表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】無華の花嫁〜蔵に囚われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される〜  作者: 木風
第六章:藤

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/55

第二十二話 婚約の行方①

ばたん、と重い音がして、ようやく静寂が戻る。


その途端、緊張と安堵の糸が同時に切れ、私はへなへなと膝を折って座り込んでしまった。

床が冷たく、手の平が痺れる。足が、他人のものみたいだ。


「すみれ、大丈夫か。すぐに警備の者が来る。もう心配はいらない」


五条様が私に手を伸ばしかける。

——けれど、触れる寸前で、その手は引っ込んでしまった。


胸が、きゅうっと痛み、その指先を名残惜しそうに見つめてしまう。

触れられないのは、私がまた倒れるからだろうか……


この屋敷を、五条様のもとを離れると、自分自身で決意していたはずなのに。

さっき、強い力で抱き締められたことが、心の底から嬉しくて——。

いや、だめだ。誰かのせいにしてはいけない。

あの時、間違いなく私自身が、五条様の側に残ることを望んだのだから。


「すみれ?」


心配と焦燥が混じった声に促されても、立ち上がろうとすると脚が言うことをきかない。

足首の奥まで、力が抜けている。


「……すみません。もう少ししたら、立てますので……」


五条様の深いため息が、頭上で落ちた。

一呼吸置いたのち、諦めたように私を抱きかかえられ、身体がふわりと浮き上がる。


「……っ!あ、あの……」

「いつまでも玄関先にいるわけにいかないだろう。お前を休ませたい」


恥ずかしい。

一難去ったと思ったら、こんなにすぐ、またご迷惑をかけるなんて。


けれど——腕の中は、温かい。

礼装の布越しに伝わる体温と、胸の鼓動。

私の頬が、勝手に熱くなる。


そして、さっきの言葉が頭の中で何度も反芻される。


『未来の妃』。


そのような方がいらっしゃるのに、私をここに残してくださるなんて。

本宅があると聞いたことがある。そこに、未来のお妃様はいらっしゃるのだろうか。

——やはり、慰み者として側に置かれることを望まれたのかもしれない。


それでも、一時でもお側にいられるなら。

そんな浅ましいことを考えるなんて、私はなんて罪深いのだろう。


部屋に戻ると、五条様は私をソファへ下ろす……かと思ったのに、抱えたまま、ご自身が腰を下ろされた。

膝の上に乗せられる形になって、心臓が跳ねる。


久しぶりに触れられた五条様の手は、相変わらず大きく、優しくて——

そして心なしか熱い体温を持っていた。


「あ、あの……私、決してお妃様のお邪魔なんてしませんので……」

「妃?……何の話だ」

「はい。仰っていただけたら、いつでも黙って出ていきますので……ご迷惑は絶対におかけしません」


五条様は不思議そうに、けれど真剣な顔で私を見下ろす。

ちゃんと身の程を弁えて、それなりの行動を心がけなければ。

この温もりに、甘えてはいけないのに——それでも、指先が震えてしまった。


「あ、あの……私、そういう経験もなく……ご満足していただけるかも、わからないのですが……」

「待て。何を言っているんだ」

「精一杯、お側にいる間、お勤めを果たしますので……」

「待て待て待て……」


そこまで言ったところで、五条様は深い苦悩の色を浮かべた。

眉間に指を当て、頭痛でも堪えるように押さえ、ふっと天井を仰ぐ。


……しまった。

また、何か失敗してしまったかもしれない。

それとも、自分からこんなことを口にするなんて、はしたないと思われてしまった?

もう、何を言うのが正しいのか、どこまでが言っていいことなのかすら、わからなくなる。


私の口は、いつも余計なことばかり言う。

そして余計なことを言うたび、私は捨てられる——そんな考えが過ってしまう。


「……いや、すまない。すみれは悪くない。俺の説明が足りていなかった」


ぐるぐると思考が暴れ出したところを、五条様の手が遮った。

怒鳴るでもなく、止めるように、落ち着かせるように。

その声が、やけに真剣で、喉の奥がきゅっと締まる。


「いいか。妃は今はいない。だが、それは形式的な問題だ」

「……形式的……」

「そして、すみれを追い出すこともない」


今は、いない。

——ということは、未来にはいる。

当然だ。五条様のようなお方に、相応しい妃が現れないわけがない。

胸がひやりと沈み、指先が冷えてくる。


「俺の未来の妃は、すみれだ」


……?

誰が、誰の妃に——?

五条様は、今、私の名を口にした?

耳が信じられなくて、言葉の意味が脳に届かない。

胸の奥で、何かが音もなく崩れそうになる。


「近い内に父上に呼び出されている。その場で——

天皇である叔父上や、他の宮家の前で、正式に婚約を宣誓するつもりだ」

「……あ……それは……おめでとうございます?」


気づけば、酷く間の抜けた言葉が口から落ちていた。

自分でも驚く。私は、何を祝っているの。


五条様の口もとが、ほんの少しだけ緩むと、笑い声が聞こえる。


「……ぷっ。自分のことなのに、ずいぶん他人事だな」

「えっ?」


自分のこと?

どこに、そんな——。


「参ったな」


五条様が、呆れたように、けれど優しく息を吐く。

そして、そのまま真っすぐに私を見つめた。


「こんなふうに混乱した顔すら、愛しくなる」


その言葉と、揺るぎない眼差しに、胸が激しく跳ねる。

待って……私、もしかして。

とんでもなく大きな勘違いを、していた?


だって『妃は今はいない』って——未来にはいる、ということで。

でも『俺の未来の妃は、すみれだ』って——その『未来』が、私?


そして、五条様が父に向かって言っていた、あの言葉。


『すみれの身には、既にある重大なことが内定している』


まさか。

もし、あの言葉を——そのまま受け取っていいのだとしたら。

それが、私の身の程知らずな夢ではないのならば……。


「……やっと、理解できたか」

「え……あの……」


五条様の声が、静かに落ちた。

喉の奥が、熱で詰まる。

嬉しいのか、怖いのか、わからない。

ただ、名前を呼ばれたところだけが、ずっと燃えるように残っていた。

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ