第二話 蔵に閉じ込められた娘①
蔵に閉じ込められるたび。
継母から、人並み以上の用事を言いつけられるたび。
継母の目を盗み、気にかけてくれる彼女の存在が、当時の私にとってどれだけありがたく、切実だったか。
学校に通わせてもらえない私のために、庭の隅にしゃがみ込み、木の棒で土にひらがなやカタカナ、簡単な算術を教えてくれた。
「ここは、はねるのよ」と、小さな声で笑って。
周囲の目を盗むように、擦り切れた手習いの本も用意してくれた。
ページをめくる音が、宝物の鈴みたいに聞こえた。
気がつけば私は、彼女のことを本当の姉のように慕っていた。
触れてはいけないものに触れてしまったみたいに、彼女の温かさが忘れられなかった。
——人の温もりは、こんなにも怖くて、こんなにも甘い。
けれど、そんなわずかばかりの幸せも、『無華』である私には許されなかった。
彼女と私との関わりが、残酷にも継母に知られてしまったのだ。
「この!卑しい盗人が!!!」
「申しわけありません!!奥様!!どうかお許しを!」
「やめて!!私が悪いの!お願い!!もうしませんから!!」
平伏して頭を下げる彼女に、容赦のない叱責と罵倒が霰のように降り注ぐ。
庇おうとする私の存在すら気に食わないのか、熱いお茶の入った湯呑みが唸りを上げて飛んできた。
「……!あっ!!」
「お嬢様!!」
私を庇うように、彼女が一歩前に出た。
無意識に、私を『お嬢様』と呼んでしまったその一言に、継母はさらに腹を立て、日付が変わるまで罵倒は続いた。
彼女への言葉は刃になり、私への打擲は、体だけでなく心まで叩き潰していく。
「ごめんなさい……ごめんなさい……私のせいで……」
翌朝、彼女は大きな荷物を抱え、屋敷の玄関に立っていた。
私は泣き崩れることしかできない。
止める力も、守る力もない自分が、ただ惨めだった。
そんな私に、彼女はいつもと変わらない困ったような顔で、けれど慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、視線を合わせるように膝を折ってしゃがんでくれた。
「お嬢様のせいではありません。どうか、ご自分を責めないでください。
いつか……お嬢様を心から大切にしてくれる方が、きっと現れますから……!」
その言葉は、冬の底で見つけた小さな火種みたいに、胸の奥に残った。
消えそうなのに、消えない。だから余計に痛い。
彼女と会ったのは、それが最後だった。
そしてその日から、あの仄暗い冷たい蔵が、私の『部屋』となった。
父と継母からはもちろん、残された数少ない使用人たちと目が合うことすら許されない。
私はまるで、この屋敷に最初から存在しない子供のように扱われた。
呼ばれもせず、数にも入れられず、そこに『いる』のに『いない』。
それでも使用人たちを心から恨めないのは——
わずかばかりでも前日の食事の残りを、人目につかぬ場所に置いておいてくれた人がいたからだ。
冷えた飯でも、欠けた漬物でも、あれがなければ私は飢えで倒れていた。
見ないふりという形の優しさに、命を繋がれていたのかもしれない。
屋敷の冷え切った空気のせいか、継母の派手な浪費のせいか。
使用人は少しずつ、けれど確実に減っていった。
辞めていく背中を見送るたび、私は『次は自分の番だ』と言われている気がした。
——この家から追い出されれば、私はどこへ行けるのだろう。
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