名残を確認し、胸の内で舌を打つ。


「先日、すみれの妹の『異能』が、お前に触れようとしたとき……発動しなかったのは覚えているな」

「はい……」

「あれ以降、『赤薔薇』の発火は完全に消えたそうだ」

「そんな……!?」


たった一瞬の接触で、あるはずの力が消える。

『華族』にとって『異能』は生きる根だ。それを失うのは、社会的な死に等しい。

朝霞家は娘の『異能』を失った時点で、二度と表舞台に出られない。

……当然、すみれへ伸びていた手も、ひとまず引くだろう。


「首筋に残る、この痣。母につけられたと言っていたな?」


いまだに残る、すみれの首筋にある痛々しい古傷に、そっと指先で触れる。

肌がひやりと震え、すみれの手が不安げに俺の手首へ添えられた。

夜、(うな)されるとき——すみれは譫言(うわごと)のように『おかあさん』と呼ぶ。

よほど恐ろしい目にあったのだろう。


「すみれの母親の遺骨を、調べさせてもらった」

「……遺骨……を?」

「ああ。朝霞家が懇意にしている寺に、無縁仏のように安置されていた」


自害ゆえか、墓に入れることもなく、粗末な扱いで保管されていたらしい。

朝霞殿の指示か、後妻の憎悪か——どちらにせよ、墓を暴く必要がなかったのは助かった。


「調べた結果、本来なら骨の髄にまで残るはずの『華』の残穢が……一切なかった」

「……母は、牡丹の加護だと聞いていました。……『無華』だったんでしょうか?」

「いや、それはないだろう」


宮内庁の『華見』の記録が残っている。牡丹の『華』を持っていたのは事実だ。

入手した資料には、当時の記録の写しもある。

名と年と、『華』の種類。——すみれの母は、確かにそこにいた。


それなのに残穢がない。……なら、可能性は一つだ。


「俺の推測だが。すみれが、母親の『異能』を……無効化したのではないかと考える」

「無効化……?」


俺に出会う以前、すみれが誰かに『触れられた』最初で最後の瞬間。

母に手をかけられた、あの瞬間に発現したのだろう。

発現してしまえば、触れた相手の『華』を、残穢ごと消す。だから——骨にすら残らない。

自分では気づけない。触れ合いを避けて生きてきたすみれなら、なおさらだ。


「母親は、自分の『異能』が消えたことに気づいたはずだ」

「……やはり……母が自害したのは、私のせいでは……」

「違う。——それは違う」


言葉が勝手に強くなる。

震えるすみれの手を両手で包み、断言する。


「すみれの力を、欲深い父親に利用されるのを恐れたんだ。

だから自害して、証拠ごと消した。……お前を守るために」


すみれは、まだわかっていない。

その能力がどれほど異質で、どれほど脅威かを。


俺の『黒薔薇』ですら、すみれには効かない。

『赤薔薇』の発火も、痕跡一つ残さず消した。

あらゆる『異能』を無力にし、残穢ごと奪い、ただの人間にしてしまう——


当初、『無華』が持つ能力なのかと思い、国中の『無華』を探したが、このような能力を持つ『無華』はいなかった。


この事実が世に出れば、すみれを手に入れた者が『華』の頂点に立つ。

……まさに、『華』の女王だ。

そして女王には、王冠を狙う者と、女王を恐れる者が群がる。どちらも同じくらい危険だ。

欲望も畏怖も、向けられる先が違うだけで、本質は変わらない。

その視線の一つたりとも、俺は許すつもりがない。


だから、俺はお前を、誰にも見せない。誰にも渡さない。

触れさせない。覗かせない。お前の価値を理解した気で近づく者すべてから、俺が遠ざける。


「お前の母親は、確かに手をかけようとしたかもしれない。

だが最後の最期で踏みとどまり、娘であるすみれを守った。——自分の命と引き換えに」

「……本当でしょうか……そんな……私の都合のいいように考えても……」

「もちろんだ」


すみれの瞳が揺れる。紫の光が、涙を溜めて薄く滲む。

俺はその肩を抱き寄せ、背に手の平を当てた。

心臓の音が早い。恐怖と罪悪感がまだ消えないのだろう。

ならばせめて、この腕の中にいる間だけは、何も怯えなくていいと覚えさせたい。


出会った頃は表情の乏しかった彼女が、少しずつ笑うようになり、涙を流せるようになった。

俺の前でなら泣いてもいい、と——すみれが思えたこと。

その成長だけで十分だ。


傷も痛みも、急には消えない。

それでも、少しずつでいい。

いつかすみれが、過去ごと俺に預けてくれる日まで——俺は、ここにいる。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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